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緋色(スカーレット)の吸血鬼(ヴァンパイア)

ラスボスさんの登場となります。

気に入っていただければ作者としては、とても光栄です。

 『守護の楯』。それは一般的には守護者と呼ばれる者たちの正式名称。王国防衛の要にして六つの守護騎士団の頂点、貴族位すら与えられる重要人物たち。

 彼ら、彼女らは多くの特権と引き換えに六大都市から離れることを制限される。どんなに距離を置くとしても王国内まで、例え戦争時であったとしても他国への境界越えは許されない。

 『守護の楯』とは文字通りに『楯』であり、『剣』ではないのだから。彼ら、彼女らに期待されるのは破壊でなく、守護すること。

 代わりはいない、霊脈との『特殊な契約』を結んで莫大な力を得た守護者たち。そしてその契約条件に当てはまる者は希少だ。六人の守護者全てが任命されていない、つまり五人以下である時代は珍しくない。

 極端な話、実力と才能さえあれば血筋も人脈も関係なく守護者に任命されることは十分ありえる。レオンがキリに対して「守護者になれるかもしれない」と話したことにはそういう理由がある。



 そして魔法都市ソフィアビス、長きに渡り守護者空席であったこの地では多くの強大な魔物たちが一大テリトリーを築き上げていた。切り札を欠いた人間達の拠点、王国における魔物たちの最後の楽園、人を喰らっても討ち果たされる危険性の低い理想的な狩場だった。知性を持つ高位モンスターたちは、こぞって魔法都市ソフィアビスの周辺地域を縄張りとした。騎士団を有する魔法都市そのものを落城させることは現実的ではないにしろ、霊脈から漏れ出すマナを吸収して一族の力を高めていったのである。

 しかしそれも数年前までの話。



 それは、とある少女が魔法都市ソフィアビスに留学してきたことから始まった。名門出身だった箱入り娘、瞬く間にソフィアビス魔法学院を飛び級で卒業したその女の子は、魔物と戦った経験すらない一般人のはずだった。

 しかし如何なる手段を使ったのか、あらゆる階級と手順を飛び越し、いきなりソフィアビス騎士団の長に年端もいかぬその少女が据えられたのだ。魔法学院を卒業した翌年のことである。当然、彼女に実戦経験はない。


 知恵ある魔物たちは嘲笑った。「我らを恐れるあまり、人間どもは血迷って木偶人形を人柱にした」と魔物たちは噂した。ひょっとしたら魔法都市ソフィアビスを陥落させる日も近いのではないかと。

 彼らは分かっていなかった。別段、戦争中でもない限り守護者は無理やりに六人揃える必要は人間側にはないということを。


 王国史上、六人全ての席が埋まったのは三度しかなかったことを。



 結論から言うのなら、魔法都市ソフィアビスは神託都市アストロギアの次に過酷な地獄と化した。それもそのはずで王国始まって以来、魔導の域で三本の指に入ると絶賛された天才少女が弱いはずもなかったのだ。

 おまけに実験用の素材集めと意気込んだソフィアビス守護者の少女が、それはもう熱心に魔物退治を進めた。

 というよりは人間側の勢力が盛り返した、というべきなのだろう。勢いづいた冒険者、騎士団、傭兵団も奮闘し猛威を振るった魔物たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 ようやく魔物に怯えない平穏な暮らしができると、ソフィアビス周辺の村々は「やれやれ……」と気を緩める。魔物の寝床であった鉱山や森林に手が伸ばせるようになり暮らしも楽になった。

 しかし、未だに抵抗する勢力も存在していた。


 それは唯一この地に留まった一族、人間と同じかそれ以上の高い知性を持ち身体能力にも長ける夜の支配者。その名は吸血鬼。


 覚えているだろうか、キリとレオンが神託都市に到着する以前、マリベルの元に伝令の騎士が駆け込んできたことを。

 未だに一般に公表されていないが、彼らはソフィアビス守護騎士団を一時的に撤退に追い込んだ。侵攻してきた騎士団に守護者が不在だったとはいえ、それは王国にとって衝撃的だった。魔物側の勝利により、再び水平線へと戻された天秤。その日のうちに王都にその詳細が伝えられた。

 そして戦闘時に騎士や冒険者が「突然、身体中から生気を奪われるような感覚に襲われた」と証言したことから、情報を吟味した王都議会は一つの結論を下す。



『第一警戒種、吸血姫の復活は明白である。ここに王都より命令を下す。

①六つの全騎士団は都市の防衛を強化せよ。

②守護者は都市を離れる際にはコネクトワープの使える従者を必ず同行させ有事に対して備えよ。

③魔法都市騎士団は可能であるならば吸血姫を討伐せよ。

④守護者は決して独断先行を起こさぬこと、特に神託都市のマリベル・ソプノに厳命する。

⑤吸血姫を討つとされる予言の子についての情報は全て王都議会に提出すること。

以上



 これに対する守護者たちの反応は様々だった。


 「何で私だけ名指しなんですか…………確かに危険な魔物は率先して倒してきましたけど、死にかけたこともありますけど、名指しは恥ずかしいです。あとキリさんの情報は渡しません」

 「コウモリ退治に時間を割けるほど我輩も暇ではないのだ、検問はいつも通りで良いだろう。もっとも吸血鬼が金貨を払うなら、通すのもやぶさかではない。吸血鬼は金を持っているのかね?」

 「馬鹿馬鹿しい、アタシは気分が乗らないの。村の一つや二つくれてやりなさい。………アタシって弱いもの苛めは大好きだけど、強い奴と戦うのは嫌いなのよ。だって面倒じゃない、どうせアタシが勝つんだから戦いは短い方がいいわ」



 神託都市、商業都市、魔法都市の守護者たちは三者三様の反応を見せ、残りの守護者たちはまさかの不在。連携などの考えは毛頭ない。せいぜいが自分の仕事の邪魔になるなら消す、それだけだ。


 騎士団のトップがこんななので吸血姫のような特殊な魔物が野放しにされたりするのだから、一般人からしたらいい迷惑である。どこの世界でも一番苦労するは末端の人間に違いない。

 しかし、上に立つ者が呑気な生活を送れるのかと問うならばそれもどうやら違うようだ。



◇◇◇


 ところ変わって魔物側、場所はうっそうとした深い森の中。

 ソフィアビス騎士団を退散させることに成功した、したっぱ吸血鬼と彼らに付き従うモンスターたちは勝利の余韻に浸っていた。

 この数年間ギタギタにされ続けた魔物側だったが、今回遂に勝利をもぎ取ったのだ。浮かれないほうがどうかしているだろう。


 あるトカゲの魔物は口から吐いた炎で出所不明の肉を香ばしく炙り喰らう。とても旨そうだ

 したっぱ吸血鬼は騎士団が残していった食料保管庫から、将校用のワインを持ち出して豪快に煽っている。とても酒臭い。

 二角獣(バイコーン)は逃げ遅れた人間(てき)がいないかどうか、注意深く巡回………するフリをしながら歓喜を全身で表すために闇夜の中で木々をなぎ倒しながら猛爆走していた。とても危ない。




 そんな馬鹿騒ぎから距離を隔てた森の奥地。夜の衣に覆われた木々をかき分けた深部。茂みが突然開けた先には広大な湖が広がり、その湖畔には異界が広がっている。もし足を踏み入れた人間がいたのなら、もしその人間が未だに口をきける状態であったのなら、こう感想を漏らしたはずだ。


 ーーー血を被った狂うような(あか)色だ、と。


 ペンキをぶちまけたように真っ赤な林、肥料に血液でも混ぜているのかと疑う程に血塗りの木々が透明な湖を取り囲む。その中に時計塔を擁する大きな洋館がただずんでいた。


 大貴族の本邸のごとく豪奢な造り。ダンスができそうなくらい巨大なホールを抜け、先にある黒塗りの扉を潜れば、そのにあるのは真っ赤な絨毯がひかれた会議室。


 赤い部屋に置かれたマホガニー製の円卓、そこに座していたのは格式高き吸血鬼たち。

 細心の注意を払って手入れした髭を生やし、枝毛の一本もなく整えられた髪、艶やかな黒い正装に身を包んだ姿は他の魔物とは一線を画する。蝙蝠に似た羽を背中から出している以外は、人間でいうところの貴族階級そのものだった。

 そして高貴な吸血鬼たちは円卓を囲み、ワイングラスを片手に激論を繰り広げていた。



 「予言の子とやらの情報は掴めたのか?」

 「うむ。予言の子は、かのアストロギア騎士団の庇護下にいる。どうやら我らの動きを察知して故郷を旅立っていたようだ」

 「頭の回る子供よ。よりにもよってマリベル・ソプノの(ふところ)に逃げ込むとはな」

 「何を恐れることがある!所詮は脆弱なハーフエルフどもに過ぎん、マリベル・ソプノごと始末してしまえば良いではないか。これは好機である!」

 「バカなことを言うな! あの呪術師に何人の同胞が灰にされたと思っておる!」

 「その通り、アレはまさに死神よ。可能ならば予言の子のみを消すべきだ。もっとも姿形どころか性別すら分からん現状ではどうしようもない」

 「ええい、この敗北主義者どもめ! 吸血鬼の誇りを何とする!!」


 「静粛にっ、『吸血姫アレクフィーネ・エカルラート』様の御前であるぞ!」



 議長である白髪の老吸血鬼が怒鳴る。言い争いをしていた吸血鬼たちは身を震わせたかと思うと沈黙し、恐る恐る自分たちを見下ろす位置にいる人物へと視線を送る。不機嫌な声が会議室に響いた。



 「うるさいわ、とても五月蝿(うるさ)いわ。たかがハーフエルフじゃない。どうしてアナタ達はそこまで無様に騒ぎ立てるのかしら。守護者と戦うのが怖い臆病者か、それとも主の力を信じられない愚か者なのかしら?」


 円卓を見下ろす玉座に腰掛けていたのは、支配者然とした女吸血鬼。見た目では二十に届いたばかりか、十代後半程度の若い女。

 ルビーのように紅く透明な輝きが込められた紅血の髪。見下ろす瞳は、目が覚めるような月の黄金。闇が溶け込んだ漆黒のゴシック調の衣服。その姿は吸血鬼の姫君に相応しい、夜の支配者のごとく。青白い肌は絹の滑らかさ、そして憂鬱そうな表情さえも扇情的だった。

 そんな少女は「ふあぁ……」と暇そうに欠伸(あくび)をする。


 そんな彼女への眼下の者たちからの視線は厳しい。自分たちの主であろう少女へ向けられる殺気。しかしその理由は彼女の無責任な態度だけではない。その原因は彼女の膝上にあった。もぞもぞと動く小さな影。


 「うみゅうぅ………………スピィ……?」


 可愛らしい寝息を立てる吸血鬼の幼子がそこにいた。

 砂金を散りばめたように輝く金髪、たっぷりのレースに飾り付けられた赤いドレス。あまいあまい砂糖菓子みたいな童女が彼女の膝を枕にして眠っている。

 女吸血姫は壊れ物を扱うかのようにその金髪に優しく触れる、そして何度も何度も撫でている。その度に幼子は「ふみゅぅ」と気持ち良さそうに息を漏らした。

 その様子を目撃した吸血鬼たちは苦々しく、苦悶の表情で怒りを噛み締める。剥き出しの犬歯がギチギチと軋む。


 「ぐ、くっ、姫様のお気に入りというだけの理由でそのような小娘が貴女と共に玉座にて我らを見下ろすとは………ああっ姫様、何故そのような未熟な吸血鬼をお側に置くのですか!」

 「その通りだっ、まして膝の上になど………羨ま、無礼者めが! 想像するだけで興奮してき、直ちに謝罪せよ!」

 「貴公っ、本音が駄々漏れではないか!?」



 いい年をした吸血鬼たちがギャーギャーと騒がしい会議室。そろそろ本気で不機嫌になってきた女吸血鬼が膝上の幼子を抱き上げて玉座から立ち上がる。


 「五月蝿いと言ったはずよ、静かにしなさい。それに他でもないアンタ達の姫君の方針に逆らうのかしら? その耳で聞いていたはずよ、いつまでもハーフエルフなんて恐れる必要はないわ。アレクフィーネの力の元に集まったアンタ達にできるのは身を粉にして尽くすことだけよ」


 「ぐっ、しかしーーー!」


 「しかしもカカシもないわ。支配領域を広げたいならさっさと神託都市に使い捨てどもを送り込みなさい。基本的に私は手伝わないわよ、私の願いはこの子といつまでも過ごしたいだけなんだから」


 「ーーーーーー!」


 吸血鬼たちは唇を噛み締める。理解はしているのだ。

 ただ、小娘は姫君のお気に入りとなった。それだけが、玉座にて自分たちを見下ろす小娘と見上げている自分たちとの差なのだと。吸血姫アレクフィーネはまだ若い吸血鬼だ。気まぐれで無責任、好きなように暴れては周りを混乱させる。

 組織を動かす頭脳があるわけでも、一族を束ねる統率力があるわけでもない。指導者という意味でなら、数百年を生きる彼らの中には彼女よりトップに相応しい人材はいくらでもいる。

 しかしーーー、


 「…………そーなんらよー」


 「「「「「全て了承しました、姫君」」」」」



 むにゃむにゃと寝言を呟く金髪幼女と彼女を抱える緋色の吸血少女に、吸血鬼たちは次々にひざまづく。玉座から放たれているのは禍々しいほどの魔力。先程の騎士団、冒険者との戦いで奪い取った魔力の塊がこの館全体を飲み込んでいく。ここにいるだけで木っ端な魔物は窒息するかもしれない。

 吸血鬼たちはそんな霧状の魔力を吸収し傷を癒す。ここにいるだけで魔力が回復し、その身体が強化されるのだ。そして純粋で絶対的な力は彼らに自信と誇りを与える。二度と人間ごときに、ハーフエルフごときに遅れは取らぬという決意と共に。

 それは吸血鬼たちにとって、何よりも自分たちの主として相応しい能力だった。



 「………ふみゅう、てへへ」


 「うわ、私のドレスが(よだれ)でベトベトじゃない。油断したわ、この子は口を開けて寝ることが多いから。まあ、些細なことか」


 困ったように金色の童女を片腕で支え、(よだれ)が垂れている口元を拭いてやる。自分の袖をベトベトにして「うん、綺麗になった」と満足そうにうなずく。

 同時に緋色の少女は、眼下の吸血鬼たちの言ったことの可能性を考えていた。



 「…………でもそうね、私たちの平穏を邪魔しようというのなら生かしておく義理もないわよね。『吸血姫を倒す』なんて予言を受けている子供、確かに面倒なことになる可能性はあるか。それならば」


 「…………消しちゃうの?」


 「あら起きたの? あんまり気持ち良さそうだから夕方までは目覚めないかと思ったんだけど、お腹が空いたのかしら」


 「そーかも」


 そう声を掛けられた金色の幼い吸血鬼は「うーん」と伸びをして緋色の少女の腕の中からヒラリと降り立った、ストラップシューズがカツンと高い音を立てる。そしてぎゅっと自分を抱き上げていた少女のドレスを握って、周りを冷めた視線で眺めはじめた。


 「そーだね。お腹空いたかも何か食べたいなぁ。ねっ、二人でディナーにしようよ?」


 「わかった、食事の準備をするわ。……そういうことだから会議はこれでお仕舞いよ。解散しましょうか」


 「お、お待ちください! この会議の目的がっ、我らはこれからどう動くのか結論が出ておりませぬ! アレクフィーネ様、スピカ殿、どうかお席にお戻りください!」


 二人だけの世界で話し合い、臣下を置物のごとく無視して扉へと向かった主従を白髪の吸血鬼が制する。ここでアレクフィーネ姫に退出されては頭を失った会議自体が崩壊してしまう。どいつもこいつもプライドが無駄に高い吸血鬼たちが話し合ったところで、議論は平行線のままだ。

 高位の魔物たちの会議とは、最終的に幾つかの案を作成した上で、王などの魔物がそれらから一つの案を採用する。つまり最後は一番偉い魔物が最終決定権を振るう。そうすることで集団の団結を保っている、というのが伝統なのだ。

 ここでアレクフィーネ姫と側近のスピカに退場されては、これからの指針を決められなくなってしまう。議長役でもある白髪の吸血鬼は、スキップでこの場を去ろうとする金髪幼女に必死の形相で告げる。


 「し、食事ならばエースゴブリンどもに作らせております。この会議に結論が出た後でゆっくりと食堂にお向かいください。それくらいには出来ておるはずです…………すまぬゴブリンよ」


 本当は食事の準備など頼んでいないが、背に腹は代えられない。真っ赤な嘘を吐いた議長、あとでゴブリンは不機嫌な姫君たちに蹴られるだろう。生き残っていたら自分直属の部下にしてやろう、と議長は固く誓った。

 しかし緋色の少女にはお見通しだったようだ。議長を一瞥し、次に自分のドレスを掴んでいる金髪幼女が「お腹空いた」と頬を膨らませているのを見て、やれやれとため息を吐いた。


 「伝統も大事だけど、たまには自分たちで決めたらどうかしら? まったく仕方ないわね、そんなに上からの結論が欲しいなら私たちからくれてやるわよ」


 「ホントにしょうがないなぁ」


 緋色の少女は吸血鬼たちからの鋭い視線を一身に受ける。彼女の容姿は、沈む夕日のように紅い光を灯す緋色の髪と、妖しき月のように獣を焚き付ける黄金の瞳。そして滑らかな闇色のドレスを着こなす吸血少女。



 「まずは予言の子とやらに仕掛けてみましょうか。ハンターウルフどもに伝えなさい『アストロギア周辺のそれらしい子供にちょっかいを出しなさい』とね。魔法都市ソフィアビスについては放置。今はそれで十分よ」


 「そーいうことなの、よろしくねぇ」



 指示は簡潔、詳細は各自の自由。しかしこの一声で魔物たちの方針は僅かな狂いもなく確定した。吸血鬼の姫君に参謀としての知識はない、よって魔物の群れを統率する能力もありはしない。だがーーー。



 ーーー『純粋で圧倒的な力』、それだけが彼女を魔物の主に足らしめる。知力や血筋、美貌に財力など、集団を統治する力は数あれど、これほど分かりやすく(いびつ)な支配者は珍しい。



 緋色と黄金の美しき吸血鬼は、遂に動き出す。




◇◇◇


ーーーその頃の主人公組。


 「うーん、載ってませんね。魔物辞典だっていうからラスボス、もとい吸血姫についても書いてあるかもと思って購入したんですけど。とんだ肩透かしです」


 パタン、とキリは本を閉じた。少しでも魔物の情報が欲しいと思い、アストロギアの古本屋で買った書物だったのだが外れだったようだ。レオンが呆れたように口を開く。


 「いやいや、その本のタイトルって『ゴブリンでもわかる冒険者入門』でしょ。そんなのに伝説級の魔物情報を掲載して何の役に立つのさ? ゴブリンレベルの冒険者用の入門書だよ?」


 「私の頭がゴブリンレベルだと言うのですか!」


 「そんなこと言ってないよ!?」


 コントを繰り広げる二人、微笑ましい光景にクスクスと周りから忍び笑いが聞こえた。レオンが顔を赤くして、読んでいた新聞で表情を隠す。


 「もうっ、キリのせいで馬鹿にされたじゃないか。恥ずかしいよ………」


 「いや、これは多分ですけど仲の良い子供同士の掛け合いを楽しんでいるだけだと思いますよ。というより、何でこんなところに来たんでしたっけ?」


 今、キリとレオンがいるのは『新聞の回読場』という場所だった。オープンカフェのような店で新聞をレンタルして、コーヒーや紅茶をお供にしてゆったり目を通す施設。庶民にとって、高い新聞をいちいち購入するより安上がりで友人と記事についての議論もできる交流場所だ。

 レオンが新聞からひょっこりと顔を出す、まだ少し恥ずかしいようで周りを伺っている。


 「キリがボクの父様、じゃなくて見知らぬ貴族をぶっ飛ばしたでしょ? それが問題になっていないか調べているんだ。あとは吸血鬼の情報もだけどね」


 「それで、何か分かったんですか?」


 「キリも自分で読めばいいのにさ。字は分かっているんだし、というよりはボクが教えたけど」


 「私は新聞はテレビ欄と4コマしか見ないんです。だいたいレオンが既に読んでいるんだから私が読む必要はないじゃないですか。仮に読んでも途中でネタバレされそうだし」


 ものぐさなキリの態度に少しだけムッとしたレオンだったが、『テレビ欄』『4コマ』という謎の言葉へと既に関心は移っていた。やはり友人は何か自分の知らないことを数多く知っているのだろう。そもそも神託の守護者に招かれるほどの女の子なのだから。いつか、お互いに全ての秘密を明かせたらいいなとも思う。


 「うーん、なら今回はボクが説明するよ。まずは貴族については保留、それらしい記事はあったけど意味不明だから。そして吸血鬼についてだけど、どうやら魔法都市ソフィアビスの方で一波乱あったらしいんだ。詳しい話は載っていないけど、もし吸血姫なんて怪物が復活しているならソフィアビスの周辺にいると考えていいかもね」


 「詳しい話は載っていないのに、そこにいる可能性があるんですか?」


 「ーーー情報規制かもね。この新聞に載っているのは騎士団が魔物の集団と戦ったことだけ、その後の『勝敗』が書いていないんだ。そんなのって可笑しいでしょ?」


 「確かに………それにしてもレオンは頭が回りますね。やっぱり任せて正解でした。私だったら記事を読むだけで日が沈んでしまいますからね」


 ちゃっかりと自分の選択が間違っていなかったと主張するキリ。確かにキリは字が読めるが読むスピードは遅い。だからこそ練習して欲しかったのだが、どうやらレオンの気づかいは届かなかったようだ。まあ、キリが読むよりは確かに時間の短縮にはなったか、と妥協することにした。


 「さてと、とっとと今日の宿を探しましょうか。観光地とはいえ、ストリート野宿は御免です。お金と相談しながらチェックイン、そして楽しい夕食といきましょう!」


 「全部、ボクのお金なんだけどね」


 「い、いずれは利子を付けて返します。冒険者協会にも明日、登録しに行くんだから依頼でお金ゲットの道も開けるはずです」


 「冗談だよ。こんな金貨2、3枚程度でキリに恩を売ったりしない。お金で繋がる関係なんて嫌だし………ねえ、キリはボクのことは好き?」


 「ふへぇ!?」


 不意討ちの質問にキリがすっとんきょうな声を上げる。レオンが見つめる黒髪少女の真っ赤に染まる顔は夕日のせいだけではないだろう。もちろん異性関係に疎いレオンの質問の真意など明らかなのだが。


 「ボクはキリが初めての友達で、ずっと一緒にいたいと思ったから家を飛び出してここにいる。キリはどうなのかな、ボクのことを………レオンをどう思っているの?」


 「ど、どうって………大切な友人だと思っています。それ以上どう言えばいいのか分かりません。レオンはレオンで、私の一番の友人です。もしかして、複合魔法を使えることをレオンが隠していたことを気に病んでいるんですか?」


 「そう、だね。それもあるかな、まだ話していないこともある。ねえ、キリは厄介事を運んで来るかもしれない、秘密だらけのボクを必要としてくれる?」


 レオンがうつむいて答える。いつも自信満々で、前を見つめる少年のこんな姿はキリにとって初めての光景だった。レオンがこんな問いをしたことには理由がある。

 先程の新聞にはレオンの父親『ラファ侯爵』についての記事が載っていた。内容自体はキリとレオンを今すぐ捕まえようと行動している、ようなものは一切なかった。しかし父親の記事を読んだ時、レオンは揺れ動いたのだ。


 ーーー本当に自分はここにいるべきなのか?


 家族に迷惑をかけ、(キリが)父親を負傷させ、あまつさえ冒険者などという不安定な未来へ進もうとしている。いずれは領地に帰るとしても、ここでの経験は領主となるレオンの役に立つのだろうか。

 様々な疑念と不安にレオンは迷っていた、だからキリに尋ねたのだ。レオンを誰よりも必要としてくれているかどうか。



 「ーーー当たり前じゃないですか」


 友人(キリ)はレオンの迷いを一掃する。


 「レオンがいなかったら私は旅に出なかったかもしれません、体力ないし神託都市まで来る前に死んでいたかもしれません。私の隣にレオンがいないなんてありえません。何より」


 夕日を背に友人(キリ)はにっこりと笑う。


 「私の方がたくさん迷惑を掛ける予定なんですから、レオンの厄介事ぐらいは纏めて面倒見てあげますよ。だから任せてください、一緒にトラブルを吹き飛ばしてやりましょう!」


 何度目だろう、この少女に勇気付けられるのは。心の中で吹き荒れた風が、レオンの悩みを吹き飛ばしてしまった。ぽっかりと空いた穴に、夕日を背負う少女からオレンジ色の熱が入り込んでくる。じんわりと温かい感情をレオンはキュッと胸にしまった。少しだけ格好いいな、とも思う。


 「何ていうか、キリには敵わないな。あ、戦闘っていう意味じゃないよ。ボクの方が強いから。そうじゃなくて、何だか年上の姉さんと話しているような気分になるから安心できるんだ………本当にたまにだけど」


 「色々と蛇足が多すぎません? ようするに、戦闘能力は微妙で、稀に精神的頼りになるキャラじゃないですか。私はドッカンドッカン戦うキャラの方が好きです」


 「ふふっ、そうかもね」


 「嬉しそうな顔ですね。それじゃあ、レオンの迷いも晴れたところで今夜の宿を探します。野宿することになったらマリベルの所で使っていた鋼鉄のゴーレムを番犬代わりに召喚してもらいますよ?」


 「お安い御用だよ」


 二人は真っ白な神託都市、夕日でハチミツ色に染まった街へと歩き出す。ふと、キリが疑問をレオンに伝える。


 「そういえば、貴族の記事は結局なかったんですか?」


 「あー、うん。なかったかな」


 新聞を受付に返却しながらレオンは真顔で嘘をついた。


 「そうですか、なら良かったです。もし貴族の権力で襲われたら、マリベルに頼んで何とかしてもらわないといけないところでした。あの子にはあまり迷惑をかけたくないですからね………マリベルの実力から考えて、私じゃ借りを作っても返せない気がするし」


 「そうかもね。ほら急ごうよ!」


 「あっ、待ってくださいよ!」


 急かすように早足で回読場から離れていくレオン。キリも急いで追いかける。お陰で新聞記事の内容をキリが知ることはなかった。

 そこにはこんな記事が書かれていた。



『ラファ侯爵、ハーフエルフ権利向上委員会を結成!』

『突然の奇行に周辺の諸侯は困惑!』

『近々、神託都市議会にて委員会代表として出席予定!』



 友人がそのハーフエルフだと知らないレオンにとっては、まさに意味不明な父親の行動だった。いや、いっそ不気味ですらある肉親の変貌であった。今頃は魔法都市にいる姉も同じような気持ちで記事を読んでいるかもしれない。

 そして既に同じハーフエルフであるマリベルにも迷惑が掛かりつつあったりする。王国で重要な地位を占めるマリベルを担ぎ上げるのが、ハーフエルフの権利向上の最短ルートであることは誰が考えても明らかだからだ。そしてマリベルは人見知りの引きこもり、厄介事の種がまた一つ蒔かれたようだ。


 だいたいはキリのせいである。



エカルラートとは緋色、かつて一部の貴族たちが身につけていた高貴な色でもあります。そして緋色とはすなわちスカーレット。この吸血姫の名前には、とある作品のとあるキャラへの敬意を込めています。それが誰なのかは、ご想像にお任せします。

………こういったキャラ設定への経緯が好みでない方には、お目こぼしいただければ(さいわ)いです。


そして以下はいつも通りのオマケ。



『吸血姫アレクフィーネ・エカルラート』

その髪は夜空を照らす星々の輝き

その瞳は夕空を焦がす太陽の熱

その業は天空を蝕む黒い月のごとくに

彼女ほど高貴な魔物を私は知らない

ーーー『マリベル・ソプノの回想』




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