月日が経ちました、あとレベルも上がりました
ここはイルクウ山。
水源に恵まれ、豊かな森が生い茂った場所だ。
木の実や山菜、鉱石の採取ができる山なのだが近隣の村人はほとんど近寄らない。
何故ならこの山は危険なモンスターの住処であるからだ。
「「「キキキキィッ!」」」
深い緑色の肌をした小人がオレの目の前で何やら嬉しそうに騒ぎ立てている。
ゴブリン×3が現れた。
小柄であるオレよりもちっちゃなモンスター、細身で筋肉質な均等の取れたナイスガイな緑色の身体。
ゴツゴツした木製の棍棒と何かの革で作られた鎧がオシャレポイント。
その名前はゴブリン、ファンタジー世界の雑魚キャラさんです。
こんにちは皆さん。
オレことキリは元気です。
あれから6年が経ちました、時の流れは速いものですね。
この山には時々レオン君が馬車で送ってくれます。商人さんは凄いね、高そうな装飾のしてある馬車を簡単にチャーターできるんだから。
正直、商人の家に生まれたかったです。
野望が増えました。お金持ちになったら馬車を買って、レオン君と競争するんだ。
それはさておいて、オレの手には魔導書、6年前のあの日にオレとレオン君が読んでいたやつ、辞書レベルに重たいので両手持ちです。
あれからずっと肌身離さず持ち歩いてきました、もはやオレの分身です。
そしてオレは精神を集中させてページに書いてある呪文を唱える。
「『火』の単色魔法、フレイムショット!」
オレの詠唱に応えて、眼前に出現した炎の塊。
メラメラと燃え盛る炎が次の瞬間にはゴブリン目掛けて襲いかかった。
「ギィィィィ!?」
命中、赤い炎はゴブリン君の緑色の全身を包み込み焼き払う。
あっという間に丸焼きになって倒れるゴブリン君、それを見た残りの二匹もビビり始めました。
ふふふ、仲間の死に動揺したのは君たちの致命的なミスだぜ。
魔法発動後の隙をついてオレに飛びかかってくるべきだったのだ。
なぜならば、オレは遠距離攻撃しかしないんだからねっ。
「私の勝ちです、ゴブリン。さあ、魔法の洗礼を浴びなさい」
「「キキ……キ(やべえ、オレ死んだわ)」」
こんな感じでイルクウ山の麓はわりと余裕です。
「思っていたより、大したことはないですね。流石は初級ダンジョン(?)です」
気分はリアルRPG、ちょっと調子に乗ってます。理由は分かりますよね?
そう、ようやく簡単な魔法が使えるようになりました。
呪文を唱えると発動するファンタジーパワー、興奮しないわけがありません。
生まれ変わって良かった、そう初めて思いました。
ただし、魔導書の補助があって初めて使える状態だけどね。
今のオレは"見習い魔法使い"らしいです。
一人前の魔法使いは魔法杖を使って魔力を強化して戦うそうです。
それでもレオン君はびっくりしていた。
「魔法は十年単位で修行するのが普通なんだよ? やっぱりキリはスゴいね!」とレオン君は自分のことのように喜んでくれました、いい子だね。
さて、この世界の魔法は燃料である"魔力"を体内または体外で錬成して、術式に流し込み魔法を発動させる。
要するにMPと習得済み魔法のことみたいだ。
そして、火などの属性魔法はもう一つ段階を踏む。魔力をそれぞれが使用する属性に変換するのだ。
属性変換は頭の中で強くイメージする感じ。
主の強いイメージに従って体内魔力がその性質を変えるらしい。
オレの感覚では、これには想像力というよりは実際に見たことがあるか、が大切だと思った。
もちろんオレだって魔法をリアルに見たことなんてなかったけど、"画面上"でなら数え切れないくらい眺めていたのだ。
前世での記憶と、魔法に対する少年的な憧れが背中を押してくれているのかもしれない。
「もう一発、フレイムショット!」
炎上するゴブリン君二号、避けようとはしているようだが突然発生して飛んで来る火の玉は彼らのスピードではどうしようもない。
ゴブリン君二号は燃えながら数秒間ジタバタしていたけど、すぐに力尽きたようでパタリと倒れてしまった。
ごめんよ。
さて、ラスト一匹ですか、余裕ですね。
ならばとオレはページをめくる、そこに描かれているのは更に複雑な魔法。
ふふふ、オレの切り札の実験相手になっていただくぜ。
「『火』と『風』の複合魔法、エアロフレイムッ………うあっ!?」
調子に乗って挑戦した複合魔法、二属性以上を組み合わせて発動させる中級魔法だ。
当たればオーバーキルだけど、オレは実戦で練習させてもらおうと考えたのだ。
勝てそうな時に新戦力を投入して自信をつけさせる監督的な感じで。
しかしゴブリン君に向けて放とうとした魔法は即座に火と風に分離、渇いた音を立てて霧散した。
その衝撃で体勢が崩れる。
ゴブリンがその隙を突いて棍棒を振り上げて飛びかかってきた、とりあえず魔導書を盾にして防御の体制を取る。
「キキキッ!」
甲高い奇声を上げながらオレを殴りつけるゴブリン。棍棒を受け止めた瞬間、ミシリと骨が軋む音が響いた。
「〜〜〜! か、『風』の単色魔法、エアブレイク!」
「キキィィッ?」
吹き荒れるは無色の旋風、吹き上げられ宙を舞ったゴブリンはそのまま木に叩きつけられて動かなくなった。
「い、痛い……腕、今ので折れてないですよね?」
複合魔法は難しい、例えるならば別々の計算を同時に行うことに似ているかもしれない。
別の属性を意識すると、元々の属性変換が疎かになるから厄介だ。
そして身体が脆い気がする、前世のモヤシ小僧のオレだってここまで華奢じゃなかった。
女の子ということを差し引いても、ちょっとおかしいかもしれない。
「キリ大丈夫!? だから言ったでしょ、複合魔法は無理だって!」
今年12才になったレオン君はオレが駄々をこねたら山中までついてきてくれました。
女の子を独りきりで行かせるなんて男として駄目だよね。
オレの腕に回復用の魔法薬を塗ってくれるレオン君、相変わらずいい子です。
「二色以上の複合魔法はレベル15くらいにならないと使えないってば」
「無理なんて言ってたら何時までも前には進めません、言い訳を考えるより先に、まずは飛び込んでみるんです」
「もうっ、キリは顔に似合わず猪突猛進型だよね。とりあえずゴブリンを倒したんだしマナを頂いちゃおう」
『マナ』
それは生命の根源とされる力。
魔力とはまた違うモノであり、魂に宿る力とも自然から授けられた力とも言われている。
この世界でレベルを上げるには、宿主を失って漏れ出してくるソレを吸収すればいいらしい。
つまりは『マナ』とは生物から頂戴する『経験値』という理解でいいのだろう。
吸収方法は遺体の傍にいるだけでオーケーの簡単なお仕事です。
宿主を失ったマナは近くにいる生物へと自動的に吸収されるらしい。
オレはてくてくとゴブリンたちの死体に近づく。
すると、見えない何かが身体に入り込んできた感覚を感じた。
それと共に身体の芯が発熱したように温かくなる。
何だか少しだけ気持ちいい。熱い温泉に入った感じに似ているかもしれない。
「う、ん……オーケーです、マナの吸収を終えました。確認をお願いします、レオン」
「ちょっと待ってね、ここのところの調整に苦戦しててさ」
レオン君が何やら小さな双眼鏡のような機械をいじくっている。
「よし出来た、じゃあキリのステータスを確認するね!」
この世界では自分のステータスを確かめるのに専用装置が必要らしい。ゲームみたいにスタート画面を開いてすぐ確認みたいにはできないのだ、面倒くさいね。
何十年も昔にステータスを確かめる魔法を使えた英雄がいたらしいけど、本人が口下手だったから魔法自体が継承されていないという話だ。
ちゃんと伝授しろよ、ソイツ。
「うーん、レベル3で変化ナシ、やっぱり雑魚モンスターじゃ限界だね。もっと強いモンスターを探す必要があるかな」
「そうですか、ですが手応えはあります。焦らずにゴブリン退治を進めて行きましょう、あと強いモンスターは嫌です」
一攫千金みたいなギャンブルはダメだよ、堅実に参りましょう。
コンティニューとか無いからね。
それに強いモンスターとか怖いし、ハンターウルフとか名前的にヤバ過ぎる。出会ったら余裕でハントされそうです。
「ゴブリンって、役立たずの雑魚のくせにウジャウジャいるから鬱陶しいよね、冒険者に依頼して間引きして貰おうか?」
レオン君が怖すぎます。何だろうね、ごくたまにレオン君から支配者じみた威圧感を感じるんだよ。
だけど、命をそんな風に扱うのはダメだな、ここは年上としてちゃんと注意しとかないと。
「レオン、必要以上の殺生は避けるべきです。彼らも生きています、それを忘れてはダメです。モンスターだって同じ生命には違いないんですから」
「……そっか、そうなんだ。モンスターも生きているか。キリは優しいね、教会の偉そうな神父よりもよっぽど聖職者みたいだよ」
えっと、そんなに大したことは言ってませんよ?
オレだって経験値のためにゴブリンさんを倒してるわけだし。
レオン印のジェノサイド作戦は反対だけどね。
「キリと一緒にいると楽しいよ。お父様の用意する家庭教師なんかより、キリは難しいこと言ったりするし。ところでかなり魔法を乱発してたけど、キリはまだ疲れてない?」
「いえ、疲れてはいません。むしろ調子が出てきたくらいです、それよりお弁当のメニューが気になります」
「あははっ、じゃあやっぱり休もう。お昼にしようよ」
笑顔のレオン君。
楽しそうで何よりです。
立派な商人になるために日々勉強してるんだろうなあ、エラいなあ。
でも少し勉強内容が偏っていたのかもしれない、オレの話がレオン君の成長に僅かでも貢献できたなら嬉しいです。
色々と迷惑かけてるからね。
さて、今日もいい天気だな。
まだキリは鏡を見ていません。
そのあたりは次話でさせていただく予定です。
「6年かけてレベル3かよ!?」
キリはねっとりと魔法の練習をしていたようです。




