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私(オレ)は男に戻りたいんです


突然だが、皆様は『転生』というものをご存知だろうか。


トラックに轢かれて昇天アンド心機一転、新たな世界での生活。

ステキな異世界が君を待つ、神様からのチートプレゼントなんてあれば更に良し。


貴族に生まれて内政チート、たかが一般人程度の知識でやっちゃうよ。


神チートでオレ様TUEEE、気がつけば女の子に囲まれてた、ハーレムロードをまっしぐら。



……なんて甘い話があってたまるかっての!




ここは異世界、

『ヴィストラグナ』。

魔法とモンスターが存在する、ファンタジーな世界である。


魔法、それは子供の夢、大人になってからも密かにみんなが憧れていたりする魔性の力。


そんな魔法がある世界に生まれ直したオレは、そんな方々からすればさぞかし羨ましい存在なのだろう。

前世のオレなら感動にむせび泣いていたはずだ。


しかし、だ。

悲しいことに全ての人は2つのモノに分類できるのだ。


勝っちゃった組と負けちゃった組だ。

貴族やら王族やらに生まれ直したなら、そりゃあ良いご身分だろう。

権力争い、貴族の陰謀、結構な話だ。

力持つ者の(ごう)ってヤツだろう、甘んじて受けやがれ。

一般人に生まれたかったなんていうヘタレはオレの現状を見てね。



オレが転生したのは貧しい農村生まれの子供だった。

前世の記憶が蘇ったのは2年くらい前、畑で農作業を手伝っていたオレはぼんやりと思いだした。



(オレ)、こんなところで何してんだろう?



幸いにも記憶の混乱やら自我の混濁は起こらなかった。

そのまま畑仕事は続けたし、家族にもそれまでと同じように振る舞った。


だが問題はその後だった。

果たして現代の暮らしに慣れきったオレが、貧しい農村の暮らしに適応できるだろうか、ということだ。


初めは大変だった。

虫には触れられない、筋肉痛には耐性がない、太陽の日差しにクラッとするなど、現代モヤシっ子全開でした。

というか今でも苦手です、特に虫はダメ。

現代っ子になら分かってもらえるはずだ。

脚のいっぱいある虫がワシャワシャ向かって来たり、人の頭ぐらいのデカさのヤツが飛んで来たりするのだ。

そいつらは小型の虫モンスターらしい、本当に勘弁してください。



そしてこの村自体も大概なところだった。

見渡す限りの砂利まみれの痩せた土地、井戸もなく乾いた畑からはカラカラの砂埃が舞い上がっている。


この土地畑作に適していねえわ、あはは。


拝啓お母様。あなたの元息子は、餓死しないように食べていくだけで精一杯な土地で頑張ってます。

主食は『雑草スープ』です、インスタント食品送ってください。


この間、税金を集めに来たお役人さんも、可哀想なものを見る目をしてから何も持たずに去って行きました。

その優しさに全オレが泣いた。


そんなオレは今年で8才になる。元の世界だと小学三年生ですね。遊び盛です。

しかしこの村では子供も重要な労働力だ、遊ぶことはおろか文字を習うことすらできない。

子供たちはひたすら隣の村まで桶を抱えて水くみだ。

正直へとへと、前世の(モヤシだけど)のオレでもキツい仕事だと思う。



閑話休題。




太陽のキツい日差しの下、両手で木製の桶を引きずりながら村を歩く。

前世と同じく、相変わらず非力なオレはヨロヨロとふらつきながら水を運んでいた。


今日も村にようやく帰って来れた。オレは桶をボロ家の軒先に置いて一息ついた。

藁葺き屋根と腐りかけた板のコンビネーションで成立している家屋、情緒があふれて仕方ないね、コンチクショウ。

絵に描いたようなボロ家、これが今の家族五人の暮らすマイホームです。

正直、帰りたいです。

どこに?

前世に。



「キリーー! 遊びに来たよっ」



疲労困憊で座り込んでいたオレを呼ぶ声、外から響くその声は元気いっぱいで少しウザイと思ったのはご愛嬌。

ちなみに"キリ"というのは、オレの名前だ。



「……聴こえてます、大声で呼ぶのは止めて下さい」


「キリ、何だか元気ないね。いつも通りだけどさ」



ローテンションかつ丁寧語で答えるオレ、だって疲れてんだもん。

丁寧語は、女の子の話し方に慣れないから妥協した末の形だ。



そこにいたのは身なりの良い少年だった。

チョコレート色の髪は丁寧に整えられ、衣服は新品でしわ一つない。

枝毛だらけで、ダボダボの古服を着ているオレとは大違いだ。


自称"商人の息子"、レオバルド君。

お金持ちの勝ち組生まれで、負け組代表のオレの唯一の友達です。


お腹をさすりながら家からトボトボ出てきたオレ、空腹だからしかたない。



「あっ、また裸足で歩いてる! ちゃんと靴を履きなよ、この前プレゼントしたでしょ」


「靴底がすり減る、勿体無いから履きません」



靴なんて8年ぶりに見たよ、そこから「キリにあげる」なんて言われた時は感動した。

でも裸足に慣れちゃったんだよね。

裸足は楽だよ、地面がコンクリートじゃないならね。

地面が土と草しかないこの世界では靴がなくてもあまり問題ない。

見た目はみすぼらしいし、偶に何かの欠片とかで怪我するけど。

あと、やっぱり靴底が勿体無いのです。

高そうな革靴だったし。

ただレオン君は納得していないご様子だ。

多分だけど、理由はアレだろうな。



「も〜、気にしないでって言ったのに、キリは"女の子"なんだから!」



「っ、余計なお世話です、女の子扱いしないで下さい!」



そう、オレは女の子になってしまったのだ。

しかし女の子扱いは止めてください、雑草生活で弱った心がブレイクされます。



「またそんなこと言って、少しは可愛くしないと勿体無いよ」


レオン君はうるせーです。







「そうですか、許嫁ですか」


オレとレオン君は村近辺の見晴らしのよい丘の野原まで来ていた。

草の上に座り込んでトークタイム中、レオン君は悩み事を聞いて欲しかったようだ。



「そうなんだよ、お父様ったら気が早いんだ。ボクはまだ六才なのにさ、キリはどうなの?」


「何がですか?」


「ちゃんと聞いてた? 将来の相手の話だよ。村にロクな男はいないっぽいけど、少しでもマトモな奴を選ばないといけないんでしょ?」


「…まだそんな話はありません、というかお断りです」


「ふーん、キリは人気があるんだから、出来れば別の村の奴に目星を付けておいた方がいいよ。ここの村人って貧乏ばかりなんだからさ」


そうなのだ。このままだと、通例通りに親が決めた結婚相手と強制的に結ばされる。

そして、アーーッな展開になる。

いや、今は性別女だけどさ。それは嫌だ。

それにしてもレオン君、可愛い顔して意外に毒舌だな。商人の息子なんだから相手のご機嫌取りを覚えないとダメだぞ。

つーか、この年から婚活を始めろと?


「うん、この話はここまでにしよっか。今日はキリが見たがっていた本を持って来たよ、おやつもあるから一緒に食べよう」


「っ! あ、ありがとう」



レオン君が抱えていた紙袋から出てきたのはキツネ色に焼けたクッキーだった。

こんなもの、前世だったら百円玉一枚くらいの価値もないのにな。

自分は一つだけ取ってクッキーの袋をオレに手渡し、分厚い本を広げるレオン君、いい奴だなキミは。



「それでね、これは火を表す『サラマンドラ』の精霊文字、火のトカゲ(リザード)って呼称されたりもする。それで属性の話なんだけど」


小難しい図形や文字の並んだ書物、ぼんやりと光を放つページが不思議な雰囲気を醸し出している。

これはこの世界の魔導書らしい、つまり魔法についての教科書や参考書にあたる。ボリボリとクッキーをむさぼりながら眺める。

優しい甘さ、雑草生活の身には幸せ過ぎて涙が出そうです。


「知ってます、この前読んだページですよね。『火』と『氷』は反発し合い『水』を生む。相互に異なる属性を組み合わせて発動させることにより、この世界の魔法は更なる高みへ至る」


「え、あ、うん。凄いね、一回見ただけで覚えちゃうなんて」


「丸覚えしたのではなく、文字の法則を理解しただけです。私は記憶力には自信がないので」


「もっと凄いよ!?」


この間まで文字は一切読めなかった。

しかし、法則さえ理解してしまえば何とかなる、二度目の人生だし。

ゲームの知識みたいでテンションも上がるから勉強って感じもしないから好奇心のブーストがかかっているのだ。

成長期の脳細胞も関係してるのかもしれない、専門家じゃないからよく分からんけど。


棒切れをペン代わりにして砂に文字を書いていく。


「サラマンドラ、ノーム、シルフ……」



理解した上で書いて声に出して覚える。

高校生時代には、こうやって暗記していた。



「ねえ、キリは将来のこととか考えてる?」



「私は魔法使いになってやります、絶対に必ず何年かけてもです」



男と結婚しない方法は、ある。

要は独りで生活していければいいのだ。


急がないと婚約を決められる危険性があるから大人になるのを待つのは無理だ、そうなると幼い女の子でも稼げる仕事が必要になる。

エラい人とのコネがあれば適当に雇ってくれるかもだけど、オレの友達ってレオン君しかいないし。


だがそれ以外にもあるのだ、稼げる職業がこの世界には。

身分も出自も関係ない、能力主義の職業『魔法使い』だ。


ここは魔法の世界とはいえ、まともに魔法を使える人間は限られているらしい。


薪に火をつけたりは誰でも出来るみたいだけど、モンスターとの戦闘にはよほどでないと使えない。


そんな貴重な魔法使いは優秀ならば研究者、冒険者、エラい人のボディーガードと引く手の数多な職業だ。


そこでオレは決意したのだ。

必ずや魔法使いになってやる、と。

そして魔法の力でいつかの日にか"男"に戻ってやると!!



こうしてオレのささやかな野望は始まったのである。






レオンバルトにとって、少女キリは友人である。


キリは黒髪の女の子。

だけどレオンはキリと一緒にいると時々不思議な感じがする。

何というか、男の子と話をしている気分になるのだ。そのくせ、キリは動作は可愛らしいのだから何だか可笑しい。


今でもクッキーを子リスのように一生懸命に頬張っている姿は小動物のようでとても愛らしい。


よくわからないけど、見ているこっちまで楽しくなってくるのだ。

だから、レオンは身分違いのキリとよく一緒にいる。


レオンにはキリについて気になることがある。

長い黒髪から覗いている少し長い尖った耳、それはレオンとは違う形の耳だった。


出会ったばかりの頃、レオンの両親はレオンがキリと友人になることに反対していた。

農民の身分でしかも薄汚い(レオンはそうは思わない)、そんな娘と自慢の息子が一緒にいるなど許容できない、と。

しかし、キリの様子を覗き見に来ていた父親はキリを見るなり「あの耳は……!」と驚き、それ以後はレオンとキリの関係について文句一つ言わなくなったのだ。

そして何故か、どこかに手紙を書いていた。



「むむむ、さっぱり分からないなぁ」


「もぐもぐ……けふっ、何がですか?」



クッキーを食べ終えたキリがレオンに尋ねる。

ちなみにクッキーは二人分だったのだが、キリ1人に完食されてしまった。


「クッキーが……まあいいや、次はもっと持ってくるから。それよりキリの耳って変わってるね」


「そうなんですか? 生まれてこの方、鏡を見たことがないのでよく分かりません」


「なら今度、鏡を持ってくるよ。キリは綺麗な顔をしてるから驚くよ」


「それはないと思いますけど……自分が美少女とか意味ないし」


「……?」



レオンからすれば、キリは不思議な女の子だ。


いつも眠たそうな様子だけど、レオンよりも大人びた表情を見せることがある。

サイズの合わないボロ服を着ているけど、ずり落ちた肩から見える肌は絹布のように滑らかだ。



「私は魔法使いになります」と、キリが言った時もレオンは「やっぱり」と思った。

魔法使いなんて、才能がすべてみたいな職業だ。魔法を大成できるかどうかなんて、生まれた瞬間に決まっているのだ。

だから、こんな農村出身で目指す人間はいない。

魔法都市や王都の魔法学院で学んだところで「あなたには才能がありません」という一言だけで、注ぎ込んだ時間と努力がすべて無駄になる可能性があるからだ。

結果を出すにも年単位の努力が必要になる。

王国からの補助金はあるが、結果を出すまでの精神的・時間的余裕が貧しい村人にあるはずがない。



だが、レオンはキリならもしかしたらと思うのだ。


キリはこんな貧相な村とは違う、もっと遠い世界を見ている気がするのだ。

レオンの見ている世界とも違う何処かを目指して飛んでいってしまいそうな女の子だと思っている。

だからレオンはキリの無謀ともいえる決意に驚かなかった。

むしろ友人としてキリの背中を押してあげたいと思うのだ。



「だったら、急いで魔法の特訓だね。小さい頃からいっぱい練習しないと上達しないらしいから、いっぱい頑張らないとね」


「当然です、私の決意は硬いですから。やり手の魔法使いになれば将来安定、ガッボガッポです」



恐ろしく俗物的な決意表明がお馬鹿少女から放たれたが、レオンは特訓のことに考えを巡らせていたので気づかなかった。


「うん、ならイルクウ山がいいかもね。そうしよっか、キリ」


「…何がです? 確か、その山はモンスターの生息地だったはずですが」


「もちろんだよっ、ゴブリンみたいな雑魚からハンターウルフみたいな中級モンスターまでよりどりみどりだからね」


ニコニコ笑顔で答えるレオンに対して、キリの表情が激しく引きつる。



「…いえ、だから何故そんな危険地帯に行くんですか?」


「え? だって高レベルの魔法使いに成りたいならレベルアップしないと駄目でしょ?」



この世界はどこまでもファンタジー。

つまりレベルという概念が存在する、レベルを上げないことには魔力も増えません。

まさにデッドオアアライブ。



「大人の傭兵でも油断してるとパックリ殺られちゃうから気をつけないとね。死なないでねキリ!」


「……………うん」



元少年、現少女は学んだ。

ファンタジー。それは画面の向こう側なら夢の国、現実なら血飛沫舞い散る死地である、と。



「ていうか、レオンは一緒に来てくれないんですか?」


「ごめんなさい」


「うん」


こんな感じで物語は始まります。

雑草スープってどうなんですかね?

種類によっては意外といけるのかな?

もちろん自分は遠慮しますけど、はい。





ポイント評価などしてもらえたら、とても光栄だったりします。

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