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年下の彼氏  作者: 桷爛
1/7

第1話【変な後輩】


「まだ練習するの?」

声をかけられて、あたしは顔を上げた。

手はまだ弓にある。

「えぇ、まぁ」

頷いて、再び右手の矢を持ち直した。

「いやぁ、でも麻梁ちゃんはすごいよね。俺より上手いもん。あ、そうだ。知ってる?中山って山田先生の甥なんだってよ」

あたしは気付かれないように溜め息をつくと、弓を壁に立てかけた。

「いやぁ、本当ですか?言われてみたら話し方とかはそっくりですよね」部活はもう終わっている。今話している相手も、制服に着替え終えている。

早く帰ったらどうですか?と口から出そうになるのをぐっと堪える。

波風は立てたくない。

ただでさえ、総大のメンバーに選ばれてしまって、先輩や同級生からの風当たりが強いのだ。数少ない味方を失うわけにはいかない。

「あ、確かに喋り方似てるよなぁ。あははは、良いとこ見てるね」

「そうですか?普通気づきますよ。特徴的ですもん。“ぅえ〜、あ〜、法隆寺の釈迦三尊像っはっ、男性的あるかいっくす〜ま〜いるっ”」

なるべく表情も似せて真似する。

それだけで、先輩は弾けるように笑った。「うあははは!すっげ、そっくり!やっべ〜」

お腹を抱えて笑い転げる先輩。

あたしも、なるべくその場を楽しんでいるような笑顔をつくる。

でも心からは笑えない。

そう言えば、若い子は箸が転がっても笑う。とかなんとかいう表現があったっけ?

でもそれは女子高生とかに使う言葉か。先輩は男子高生だから使えないや。

いや、別にどうでもいいか?第一、男女差別はいけないしね。うん。

そんなどうでもいいことを考えていると、後ろから声をかけられた。冷たく鋭い声。

「遊ぶんならさっさと帰りなさいよ」

「小池先輩……」

小池絢。女子弓道部部長。

さして弓道が上手いわけじゃない。

彼女が上手なのは短い髪をかきあげて威張り散らすことだけだ。まさしく部長にぴったりな人物だと思う。

後ろに3人の金魚を従えて、蛙をも殺しそうな目であたしを睨んでいる。

「……ごめん」

謝ったのは先ほどまであたしと話していた先輩。

あたしはそれに合わせてぺこりと頭を下げる。

「い、いや、河野くんはいいのよ。もう部活も終わったんだし」

小池先輩があたふたしてる。気持ちが分からんでもない。

彼女は河野先輩のことが好きなのだ。でも、だからって……

「あたしは練習するのかしないのか、はっきりしない菅に言ったのよ」

そりゃあ、差別だよ、先輩。

「聞いてるの?菅!菅麻梁!」

怒鳴られてしまった。でも、そこまでして怒る理由が分からない。

「ごめんなさい。私、ちゃんと練習します」

しおらしく謝ったら、それで満足したのか小池先輩はフンと鼻をならすと

「あたし達の足をひっぱらないでね」と言って帰っていった。もちろん河野先輩をひっぱって。

弓道場に残されたのは、あたしと小池先輩の子分。

3人のうち知佳と唯は同級生。竹下は後輩だ。

小池先輩と一緒に帰らないということは、何かあたしに言いたいことでもあるのだろう。

気づいていながら、あたしは練習を再開する。こちらから話しかける義理はない。

置いていた矢を手にとり、立ちに入ろうとするときに、やっと知佳が口を開いた。

「ちょっと、菅」

「あ、何?知佳」

にこやかに笑顔を見せると、敵は一瞬たじろいだ。

でもすぐに気をとり直すと、本題をつきつけてくる。

「菅ってさ、河野先輩のこと好きなの?」

やっぱりその話題。と思ったけど一瞬驚いた振りをしてみる。

「……え?どうして?」

「見え見えなのよ。休憩時間になるといつも話しかけて」

「話しかけてくるのは向こうの方だけど?」

さらりと言ってやると、唯が真っ赤になった。

「調子にのってんじゃないわよ。自意識過剰なんじゃないの?」

事実を述べてるだけですが?

あたしが河野先輩を好きなんじゃない。

河野先輩があたしのことを好きなんだ。

あたしでさえ分かるもの。馬鹿な貴方達でもはたから見てたら分かるでしょう。

「そんなことないよ。河野先輩は誰とだって話すじゃない。考えすぎだよ。第一あたし、河野先輩は小池先輩と付き合ってるって思ってたけど、違うの?」

首をかしげてかわいこぶってみる。あたしの中のどろどろした感情を必死に隠す。

知佳がぷっと吹き出した。

「んな訳ないでしょ。小池先輩かわいくないじゃん。小池先輩のただの片想いよ」

あら、怖い。いつも小池先輩にくっついているくせにね。

ま、そういう人に限ってこういうもんよね。

思わずにやにやしてしまいそうになるのを必死で堪える。

仕上げは、あと少しかな。

「そうかもね。ここだけの話だけど、私は知佳とか唯のが可愛いと思うもん」

「ちょ、何言ってるのよー」

「可愛いって……。ねぇ?」

もちろん嘘だけどね。

あたしが1番可愛いに決まってるでしょう。

さあ、満足したなら帰ってちょうだい。

「んじゃ、私は練習したいから。いいかな?」

遠慮がちにそう尋ねると、知佳と唯は

「頑張って」

とまで言って帰っていった。

女の子は可愛いって言われるのが大好きなの。それがたとえ嘘であっても。

でもあたしは嘘の可愛いはいらない。

実際可愛いからもらったこともない。

あたしは鏡の中の自分を見つめた。

白い肌に、バランスのよい目鼻だち。

ニキビなんてもちろんない。髪型も毎日気をつかってる。

うん、あたしってやっぱり完璧――……。

「菅先輩」

「っっ!?」

声をかけられて、あたしは飛び上がるほど驚いた。

た、竹下?あんたあの二人と一緒に帰ったんじゃなかったの?今のナルシスト行為見られちゃったかな?

フォローいれとこ。

「ねぇ、私焼けてない?今日、日焼け止めクリーム忘れちゃって。肌弱いからすぐ赤くなるの」

もちろん嘘。

日焼け止めとか忘れるわけない。若いうちから肌には気をつけとかなきゃね。

竹下をちらりと見る。彼はボーッとして、見るともなくあたしを見ていた。

無反応……?それともあたし無視されてる?

あたしはこいつが結構苦手だ。無口だし、存在感薄いし、男のくせに小池先輩につき従ってるし。

そんなあんたが、

「何か用?」

極上の笑みを浮かべてみる。

「忘れ物でもした?」

出来れば放っておきたいが、このままボーッとここに居られると困る。

早く帰ってもらおう。

「……先輩に、聞きたいことがあるんです」

げっ。何をよ。

あたしに聞きたいこと?なんか怖いんですけど。

「ん〜?なぁに?何でも聞いてよ」

良い先輩風の笑顔を顔に張りつける。

竹下はしばらくもじもじして、でも意外にあたしの目をしっかり見て、こう言った。

「菅先輩は、なんで弓道してるんですか?」

心臓が一回分止まった。

な、何言ってるの。何でそんな変な質問するの。

一回分の遅れを取り戻すかのように、心臓は早鐘をうち始める。

「そんなの、弓道が好きだからに決まってるじゃない」

竹下の目を見ないで答える。

「本当ですか?」

「当たり前でしょう。本当、本当」

嘘だった。

中学のときはバスケをやってた。

他校から、弱小チームと言われた。仲間から、負けるのはあたしのせいだと言われた。

あたしは誰より上手かった。

ただ、誰より人付き合いが下手だった。

団体競技は向いてないんだと、痛感した。

だから高校では個人競技をやろうと思ったのだ。

テニスとかは中学のときやってないから不利だと思って、大体の人が高校から始める弓道を選んだ。

それだけの理由だ。

大学は推薦でいこうと思ってる。その為には部活での良い成績が必要で。

だから、一生懸命練習してる。

それだけの理由だ。

「先輩の練習、少し見てていいですか?」

竹下が突然そう言った。

はあ?嫌に決まってるでしょう。

竹下みたいな不思議なのと二人っきりとか、やりにくいったらないじゃない。

「もちろんいいよ。じゃんじゃん見ていってね。ただし見学料は高いぞ」

「あ、今日200円しか持ってなくて……」

「いや、要らないよ。……冗談だからね」

全くやりにくいったらない!なんで冗談通じないわけー?

はっ、いかんいかん。竹下ワールドにのみこまれるな、あたし!

竹下の視線を感じながら、姿勢を整える。

矢をつがえ、息を吸いながら弓をうち起こす。

いったん息をとめ、第三をとる。

そして、そのまま大きく弓を引いて――…。

その時、竹下がポツリと呟いたのが聞こえた。

「先輩、やっぱり楽しそうじゃないじゃないか……」

「――……っ!」

風はないのに、矢は狙いを大きく外し、空へと飛んだ。

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