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そして金色の吸血鬼は夢と現実を紡ぎ出す

脇役キャラが増えますが、だいたいこれでしばらくキャラは増えないと思うのでご安心くださいね。

今回のお話の最初と最後は吸血鬼ちゃんのターン。

 オレがこの世界に生まれ変わって14年が経ったらしい。前の世界と違って誕生日を必ず祝ったわけでもないし、色々と忙しかったから年齢計算はあいまいだ。まあ、多分あってるだろう。

 なんで年齢の話なんかをするのか、というと。少しだけ『前世』の自分の夢を見たからだ。つまりそれは体感時間で約14年前のことになる。間違いなく前世から今世までに見た夢の中でベスト3に入るだろう退屈な夢だった。

 暇だった一番の理由は、前世の自分はパッとしない男だったからだ………誠に残念ながら、そんな三流の日常系動画を延々と見せられたら暇で暇で仕方ない。


 クラスメイトに推薦され、やりたくもない委員を引き受け、上手くクラスを纏めきれずに担任に泣きついた小学校時代。両親を喜ばせようと凡人なりの努力で良い大学を目指したのに、中の上くらいの高校に入学するのがやっとだった中学校時代。沢山の人の役に立つのは素晴らしいことだと教えられて、国家を支える公務員を志していたくせに、気が付けば給料のいい大企業に憧れを抱いていたりと。


 ーーー全てが中途半端、どこにでもいる普通の子供だった。


 自分がどうやって死んだのか、死因は何だったのかは思い出せない。事件に巻き込まれての他殺か、メジャー(?)なトラック事故か、はたまた自殺………はないな。その日の昼飯が美味かっただけで生きる幸せを感じる楽天家オレに限ってそれはない。なら、何だろう?

 オレとしては、子供を庇っての事故死を希望していたりする。もしそうならヒーロー的最期じゃないか、ちょっとした美談としてニュースにもなったかもね。あくまでもオレのニヤニヤした妄想だ。

 ………家族は元気にしているだろうか。いや、きっと「いつかお迎えが来たら天国で息子と再会できるさ」とか思ってんだろうな。なんたってオレの家族なんだから。

とかなんとか、良いことを考えていた時だ。




 「つまんないよぅー!」


 ーーー他人の夢にいちゃもんを付けるとか、これ如何に?


 オレの記憶が流れる画面に背を向けて、赤いドレスの女の子が頬をプクッと膨らませて座っていた。そんなテレビを見る気軽さで他人の記憶を覗く女の子が登場するとか、変な夢だ。女の子はちょうどマリベルちゃんと同じくらいのチビッ子。前世でいうところの小学四年生くらいだろうか。

 星の輝きを閉じ込めたみたく美しい金髪、赤いロリータ調ドレスにストラップシューズ、絵本の中のお嬢様みたいな女の子。



 ーーーここまでヘンテコな夢は初めての経験だなぁ。あと、こんな女の子知らないんだけど。前世で金髪幼女の知り合いはいるわけないし、今世でも会ったことはないはずだけど。


 「ん? 私とあなたは今初めて会ったよ?」


 ーーーあー、そうですか。初めまして………うん、夢の中で挨拶とか貴重な経験だな。お嬢ちゃん、保護者の人はいないの?


 「………保護者? うーん、今日はこっそり私だけあなたに会いに来たの。私たちを倒すなんて予言されたのはどんな子供なんだろうなって。あっ、ここに来たのは私の能力なんだよ。『スパイラルメモリー』っていう夢を媒介にして記憶に干渉する能力なの、すごおぃでしょ?」


 ーーーすごおぃね。


 「でしょでしょっ。私たちが仲良くなれたのも、この力のおかげなんだよ。お互いの記憶をぜーんぶ共有したの。アレクフィーネはスピカのすべてを、スピカはアレクフィーネのすべてを知ってるの!」


 ーーーそれは凄いな、でも別に知らなくても仲良くなれると思うけどね。オレとレオン君みたいに。


 「………ふーん、そういうのもあるんだ。キリエルは私たちとは違うんだね。ねっ、今度はみんなでお話しようよ。アレクフィーネとスピカ、あなたとレオンって子と!」


 ーーーああ、いいんじゃないかな。また同じ夢を見られるかは分からないから約束はできないけどさ。


 「わあっ、キリエル大好きっ!」


 ーーーはいはい、オレも大好きだよ~。


 パタパタと両手を振って喜ぶ金髪幼女の背後では相変わらずオレの記憶が流れている。あー、高校生にもなって落とし穴を全力で掘ったこともあったなぁ。教頭先生が落っこちて大変なことになったっけ?


 「落とし穴って、キリエルは子供みたいなことするのね?」


 ーーー面白いよ?苦労して作ったトラップに誰かが引っ掛かった時は超エキサイティンッ、するからね。教頭先生が落ちたのは完全な事故だけど。全治三週間だったかな、悪いことをした。もちろん反省しています。


 「そうなの? 私もお家でやってみようかなぁ。でもゴブリンが真っ先に引っ掛かりそう。むむ、やっぱり帰ってから考えようかなぁ。でも、スピ………あーあ、もう時間切れみたい」


 赤いドレスをふわりとなびかせ、女の子は立ち上がる。その背中からは黒いコウモリに似た羽が生えていた。バサリ、と広げる。うん、羽が生えた?

 そして太陽のような熱を秘めた瞳が、オレを見つめていた。真っ赤な眼は沈みかけの夕日色。思わず手を伸ばしてしまいそうなくらい、とても綺麗な瞳だった。


 「朝が来たから私はもう帰るね。約束だよ、今度はみんなでお話するんだからねっ。………だから狼には気をつけて」


 ーーーへいへい、男はみんな狼だからね。じゃあね、コウモリ娘ちゃん。変質者に気を付けてお家に帰ってね。


 「私、コウモリの魔物じゃないよ? 私は吸血……………………」


 そこで声は聞こえなくなった。ノイズが走るように夢の映像が途切れていく。その中でなお鮮やかな、金髪幼女の血のように真っ赤な瞳が、やたらと印象的だった。

 もう少しだけ面白い女の子との会話に浸っていたかったけど、どうやら朝が近いようだ。あの男の子がオレを呼ぶ声がする。ぼちぼち目覚めるとしますか。



 そして後々のお話になるが、オレはこの時の約束を死ぬほど後悔することになる。なんでもう一度会う約束をしたんだオレの馬鹿、という感じに。


◇◇◇


 それはとても空気が済み渡った朝だった。

 その日、チュンチュンと小鳥がさえずる声で少年レオンは目を覚ました。

 よじよじとベッドから起き上がり、寝惚け(まなこ)を擦りながら朝の支度を手伝わせようとメイドを呼ぶためのベルを探す。探そうとして「あれ、ここ何処だろ?」と現状に気づいて手を止めた。

 質素なテーブルとベッドが一つずつ置いてあるだけの狭い部屋。掃除は行き届いているようだが年月で劣化した床や壁は貴族出身であるレオンからはひどく薄汚れて見える。自分が被っていた毛布も薄っぺらい安物だ。埃臭くないのが救いだが。

 と、ここまで来てようやくレオンは昨日までのことを思い出した。


 「ああ、ボクはキリと一緒に旅をしてたんだっけ。ボクの場合は家出も含まれてるけど………ふあぁ、昨日は結局、夢見の塔から街に帰ってきたらすぐに宿屋を見つけて休んだのか」


 キリはすぐにでも冒険者協会に行きたがっていたが、実はすでにヘトヘトだったレオンが待ったを掛けたのだ。一晩中あの馬車を運転して、そのあとは複合魔法を二種類同時に使用して夢見の塔に突入、更に騎士団のトップであるマリベルとの話し合い。さすがのレオンも精神的・魔力的に限界だったのだ。


 事情を話すとキリは快く了承し、所持金から手頃な宿屋を探して泊まったのだ。ちなみに料金は泊まるだけなら一週間で銀貨二枚、食事付きなら三枚というものだった。一般的な値段設定であるのだが、残念ながら世間知らずな二人にはいまいち理解されなかった。旅をしたことのない子供が宿屋の値段を知っているはずがないので無理もないが。

 そのため「まあ、払える金額ならいいか」程度の選択だった。ただし決して悪くない選択ではあったことを明記しておこう。安すぎる宿ならば虫が沸くか隙間風が吹き抜け、高すぎればレオンの財布が一週間も掛からずにすっからかんになってしまう。それに比べて二人が選んだ宿屋は小綺麗で、清潔で値段も妥当だったのだ(貴族であるレオンからの評価は散々だったが)。



 「く、ふぁあああ………キリー、起きてる?」


 大きな欠伸を一つ。ようやく冴えてきた頭でレオンは隣のベッドへと目を向けた。しかしそこで横になっているはずの親友の姿はない。レオンは首を傾げる。


 「起きて、ないで、す…………よぅ?」


 「うわぁっ、な、なにしてるのキリ!?」


 同じベッドから聴こえた声にレオンが仰天する。毛布にうずくまるように眠っている黒髪の女の子は、あろうことかレオンのベッドに潜り込んでいた。どうやら夜の間に寝惚けて侵入されたらしい。いつものレオンなら、侵入時点で目を覚ましていただろうが昨日は疲れて熟睡していたので気がつかなかった。


 自分らしくない声を上げてしまったことを反省しながら、レオンはキリをどうするべきかを検討する。それにしても前回は馬車の上での膝枕で、今回は同じベッドに侵入されるとはどうなのだろうか。これはキリが世間知らずだとか、無邪気だとかで済ませてよい問題ではない気がする。

 そもそもレオンは部屋を別々にしようと提案したのに「お金がもったいないから一部屋で十分です」と押しきったのはキリなのだ。その上でここまで無防備な姿を晒している。

 ひょっとしたら自分は異性と認識されていないのかもしれないな、とレオンは思った。だからどうしたという話なのだが、何故か悔しさを少しだけ感じて不思議だった。


 「………うみゅぃ、パツキン幼女」


 チラチラとキリの幸せそうな寝顔をみると心臓がドキドキする。もちろん妙なことを口走っているのは華麗にスルーだ。

 とりあえず静かにキリを観察してみることにした。キリの小さな寝息に合わせて上下する胸が睡眠中であることを表している。そして今のキリは『風精霊のローブ』以外は何も身につけていない。

 華奢で白い両足はベッドに投げ出され、大胆に太ももが丸見えになっていた。前をしっかり閉じていないので、ローブが肩まではだけて慎ましやかな胸まで見えてしまいそうだ。


 ーーーこれは酷い。


 もしここにいたのが、理性の足らない男だったらどうなっていたか。幼さを残しながらも異性を惹き付ける妙な魅力を持つだろう友人はただでは済まないはずだ。うん、酷い状況だ。レオンは強くそう思った。


 「というよりキリ、いくらなんでも恥ずかしいよ………!」


 真っ赤な顔でレオンは呟いた。レオンは別に純粋な子供というわけではない、同じ屋根の下で異性同士がそういう行為をすることをーー知識としてはーー持っているのだ。だが所詮は家を潰さないために作業的に行うことだとしか考えていなかった。レオンには、そういった男女の恋愛に関する感情や感性は欠けているのだ。ようやく友情を知ったばかりの子供なのだから、無理もない話だろうが。

 しかし今、貴族の集まる社交界で美しく着飾った令嬢たちを目にしていた時には感じなかった熱を感じていた。


 「何なんだろう、この気持ちは」


 もう少しこのままでいれば分かるのだろうか。わからない、モヤモヤする。数十秒悩んだが結局、考えはまとまらなかった。そもそもベッドに潜り込まれたくらいで動揺するなど自分らしくない。もっと幼い頃に子煩悩な父親がこっそりとレオンと姉のベッドに侵入しようとしたことがあったが、その時は無言で父親を蹴り落とすくらいは冷静だったはずだ。そんな自分が友人に対して何故ここまで?

 いくら頭を働かせても答えは見つからない。伝わって来るキリの温かさが余計に自分を混乱させているような気がする。もういいや、とりあえず今やれることをするべきだろうとレオンは結論づけた。


 「『土』の単色魔法『クレイゴーレム』」


 ベッドの脇に置いていた魔法杖を握り、粘土に一時的な命を吹き込むことで使い魔を形成する。

 『クレイゴーレム』、それは粘土製のゴーレム。脆いため戦闘能力は高くないのだが、ちょっとした力仕事を任せるには便利だ。騎士鎧の姿をした『アイアンゴーレム』とは違って、現れたのは子供の遊びで作られたかのような粗末な土人形。動くたびにボロボロと表面がひび割れて、破片が床に落ちるオンボロゴーレム。

 そんなゴーレムがキリの身体をひょいっと両腕で抱えあげた。


 「うん、この子を隣のベッドに移してあげて。起こさないように優しくだよ?」


 クレイゴーレムにテキパキと指示を飛ばすレオン、とりあえず考えを切り上げて行動に移すことにしたらしい。そしてキリを元のベッドに寝かせてから起こすことに決める。そしてキリが自分のベッドを離れたころには、すでに冷静な思考が回復していた。これでよし、とレオンが頷いた。

 ここにきて、やはりレオンは紳士的だったようだ。



 「………男は、みんな狼で、す。ぐぅぅ……」


 「何を言ってるんだろ、ハンターウルフと戦っている夢でも観てるのかな? うん、そろそろ起こそうか。………ほらっ、もう朝だよっ。起きてキリ!」


 「うひゃあっ!? 」


 レオンは窓を開け放つ、そしてすっかり昇った太陽の光がキリを叩き起こす。まだ眠いらしく目を両手で覆っているが。キリは少しだけ不機嫌そうにレオンを見つめる。


 「れ、レオン! びっくりするじゃないですか、もっと優しく起こしてくださいよ!」


 「寝相の悪さへの仕返しだよ?」


 「………何の話ですか?」


 はてなマークを浮かべるキリにレオンは苦笑する。さっきまでのことは忘れよう、あれは自分にはまだ理解の及ばない感情のような気がする。そうレオンは結論づけた。

 



◇◇◇◇


 白い真珠のような建物が建ち並ぶ神託都市のメインストリート。その美しい街並みから国内外問わずに抜群の人気を誇る都市。観光に訪れた人々は宝石箱に迷い混んだように、静かな光を秘めた風車群や純白の教会をユラユラと見回しながら歩みを刻んでいく。キリとレオンがそうであったように。


 そんな清廉とした風景を一人の青年が颯爽と駆けていく。涼やかな水色の髪を後ろ手にポニーテールのように纏め、愛想の良さそうな顔立ちをした青年騎士。観光客の流れをスルスルと避けて、走り続けた彼は一つの建造物の前で停止した。石造りの建物が大半であるアストロギアの中では珍しい、重厚な木造建築の二階建て酒場。

 あー、と喉の調子を確かめるように彼は一声発した後、分厚い鉄の扉に手をかけた。ギギギ、と錆びた音を立てて扉が開く。ついでに何か文字が書かれた羊皮紙を扉の外側に貼り付ける。


 「毎度お馴染み騎士団参上っ! お邪魔するッスよ、オヤジさん。まさかまだ寝てるとか言わねーよな」


 青年の口から飛び出たのは軽い口調。近所の酒飲み仲間にでも挨拶するようにヒラヒラと手を振りながら酒場へと足を踏み入れる。

 小綺麗に清掃された店内には大きめのテーブルが幾つか、そして椅子は無秩序に並べられていた。奥には酒瓶が転がるカウンターに突っ伏して、イビキを掻く大男が一人。青年は冷たい表情で大男を見下ろす。


 「朝っぱらから酔い潰れてたらダメだろ、この飲んだくれ。団長のお慈悲でここに職を得たこと忘れてないなら、職務くらい果たしてくれよ。このウスノロ」


 別人のような口調で大男を口撃(こうげき)する青年。先ほどまでとは雰囲気が幾分か違う。ムクリと大男が気だるげに起き上がる。


 「誰がウスノロだ、この狸小僧。お前こそ誰のおかげで守護騎士になれたと思ってやがる? 俺が気まぐれにお前を拾って、鍛えてやったおかげだろうが」


 「起きてたんスか。いやー、ついつい本音がでちゃいました。すいませんね、デモンズ支部長」


 「おい」


 再び軽い口調に戻った青年。あっはっは、と場を誤魔化すために笑い声を挙げる。大男ーーー灰色の無精髭を生やし、日焼けした厳つい顔面を持つ、岩石を思わせる風貌の男ーーーデモンズ支部長は不機嫌そうに青年をにらめつける。


 「ちっ、何のために来やがったんだ。ザジタローク、言っとくが金は貸さんぞ。それとも騎士団をクビにされて冒険者に戻ろうって腹か? 骨は拾ってやるからその辺でのたれ死ね」


 「何気にひどい。俺みたいな優秀な元冒険者をみすみす失うなんてまさに国家的損失だぜ。今日ここに来たのはウチの団長様からの密書を届けにだよ。現役の英雄様からの直筆メッセージだ、ありがたく受けとってくれ」


 「何がありがたくだ。得体の知れない守護者からの手紙なんざ、不気味以外のなんでもねえよ。噂によれば二百過ぎの妖怪ババアが守護者の正体らしいじゃねえか。だとしたら呪術師の頂点にぴったりのシケた女だな」


 そう言いながら青年騎士ザジタロークから受け取った封筒を乱暴に破り、中身を掴み出した。


 「あっはっは、その噂を流したのは俺」


 「お前かよ。ということは噂は真っ赤な嘘か、狸小僧め…………ん、何だこりゃあ? 二人の冒険者候補を支援してくれ、だと?」


 手紙の内容を把握し、怪訝な顔をしたデモンズ支部長。そこには二人の男女らしき名前と、その支援をせよという命令文、そしてアストロギア守護者の『楯』刻印。

 ザジタロークは詳細を告げる。


 「その二人は、何というか団長の大切な人ッス。昨日も団長自らがお茶会を開いて招待するくらいに特別な………だから守ってやって欲しいんだ、全ては団長とこの都市のために」


 「………まあ、アレだ。事情は知らんが厄介なことを抱えているんだな? 了解した、と言いたいところだが本人たちを見ないことには何とも言えん。特別扱いなんざ、他の連中に文句を垂れられるに決まってるしな。責任者が俺である以上は最終的に判断するのも俺だ」


 「守護者の権力に逆らえるわけねースよ。あの方が『従え』って言えば大貴族だって膝を折って床に這いつくばるんスから。一介の支部長ごときには無理ッス」


 「錬鉄都市の暴君ならともかく、聖なる呪術師様はそんなことはしねーよ。考えるまでもねえ、だからお前も下げたくない頭を俺に下げてんだろ。あと、その下手な丁寧語もどきは止めとけ。下層階級の出身が取り繕ったところでスラム育ちの臭いは消えん。お前はお前らしく振舞えばいいんだよ」


 「………………」


 「如何なる国家にも属さず、如何なる権力にも媚びず、この大陸を吹き抜ける気まぐれな風。それが俺たち『冒険者』だ。もっとも今はこんな酔狂なプライドを持ってる奴は少ないがな。その二人に冒険者としての素質があるのか、俺の試験で見極めてやる」


 酒臭い緩んだ空気の中で、しかしデモンズ支部長はそう硬く誓う。そしてそれはキリとレオンが訪れる直前のことだった。

 ザジタロークの背後でガタガタと揺れる鉄扉、隙間から漏れてくるのは涼やかな少女の声音。デモンズ支部長のいう『気まぐれな風』候補が吹く瞬間はやって来たようだ。

 デモンズ支部長が「おう?」と入り口へ日焼けした顔を向ける。揺れ続ける扉、しかし腕力が足りないのか、或いは立て付けが悪いのか開く気配がない。ブツブツと文句が聴こえる。


 「…………体重を掛けても開かないとか、まったく。この扉、重過ぎます。どうせなら魔法で自動ドアにしてしまえばいいのに、出来るか知らないけど。あ、紙に何か書いてある?…………なるほど。離れてください、レオン」


 どうやら二人組のようだ。少女が仲間に何事かを呼び掛けている。ふと、デモンズが怪訝な顔で手元の資料に視線を落とす。守護者からの密書には『二人組の支援』と記されている。まさかな、と己の頭に浮かんだ可能性を握り潰す。いくらなんでも若すぎる。

 恐らくはここの支部に依頼を持ってきた街の子供だろう。そう当たりをつけて、デモンズは支部長として小さな客人を迎え入れるために立ち上がる。山賊の親玉に例えられた経験もある恐ろしい顔立ちで、客を怖がらせないように口元を吊り上げた笑顔で。二メートル越えの筋肉達磨な風貌を和らげようと、腰を屈めて取っ手に丸太のような腕を伸ばす。扉を開けようとするデモンズに、沈黙していたザジタロークがぼそりと問いかける。


 「ところで支部長、その試験の内容は俺の時と同じッスよね。『いつ、どこでも、どんな方法でもいいから俺に一撃加えたら合格』ですよね?」


 「同じ内容だ。すまんがザジタローク、話は終わりだ。客の相手をしなけりゃならん……何を笑ってやがる「吹き飛べっ、『風』の単色魔法『ウインドブレイク』!」何ぃ!?」


 デモンズは鉄扉を開けようとした。しかし取っ手に触れた瞬間に感じたのは大きな魔力の奔流。鼓膜を震わせたのは流れるような魔導の言霊。

 長年鍛えた反射神経に従い、デモンズの身体は回避行動を開始する。即座に腕を引っ込め、脇目も振らずに近場のテーブルの下へと飛び込もうとした。

 しかし間に合わない。デモンズの回避よりも遥かに早く『風』の魔法が発動する。


 「ち、ちょっと待てゴラァーーー、ゴブァッ!?」


 少女の注文通りに吹き飛ぶ鉄製の扉。それはフルスピードで、ほぼゼロ距離にいた支部長デモンズに激突した。鼻血を吹きながら宙を舞う大男。数メートルの飛翔をその場の人間に見せつけた後、そのままドズンと勢いよく床に落ちて動かなくなった。有り体を表現するなら大ダメージだ。


 「あ、あれ?」


 黒髪の少女は状況が飲み込めず呆然としている。隣に立っている身なりの良い少年は「面白いものを見た」と言わんばかりに目をキラキラとさせている。一部始終を見届けたザジタロークはよっこらしょ、と立ち上がりデモンズに満面の笑顔で告げた。


 「団長からの命令は『二人を安全確実に協会に所属させること』だったんスよ。だから、ここに詳しい俺が派遣されたんです。確か支部長の試験って『いつでも』だったッスよねえ。だったら今のコレで合格ッスよねぇ?」


 そういうことかとデモンズは鼻血をだらだらと流しながら理解した。この狸小僧が支部を訪ねてきたのは二人を援護するためだったようだ。そして、まんまとコイツは二人の冒険者候補を合格させることに成功した。恐らくは夢見の塔にある予言の一つにこの運命が描かれていたのだろう。勝ち誇った顔で自分を見下ろすバカ弟子。とりあえず後で殴ろう、そう心に固く誓ったデモンズは鼻血を拭って立ち上がる。そして二人の小さな『冒険者』へと向き直った。


 「ようこそ、夢と自由と死が理不尽に転がる職場へ。魔物のディナーになる覚悟はあるか? 誰にも看取られずに草木の肥やしとなる覚悟はあるか? あるなら結構、ないなら死なない覚悟を今決めろ! 前置きは以上だ。このアストロギア支部にお前たちを歓迎するぞ、愛すべき新入りども!!」


 開口一番。大男の雄叫びが支部を揺るがす。

 その野獣のような迫力に、キリは耳を塞いで涙目になり、レオンも少し驚いた顔をしてデモンズを見つめる。決まった、支部長として威厳あるスタートを切れたとデモンズは確信した。

 かつての部下に一杯喰わされたままというのは気に食わない。だがそれはもういい。重要なのはこの二人だ。守護者と関わりがある新入りがコネを使って調子に乗っても困る。だからまずは第一印象から攻めた、できるだけ只者ではない雰囲気を与えておくために。それはどうやら成功したようで、少女の方は足が竦んで動けないようだ。

 ニヤリとデモンズは底意地の悪そうな笑みを浮かべる。しかしーー。


「冒険者協会に山賊がいるとか聞いてないですよ!?」


 緑のローブを着た黒髪の少女が叫ぶ。ちょっと待て山賊って俺のことか、とデモンズの目が吊り上がる。確かに大声に過ぎたかもしれないが、それはないだろう。まあ一発小突いてから自分がここの責任者だと説明してやろう。胸中のムカムカを抑えてそう思った瞬間だ。

 黒髪少女が魔道書を取り出して構えたのだ。ここにきてデモンズは動揺した。連続で魔法を使えるなど想定外だったからだ。数年単位の修練を必要とし少なくない魔力を消費する戦闘用魔法を、こんな子供が連続で使えると想像だにできなかった。デモンズの判断は早かった。即座に少女が構えている魔導書を叩き落とし、魔法を中断させようと踏み出す。しかし、ザジタロークが抜刀した剣でデモンズの動きを制した。なんの真似だ、その言葉がデモンズの口から出るより先にザジタロークはキリたちに切羽詰まった表情で告げる。



 「凶悪犯が脱走したんです。危ないッスよ、騎士であるオレに任せて一般人は下がっているッス!」


 「ザジタローク、てめえ誰が凶悪犯だっ! ちょっと待て小娘、そのローブは………そして小僧、その杖でどうするつもりだ?」


 「とりあえず人相悪いし、怪しいから捕縛しようかなって思ったんだけど? 『土』と『土』の複合魔法『アイアンゴーレム』」


 「わ、私もいきますっ。『風』の単色魔法『エアロバインド』!」


 「しまったコイツら、両方魔法使いだったのか!? ちょっと待ちやがっ、グワァァァアアッ!?」


 まあ、そもそも朝っぱらからアルコール臭い上に、山賊顔で無精髭、おまけに騎士に付き添われている大男を信頼しろというのもアレではあるのだが、これはひどい。風で四肢を拘束されたデモンズは気持ちいいくらいの右ストレートを鋼鉄のゴーレムから受け取り、再び宙を舞った。

 そんな光景を横目にザジタロークは破壊された扉に貼り付いていた羊皮紙を忍び足で回収した。

 『この扉は風魔法により開きます』と真っ赤な嘘が刻まれたソレを、そっと自分の懐に入れる。



 「『(ことわり)』の単色魔法『ロストノイズ』を解除っと。団長、オレは任務をやりとげたッスよ。エライって褒めてくれますよね?」


 『ロストノイズ』。音を遮断するその魔法を解除する。先程のデモンズ支部長の新入りに対する宣言はまるごとカットされたことになる。そのためキリとレオンは目の前の大男をここの責任者だとは認識できなかったのだ。

 そしてザジタロークは鋼鉄のゴーレムに見事ノックアウトされたデモンズ支部長に心の中で色々と謝罪した。別に彼自身はデモンズに何らの恨みがあるわけでもない、むしろ心の奥底では尊敬している。だがザジタロークの中での最優先事項はマリベルからの命令だったのだ。そしてマリベルからの指令は『キリとレオンの冒険者協会への所属を支援』そして『デモンズ支部長との協力関係を築くこと』。それを実行する上で探し出した予言というか直感というか、何故だかこれが最善だと結論が出た。それだけだ。


 「なるほど、あの女の子は精霊付きなんスね。確かにデモンズ支部長なら魔法をぶつけられたら嫌でも気づく、か。やっぱりこれが最善の運命みたいですよ、ソプノ団長」



 ぼそり、とザジタロークが呟いた言葉は誰の耳にも届かなかった。



◇◇◇


 ーーー魔法都市ソフィアビス、近郊の森。


 湖畔に存在する吸血鬼の紅い館。その最深部には館の主の私室が存在する。

 吸血鬼らしい窓無しの薄暗い部屋。光を浴びれば灰になるという伝承を持つ吸血鬼たちに窓のある部屋は似合わない。そこには緋色の少女が何をするでもなく、部屋の中央に佇んでいた。そんな少女の眼前に霧が立ち込める。

 ひんやりと冷たい霧は、緋色の吸血鬼の眼前で人の形に収束していく。


 「………何処に行ってたの?」


 「予言の子のところっ、やっぱりハーフエルフだったよ。黒髪のね、いたずらっ子なの!」


 霧が晴れたそこにいたのは金髪の幼い吸血鬼。この幼女は無断で外に飛び出していたようだ。ウキウキとした様子の幼い吸血鬼に、緋色の少女は溜め息をついた。


 「また勝手にそんな危険なことを………まあ、今回はいいわ。そいつの姿を教えて。ハンターウルフどもに細かい容姿を伝えれば、あいつらも少しは役に立つかもしれないわ」


 「うんとね、男なんだけど女の子なの。とっても変で騒がしくて、時には静かで、見ていて楽しいお馬鹿さん。でも賢くて優しいところもあるんだよ」


 「男で、女? それはどういうことなの?」


 「そのまんまの意味だよ?」


 要領を得ない答えに眉をひそめる少女だったが、幼い吸血鬼が楽しそうに話しているので、文句を言うのは控えた。結局、予言の子についての特筆すべき情報はない。唯一の手がかりは黒髪ということだが、性別すら曖昧な中での情報がそれだけなのは厳しい。キリは前世の記憶のおかげで地味に命の危険を回避していた。


 「………もういいわ。あなたに説明を求めたのが間違いだったみたい。どのみちハンターウルフどもはイルクゥ山から出立してる、あとは適当に暴れさせましょう」


 「大丈夫かな?」


 「大丈夫じゃないわよ、マリベルがいる以上はハンターウルフどもは死にに行くようなものよ。せいぜい予言の子の炙り出しだけに集中してもらいたいところね」


 「ううん、狼たちじゃなくて予言の子が心配。みんなでお茶会をしようね、って約束したの。だからあの子に何かあったら楽しい予定なくなっちゃう」


 「本当に勝手よね、あなたは。何でもない顔で無邪気に危険を犯す。だから配下の連中も不安になるのよ、もちろん私もね。それを理解しているの?」


 苦言を呈する少女、もちろん幼い吸血鬼の向こう見ずな行動を諌めてのことだ。ついでに部下であるハンターウルフよりも敵であるハーフエルフを心配をする身勝手さにも呆れている。

 すると何を思ったのか金色の髪を揺らしながら、幼い吸血鬼は緋色の少女を真正面から見上げた。突然の行動に怪訝な顔をした少女の唇へと自分の細い指を押し当てて呟いた。


 「………犠牲のない駆け引きなんてつまらない、永遠に近い時を生きる私たちには必要なんだ。そういうスリルがね。私たちだって生まれた瞬間から唯一無二の命なんだもの。誰にも邪魔させない、文句も言わせない。目一杯楽しみ尽くそうよ、今この世界を」


 「………あなたって、時々びっくりするくらい大人だわ。道楽に染まる子供かと思ったら理知的で、寂しがり屋だと思ったらこんなにも怖いもの知らずなんだもの」


 金色の吸血鬼の落ち着いた口調、それに緋色の吸血鬼は小さく驚いた。緋色の少女の唇から指を離した幼い吸血鬼は苦笑する。


 「吸血鬼に見た目は関係ないよぅ………マリベルみたいに成長が止まってる不老の存在じゃないけど私たちにとって時間の流れはゆっくり過ぎるんだもん。楽しいことをいっぱい見つけないと生きていけないよ?それじゃあ、今度は二人で遊びに行くよっ」


 幼い吸血鬼の右手が自分よりも大きな、しかし繊細な少女の手を取った。そして天真爛漫といった様子で笑顔を見せる。先程までの風格は何処へやら、完全に幼い子供に戻ったようだ。

 今度は緋色の吸血鬼が「やれやれ」と苦笑した。


 「あなたは何もかも不安定なのよ、私は振り回されてばかり。でもそういう無邪気さに私は救われたのよね。複雑だわ、本当に複雑な気分よ」


 二人の身体が霧になっていく。

 吸血鬼の持つ能力は多彩だ。その一つである『霧状に変化する能力』。その力を発動したのだ。部下たちの警護と監視がある屋敷から抜け出すには霧状態で移動する方が都合がいい。


 「私がキリエルに紹介してあげるねっ、きっと二人とも仲良くなれるよ!」


 「仲良くなっても困るわ、マリベルの時みたいに戦い難くなるじゃない。吸血鬼と人間やハーフエルフが友人なんて悪い冗談だわ。問答無用で首を刈り取るくらいの関係がちょうどいいのよ、敵同士なんだから」


 幼い吸血鬼がこんな忠告に耳を傾けることはないだろう。それでも言わざるを得なかった。スリルを求めるという傲慢こそが二人をマリベルに破れさせた敗因なのだから。勝手気ままな行動を繰り返していた自分たちに、三十年前の敗北は必然だったのだ。それでも幼い吸血鬼に反省の色はない。


 「私、人間もハーフエルフも大好きだよ。面白いし可愛いし、とっても儚いから。見ていて飽きないの。だから、キリエルたちとも仲良くなりたいの」


 「人間はともかくハーフエルフはマリベルしか知らないじゃない。だいたい、正確な手順を踏まなければ死なない吸血鬼と比較されたら、地上の生物の大半は儚い存在でしょう。はぁ………もういいわ。いざというときは私が何とかするから、せいぜい楽しみなさい」


 どうやら、好奇心旺盛なお嬢様は忠告なぞ聞いてくれないようだ。マリベルという因縁の敵がいる危険地帯に何の備えもなく踏み込もうとしている。果たして勝算はあるのだろうか。

 命が懸っているはずの場面で自分勝手な行動を取る幼子、普通なら少女の方が愛想を尽かしそうなものだが二人の関係でそれはない。



 姫君であるアレクフィーネと、その従者たるスピカ。

 二人の吸血鬼はいつも一緒なのだから。

 利害や信頼関係といったものを越えた繋がりが二人には存在する。


 

 「とっても愉快な夜になりそうね」


 「そーだよ、楽しい夜にしてみせるよ」


 開け放った窓から、白い霧が立ち昇っていく。アストロギアに向けて二人の吸血鬼は出立した。



次回は戦闘シーンがあったり狼モンスターさんがワサワサと登場する予定です。




『冒険者協会アストロギア支部』

神託都市アストロギアにある冒険者協会の支部。アストロギア騎士団は他都市の騎士団と比べて貧弱であるため防衛戦力の何割かを冒険者たちに依存している。また、観光地ならではの「落とし物探し」「迷子探し」などの依頼も舞い込むため忙しく過ごす冒険者たちが多い。ただし大きな事件が起こることは稀にしかないため、忙しくも刺激の足りない日々に不満を漏らす者も多いとか。アストロギアが平穏なことには聖なる呪術師の尽力が見え隠れする。支部長はデモンズという大柄な男、頑丈さに定評がある。

ーーー『月刊冒険者より』



『ロストノイズ』

(ことわり)』の単色魔法。一定範囲内の音を消し去ることのできる呪文。特徴的なのは音を選択して除去できることであり、特定の人物の言葉だけを消音にすることもできる。戦闘においては聴覚の発達した魔物との戦いに有効である。

ーーー『シベリウス魔法大全より』



『従者スピカ・エカルラート』

吸血姫アレクフィーネの腹心です。彼女単体ならば正直なところ、強力な吸血鬼ではありません。しかしアレクフィーネからの魔力供給のおかげで湯水のごとく魔力を消費して大魔法を繰り返すことができるので極めて危険です。正面から戦うのは控えた方が懸命でしょう。

また戦闘面だけではなく精神面においてもアレクフィーネを支える少女、それがスピカという吸血鬼。エカルラートのファミリーネームを与えられていることからも、その絆がとても強いことがお分かりになると思います。それ故にスピカさんの存在はアレクフィーネ姫の最大の弱点でもあるのです。………当時はそんな二人の関係を羨ましく思っていました。懐かしいですね。

ーーー『マリベル・ソプノの回想』

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