第3話【見た目だけの真実】
朝起きたら、頭がガンガンした。
そうだ、昨日はあまり眠れなかったんだった。
目を閉じたら、のぺっとした竹下の顔と子生意気な灯呂の顔が脳裏に浮かんできて、どうしても寝つけなかったんだ。
まだむしゃくしゃした気持ちのまま階段を降りる。
顔を洗って食卓につくと、テーブルの上にはイギリス風の食事が並んでいた。
「な、何。これ」
「あら、おはよう」
母さんが、エプロンを外しながら近寄ってきた。あたしは思いっきり文句を言う。
「おはようじゃないよ。これは何?我が家の朝はご飯と味噌汁でしょう」
理由なんて本当は分かってる。
昨日家にやってきた子供の為だ、ってことぐらい嫌でも分かる。
でも、あたしの生活があんな子供に変えられるなんて、悔しくて仕方ないじゃない。
我が家は今まで、あたし中心に動いてきたのに……。
きっと今日から、それが変わってしまう。
それを考えると、朝ご飯が変わったことすら、どうしてもあたしは許せないのだ。
そんなあたしの気持ちを悟ったのか、母さんは椅子に座り、神妙な顔もちで諭すように言った。
「麻梁ちゃん、我慢してちょうだい。母さんと父さんは誰より貴方のことを愛しているわ。でも、灯呂くんのことは……」
「うるさい」
テーブルを拳で叩いて、あたしは母さんの言葉を遮った。
違う。
あたしが聞きたいのはそんな言葉じゃない。
そんな薄っぺらい『愛している』なんて要らない。
母さんは、あたしを怯えた目で見つめ、そのまま視線を上に上げた。
今日は日曜日。
まだ他の家族が起きてくる気配はない。
「もう、いいよ」
その後は無言で、用意されたトーストやコンフレークを口に運んだ。
母さんは椅子に座ったままエプロンを指でいじっている。
時計の秒を刻む音がやけに大きい。
窓に目を向けると、朝日が空をオレンジ色に照らしあげているのが見えた。
「麻梁ちゃん」遠慮がちに母さんが話しかけてきた。
皿から目をはなさないで返事だけする。
「んー?」
母さんは何度も息を吸い込んで、それから恐る恐る息を吐き出した。
「内緒にしてって頼まれたんだけどね、灯呂くん、貴方のことすごく気に入ってたのよ」
え?
思わずパンを契る手が止まる。
「家族で写った写真を見せたら、灯呂くんったら、貴方のことすごく可愛いって言って、こんな人がお姉さんになるのが楽しみだって、飛行機の中でずっと言ってたんだから」
飲み込んだパンが胃に急降下したらしい。
いきなりズンとした重みが体に加わった。
あたしのことそんな風に言ってくれてたんだ。
嬉しさが込みあげてくるのと同時にまた、圧迫感が胸を襲う。
「だから何?」
頭で考えるより先に口が動いた。
可愛いって言われたところで、それは何にもなりはしない。
可愛い顔の裏には、誰にも愛されることのないあたしがいる。
「そんな風に思われるだけ迷惑なの。どうせ二重人格だもん。さぞガッカリさせたでしょうよ」
そう、きっとガッカリさせた。
あまり踏み込まれない間柄の人からだったら、可愛いって言われて悪い気はしない。
例えば、河野先輩から可愛いって言われたら、それは快感にさえなるだろう。
河野先輩の前で、あたしは完璧に『可愛いあたし』を演じれる自信があるからだ。
でも灯呂には、本当のあたしを見られてしまった。その上で幻滅させてしまった。
それは、あたしに『あたし』は不釣り合いだということなんだろう。
あー、やめやめ。
考えるだけ悲しくなる。
残りのパンを口に詰め込み席を立つ。
「ごちそうさま。……学校に行ってくる」
聞かれてもないのに、言い訳みたく外出の意を伝えた。
灯呂と一緒の空間に居られないと思った。
日の光を浴びにいこう。
こんなじめじめした心を早く乾かしてしまわなきゃ。