マリベル・ソプノの依頼
レオン君が合流した。
その事実に歓喜しながらオレが行ったことは現時点での話の内容をレオン君に伝えることだった。もちろん、オレとマリベルちゃんの秘密………オレたちがハーフエルフであることは伏せている。
どこまで隠し通して、どこで告白するべきなのかを考えるのはひとまず保留だ。とりあえずオレがいれば吸血姫を倒せる可能性があることだけは伝える。
そしてマリベルちゃんが、ここ神託都市アストロギアの守護者であることもレオン君に伝えた。その時のレオン君は初めて見るくらいに、目を見開いて驚いていた。そりゃそうだ、オレだってそれ以上に驚いたもの。
人生終わった、からの最強の味方登場だからね。どんなジェットコースターかと思ったよ。
「そんな………この小さな女の子がアストロギア騎士団長? 信じられない、でもキリはこんな嘘をつかないし、この子もボクの姉上と面識があるみたいだから信じるしかないのかな。いや、それでも『聖なる呪術師』の正体がまさかこんな…………」
「落ち着いてくださいレオン。普段のあなたらしくないですよ。マリベルの正体はそんなに驚くほどのことなんですか?」
「そうだよ、アストロギアの守護者といえば『聖なる呪術師』『黒白の閃光』そして『不死殺し』といった様々な通称や称号を持つ英雄なんだ。ここ十数年間は公に姿を見せなかったから死亡説が流れてたんだけど……まさか不老の人物だったなんて………」
「へー、そうなんですか。カッコいい二つ名だらけで羨ましいです。くっ、魔法のある世界に生まれたからには私もいつかは厨二な称号を必ず…………!」
「ねえキリ、絶対に論点ずれてるよね?」
むっ、レオン君よ。オレはちゃんと君の話を聞いていたぜ。マリベルちゃんの称号に痺れていたのは事実だけどさ。えーと、確かレオン君の話の内容は………。
「要するにマリベルが謎の凄い人ということでしたよね?」
「ざっくり纏めたね」
やれやれ、とレオン君が左右に首を振る。
謝るからレオン君、その哀れむような視線を止めてください。仕方ないじゃん、よく前世でも「人の話をちゃんと聞きなさい」って怒られていたような人間ですよオレは。まさかこの癖が死んでも治らないとは思わなかったよ。
「はぁ、王国にとって守護者は軍事面での最重要人物なんだ。そこいらの貴族より何倍も高い地位にいる権力者なんだけどな………でもキリと一緒にいると、どうでもよくなるから不思議だよね。今なら国王様とも緩い空気で雑談ができそうだよ」
「それは私を誉めているんですか?」
「もちろん」
うーん、本当かなぁ。まあ、レオン君はオレよりこの世界の基礎知識を持っている分、世間知らずレベルはオレの方が上だから多少バカだと思われても仕方ないか。
いつも通りのオレとレオン君の会話、いつもなら二人だけで完結して終わりなのだが今日はそうでもない。クスクス、とオレたちの他愛もない内容に鈴を転がしたような笑い声を漏らしている小さな人物。
「ふふふっ、本当に仲が宜しいんですね。私にも親友はいましたが別れて久しいので………気の置けない仲の友人というのはとても羨ましいと思います」
「良かったら仲間になりますか? 歓迎しますよ、マリベルがいれば吸血姫を倒すのも楽そうですし、むしろ是非とも旅の道連れに………!」
「キリ、目が本気だよ!?」
軽く怯えるレオン君には悪いが八割方マジだ。だって目の前に前回の勝者がいるんだよ、イージーモードへの片道切符さんがいるんだよ?
けっこう必死だったオレの提案だが、マリベルちゃんは「国王様から許可がでないので………すみません」と控え目に拒否された。人生楽にはいかないらしい。
「キリさん、レオン君、私も今の貴女たちが吸血姫を倒せるとは思っていません。意外と善戦しそうな予感はするんですけど………と、ともかくお二人をここに呼んだのは提案があるからなんです。貴女方に私からの依頼をこなしてもらいたいのです」
「依頼って何? ボクらにできる範囲ならいいけど、ドラゴン退治とか言われるとキリが死んじゃうよ」
「そこはレオンじゃなくて私なんですか!?」
「大丈夫、多分ボクも後に続くと思うから。さすがにドラゴンには勝てないし」
これっぽっちも大丈夫じゃないし、全滅ゲームオーバーじゃないですか。惨劇の到来に震えが止まらないぜ、これがオレの第二の墓場か。
「ち、ちょっと待ってください! もちろん一般的な冒険者にできる範囲です、だから怯えなくて大丈夫ですから!」
「ほ、本当ですか?」
「は、はい。幸運にもキリさん達は一番最初に私の治める神託都市を訪れてくれました。ですからある程度の力を身につけるまでここに滞在してもらいます。私のいる神託都市の周辺で知能を持つ魔物が悪さをすることはあり得ません、他の都市よりは安全ですから修練に集中できますよ」
そういえばこの街に入る時に、やたら軽い口調の騎士の人が「『あの方』のいるこの都市で悪さする奴はいないッス!」とか言ってたな。あれはマリベルちゃんのことだったのか。
ただ本来なら頼もしいはずなんだけど、これってよくある物語だと噛ませ犬にされて強い敵キャラが出てくるパターンのような………へ、平気だろうか。
「その………もし、吸血姫が部下と一緒にここを攻めて来たらどうなるんです? 騎士団は本当に勝てるんですか?」
「その場に私がいたのなら、勝てるでしょうね。逆に何らかの事情で私が不在であったのなら間違いなく全滅します。王都所属の精鋭騎士ならともかく、ここの騎士団では勝負にすらならないはずです」
「………つまりマリベルがいるなら吸血姫に勝てるということですね?」
「私に限定されず、守護者クラスなら討伐は可能でしょうね。その中でも『不死殺し』と呼ばれる私はあの類いの魔物にはまず負けません………答えになりましたか?」
自信満々に答えるマリベルちゃん、その瞳に嘘はない。よくある慢心といった感情も見られない、この子なら大丈夫そうかな?
ほっと胸を撫で下ろす。
しかしオレはもう一つ気になっていることがある、恐らくオレと同じ立場ならみんなが知りたいと思うことがあるはずだ。
それは、「ぶっちゃけ王国最強の一人であるマリベルちゃんのレベルっていくつよ?」というオレ的には素晴らしく重要なことである。
そこかよって? いやいや普通は気になるでしょ、最強だよ? 美少女だよ?
このツートップで気にならないはずがない、気にならない人は男の子じゃないね。嘘です、言い過ぎましたごめんなさい。
さて、この間まで使っていた双眼鏡みたいなレベル測定器をマリベルちゃんに向けるのは変態扱いされそうで気が引ける。至近距離で双眼鏡はないね、完全にオレが変なキャラ設定になるよ。
だいたいアレはオレじゃなくてレオン君が持ってるはずだし、リアル紳士たるレオン君が初対面の女の子に使うはずもない。オレみたいな元紳士(笑)とは格が違うからね。
くっ、ものすごい知りたいけどここは我慢するしかない。もう少し親しくなったら直接聞いてみよう。
「そうと決まれば、まずは冒険者協会に登録してしまいましょうか。それから冒険者としてマリベルの依頼を受けて実力を高める、レオンもそれでいいんですよね?」
「うん、特に異論はないよ。元々、ボクは君と一緒に旅立つって決めてただけで、何をするかまでは考えてなかったからね」
どうやら方向性は定まったようだ。なら善は急げとも言うし、具体的な内容を聞きたいところだ。けどよく考えると果たして、この話ってわざわざ神託都市の最重要拠点にオレみたいな小娘を招いてする必要あったんだろうか?
「ところでマリベル、わざわざ私とレオンをこの夢見の塔まで招く必要はあったんですか? 確かここは予言者の才能を持つ者しか入れない不可侵領域だったのでは?」
「う………キリさんは鋭いですね」
ハーフエルフうんぬんは誰かに聞かれたら困るけど、ぶっちゃけこういう場面は懇意のお店をまるごと貸し切りにするとか、そういうのが一般的なのではないだろうか?
もじもじと恥ずかしそうにして、急に言葉に詰まったマリベルちゃん。言うべきか迷うような仕草の後、ゆっくりと口を開く。
「………私、あんまり神託都市の外には出ないんです。かれこれ10年くらいは一度も、というか最近は塔の外にすら行かないし………でもキリさん達とは話をしなければならなかったので、妥協案としてお招きしたというか………みたいな?」
「「………………10年?」」
「そ、そこを強調しないでよ!………だって私は塔の中でコーヒーを飲みながら本を読んだり、別世界の物を修理している方が好きだし、何より外で知らない人に会いたくないし……」
何だろう、マリベルちゃんから物凄いダメ臭がした。30年そうやって過ごしてきたとか、オレの世界の引きこもりの皆さんもびっくり仰天のダメ生活だよ?
レオン君も「うわぁ……」みたいな顔をしていた。
「わわっ、私の私生活についての話はこのくらいにしようよ! そんな無駄なことより、建設的な未来の話をしないと、ねっ?」
少しだけ赤くなった顔で、マリベルちゃんはパタパタと両手を振りながら会話を変更する。必死すぎて可愛いです、オレだって自分の弱味をつつかれたら同じ反応をするだろうから気持ちはよく分かるけどさ。
あと、口調は崩れている方がラブリーだと思うよ!
そんなことを考えていると、落ち着いたのかマリベルちゃんは調子を整えるように咳払いをすると残念ながら口調を元に戻して語り始める。
「最初はアストロギア周辺に生息する『シャインスライム』と『エースゴブリン』そして『洞窟ネズミ』を十体ずつ討伐してください。私の名前で冒険者協会に依頼を送っておきますから登録が済んだら受注してくださいね」
「了解です、三匹とも知らない魔物ですけど。まあ複合魔法を成功させた私なら楽勝ですよね」
「そりゃあ、キリはゴブリンぐらいしか戦ったことがないから大半は知らない魔物じゃないかな………うーん、本当に大丈夫? どことなく嫌な予感がするんだけど」
へーきへーき、名前からして弱そうな(?)魔物ばっかりだし。マリベルちゃんの見立てだから安全でしょ。
うーむ、それでもレオン君は何か言いたげだ。ならば、とオレは茶目っ気が入った言葉を彼に送ることにした。自分で言うのも難だが、とびきりの笑顔つきで。
「平気です。だって私がピンチになったら、いざとなったらレオンが私を助けてくれるんでしょう? ………さっきのセリフを使って」
一瞬、ポカーンとした顔をしたレオン君。だがすぐに、オレの言っていることを理解したようで「うん」と若干照れたような顔で頷いてくれた。
よし、レオン君からの同意も得られたことだし話を進めようじゃないか。………オレも顔が熱い、やりすぎたことに反省してます。今のは完全にヒロインだよ、オレはヒーローになりたいのにさ。これからは気を付けよう、何か大事なものをガリガリ失った気がする。
そうこうしていると、足元に輝く魔法陣が浮かび上がっている。どうやら時間のようだ。マリベルちゃんが放り出していた杖を拾い上げ、神に十字架を捧げるかのように掲げている。送還の準備は万端のようだ。
「それでは、キリさんとレオン君に光の女神の加護があらんことを。神託の守護者マリベル・ソプノが祈りましょう………お気をつけて、また会いましょう」
「その時はまたお茶会に誘ってくださいね。次は依頼達成のご褒美にプリンとかもあれば嬉しいです。他にもシュークリームとか………」
「もう、食い意地が張っているのはキリらしいところだけど、ほどほどにね」
レオン君、お願いは言える時に言っておくものなんです。いいじゃないか、そういうご褒美を要求しても。
光を増していく魔法陣、その向こうでマリベルちゃんが魔法を紡ぎながら少し寂しそうに語りかけてくる。
「本当に名残惜しいです。貴女たちと話していると懐かしい記憶が蘇ってきて笑顔が絶えません………わかりました、次回はもっといろんなお菓子に挑戦してみますから試食してくださいね。いきますよ、『光』と『光』の複合魔法『コネクトワープ』!」
マリベルちゃんの魔法は的確だった。
ふっ、と目の前の映像が途切れ、お馴染みの反転する視界。引っ張られる身体、今回は気持ちの準備があったから驚きはない。一瞬のはずの時間の中でオレは先程のマリベルちゃんの言葉を頭の中で繰り返していた。マリベルちゃんは「もっといろんなお菓子に挑戦する」と言っていた。つまりーーー。
「アレ、手作りだったんですか」
女の子との甘い経験ゼロであった前世の自分に決定的勝利を納めた瞬間であった。
ーーーとか、この状況で考えているオレはなかなか図太い性格をしているかもしれない。
ポイント評価、お気に入り登録してくれたら嬉しいなぁ、と久しぶりに催促してみる作者です(チラッ)。
さて、それはそれとして以下はオマケ。
お馴染みの『ゴブリンでも分かる』シリーズより、となります。
『シャインスライム』
神託都市の周辺に多く生息するスライムの属性変異種であり、仄かに輝く体躯を持つ『光』のスライム。攻撃能力は低いが他の魔物と群れでいる際には注意が必要となる。彼らには味方を治癒する力があるからだ。この特徴を知ったなら当然君たちは彼らと戦闘に入った時、最初に何をすべきか察したことだろう。なら、それでいい。
もし分からなかったのならば、悪いことは言わない。荷物をまとめて故郷へ帰りたまえ、残念ながら君の頭脳はゴブリンにすら劣る。
ーーー『ゴブリンでも分かる冒険者入門より』
『洞窟ネズミ』
洞窟などに潜む『闇』属性のネズミモンスター。身体は小さく筋力はゴブリンにすら及ばない雑魚だが、一方で牙には少量だが毒がある。これは人間を死に至らしめるには大いに不足で、さほど気にすることはないだろう。
このように弱小たる彼らの犠牲になる冒険者は当然ながら殆どいない。しかし、諸君らがそんな稀有な犠牲者にならない保証は何処にもないのだ。現に彼らの寝床には誰とも知らぬ人間のドクロが転がっている。
冒険者に油断は許されない、君たちは決してそのことを忘れてはならない。
ーー『ゴブリンでも分かる冒険者入門より』




