第5話【双子の陰謀】
あの後、母さんから電話があった。
急にイギリスに用事が出来たらしい。
忙しい両親の、いつもの電話の内容だった。
今日家に帰ったら、もう母さんも父さんもいないということになる。
でも、姉やも兄やもいるから全然不都合はない。
姉やが家事をこなし、兄やが子守りをしてくれるだろう。
あたしは出された料理を食べ、部屋で勉強するだけだ。
竹下が帰った後も、しばらくあたしは弓を引いた。
朝のもやもやした気持ちは、もう既に消えていた。
時計を見ると、針は4時を指している。
そろそろ帰ろうかな。
あたしは片づけを始めることにした。
巻きわらの周りを掃除し、的を片づけて土をならす。
これだけの作業だが、一人ですると時間がかかる。
部室に戻って制服に腕を通す頃には、一時間が経っていた。
暖かくなったとはいえ、まだ5月初め。
5時を過ぎた頃には、日は既に落ちはじめていた。
自転車を漕ぐと風は長いあたしの髪を優しく揺らした。
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家に着いて、少し肩の力を抜くとあたしは玄関の扉を開けた。
「ただいまぁ」
…………。沈黙。
あれ?
おかしい。
聞こえない。
姉やのあの優しい、兄やのあの暖かい、『おかえり』が聞こえない。
嫌な予感がして、靴を揃えることもせず、灯りの漏れるリビングのドアへと駆け寄る。
ドアのぶを回して、中を覗いてみると、
……やっぱり。
「……あ」
小さくもれる聞きなれない高い声。子供の声。
ソファに身を委ねていた体が、あたしを見るなり強張った。
「…兄やと姉やは?」
鞄を床に置いて灯呂の顔を見ないようにして聞く。
「よく知らない…。ただ……今日は戻らないって言った」
「はあ!?」
見ないって決めたくせに、灯呂の方をすごい勢いで向いたあたしは、細い腕を掴んだ。
「何よ、それ!本当?」
顔を近づけると、灯呂の顔が迷惑そうに歪む。
な、何よ。こっちはいきなりの事態でパニくってんのよ!!
何でそんな顔されなきゃならないのよ!
「なんで俺があんたに嘘を言わなきゃならないんだよ」
「……そ、そうよね」
あまりの生意気さに、笑みがひきつる。
腕を放すと、灯呂はその腕をすばやく退いた。
何よ…。そんなに嫌がらなくたって、……いいじゃない。
灯呂は長い睫毛を少し伏せると小さな声で言った。
「別に、俺に構わなくてもいいから…。面倒とか見てくれなくったって、俺は一人で大丈夫だから……」
「ば…っ」
何かを思うより先に言葉が溢れた。
「馬っ鹿じゃないの!?何言ってるのよ!ガキのくせに、一人で大丈夫なわけないでしょ?…ご飯とか、作れないでしょうが!」
「一日ぐらい食べなくたって死なないし」
「アンタにご飯食べさせなかったって知られたら、あたしが姉やに殺されるのよ!」
「あんたが死ぬとか、それこそ俺には関係ないし」
「…っ!!もういいっ!!」
あたしは、拳を握りしめるとそれをそのまま怒りとともに壁にぶつけた。
豪快な音の後、壁から何か小さな破片とかが落ちてくる。
灯呂は目を丸くしてあたしを見る。
あたしは、嫌がられると知りながらそんなコイツの腕を再び掴むと、噛み付くように言った。
「とにかく、ついてきなさいっ」