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幽世喫茶  作者: 堕天王
10/12

牡丹抗争

森の中で見かけたのは、血まみれのオセロット。破壊神を廃業したはずの彼が、何故そんな姿をしていたのか? その謎に、蓮華が挑む。

「でぇーーーりゃぁ!!」

 渾身の力を込めて薙刀(なぎなた)を振り下ろす。相手の刀を打ち砕き、脳天から武者鎧を纏った男を真っ二つにした。血液は出らず、ただ黒い煙を吐きだし、ぱっと霧散する。蓮華(れんげ)は薙刀を下段で構えつつ、深く息を吐き出した。

「これで仕事完了」

 除霊屋の仕事である。この森の奥には、廃城が存在する。かつてここで無残に討ち死にした多くの兵士の幽霊が、その廃城に縛られて闊歩している。それを定期的に間引く――それが今回の仕事の内容である。定期的――と書いた通り、倒して万事解決とはならない。彼らは、廃城に縛られている。廃城がある限り、倒してもしばらくすれば復活する。廃城を取り壊さない限りは、無限に湧いて出来るのだ。しかし、廃城の持ち主は当然おらず、森の中にあるため、取り壊すのも面倒。費用も莫大にかかる。正直、関わりたくない。ということで、予算だけ組んで除霊屋に掃除を押し付けているのだ。その予算が積み重なれば、廃城を取り壊してもお釣りは来るのだろうが、いわゆる典型的な役所仕事。面倒な事は、したくないのだ。自分の身銭を切っているわけでもないので、どうしてもそうなってしまう。除霊屋も、定期的に資金が流れて来るのでわざわざ進言もしない。一般的に良く見られる、社会の構図である。

「十七時四分、十一体目を滅敵(めってき)。規定数に達したので、これより帰投します」

 携帯電話で本家に連絡を入れる。ちなみに『滅敵』というのは、除霊屋の専門用語。敵を滅ぼした――というのを、ちょっと格好良く言ったのが、広まっているだけである。

 薙刀を布袋で覆い、蓮華は下山する。何度も上り下りをしてきたので、今更迷う事はない。腐葉土を踏みしめ、薙刀をぶつけないようにしながら、降りていく。

「帰りにパンを買って帰ろう。アンパンか、ジャムパンか」

 そんな折、蓮華は足を止めた。鉄と生臭い匂い。血液の匂いだ。霊体は、そういう生臭い匂いを振りまかないので、蓮華は違和感を覚えた。今まで、一度もなかったことである。

 蓮華は意識を集中する。匂いから場所を特定できる程、嗅覚は優れていない。探るのは霊力。人であれ、動物であれ、それぞれ霊力を帯びている。それは、魂の輝きだからだ。散りばめられた小さな星のような輝きの中、ひときわ大きな輝きを認知。途端、蓮華は走り出した。

 道なき道を駆け、障害物は布袋に包まれた薙刀で打ち払う。ある程度まで近づいた後は、霊力の位置を確認しつつ、木に隠れながら慎重に進んでいく。相手は、ほとんど場所を変えていない。こちらに気付いてはいないようである。

「……あれ?」

 突然、反応が小さくなった。気を抜くと、判別できない程度の反応へ。見失わないように、蓮華は急ぐ。

 血の匂いが随分と濃くなってきた。急勾配の下り坂。足を滑らせて、転がらないように気を付けながら降りていると、木々の狭間から現場と思われる場所が見えた。男――いや、随分と若い。少年なのかもしれない。頭を下げているため顔は見えないが、土の色、くすんだ金色に似た色の髪が、非常に個性的である。その特徴に、蓮華は覚えがあった。

「……オセロット?」

 幽世(かくりよ)喫茶を出入りしている(あやかし)――ではなく、正真正銘の破壊神。それがオセロット。何故か幽世珈琲を飲用したことで、農業に目覚めて、農作業をしている不思議な神様である。ちなみに幽世珈琲とは、幽世喫茶のマスターである乙衣(おとぎぬ)兎渡子(ととこ)が淹れた、記憶の復元をしているのではないか? と思われる特殊な力を持つ珈琲である。ただ、詳しい効用は謎のままだ。

 オセロットは普段から尊大で、見た目は生意気な少年である。幽世喫茶で現出した時に一度、その本性と思われる側面を見せたが、それ以降は陽気な側面を見せ続けていた。今のオセロットは、以前に一度見せた本性に近い雰囲気が漂っている。遠くからは声をかけにくい。蓮華は、少し急ぎながらオセロットの居る場所へと降りて行った。

 木々を抜けると、最初に目についたのは血溜りであった。人であれば間違いなく死んでいるであろう――と思われる量。鮮烈な紅色が、瞳をチカチカと刺激する。その場所に、オセロットはいなかった。流血の原因となるものもない。ただ、相当量の血液だけがそこに広がっているだけであった。

「……なにが……あったんだ?」

 蓮華の声音には、困惑の色が強く染み込んでいた。


「ということで、オセロットを倒す!」

 右手で拳を握り、決意表明をする蓮華。場所は、山の中腹にある喫茶店、幽世喫茶。そこのマスターであり、蓮華の幼友達である兎渡子は、呆れた顔でそんな蓮華を見ていた。

「ということで、もなにも、それだけでは何も分からないと一緒じゃない」

「奴は、そもそも生贄を捧げられていた神だ。今でも人の生き血を欲して彷徨っていてもおかしくない!」

「仮にそうであったとしても、春野家はどう反応しているの? 誰か、最近ここら辺で行方不明にでもなった?」

「被害届が出てないだけだ!」

「んな馬鹿な」

 兎渡子は、諦めた。結局蓮華は、オセロットに何かしらの因縁を吹っ掛けて、戦いたいだけなのだ。

「そもそも全力でびびっていたのに、勝てるつもりなの?」

 オセロットがこの幽世喫茶に現出した時、蓮華は恐怖に(おのの)いていた。そのことをすっかりと忘れてしまったというのか。

「なにも、問題ない!」

 忘れてしまったようである。オセロットは、別に兎渡子や蓮華とは敵対していない。蓮華はともかく、兎渡子とは友好な関係である。蓮華が突っかかって行っても、そこら辺、上手にあしらってくれるだろう。

「フルボッコにされてくればいいのよ」

「兎渡子、お前も協力してくれ!」

 兎渡子は、露骨に嫌そうな顔をした。

「えぇー、私も? 私は別に、オセロットのことを疑ってないし」

「オセロットの本性を見たら、戦いたくなる!」

 ここ最近、嫌な事でもあったのか。そんな風に勘ぐりたくなるほど、妙な熱心さ。このまま蓮華を一人で行かせると、蓮華の方が危ないのも確か。ストッパー役は必要なのかもしれない。しかし、森の中をうろつきまわるのはどんな理由があれど、心の底からお断りしたい事案であるのも確かであった。

「一応、オセロットさんが封印されていた壺、ありますけど」

 不気味なため、倉庫――の裏でブルーシートをかけて保存というよりかは、放置されていた青い人の顔を象った壺を、マイが持ってきた。マイは、マイセンカップの付喪神(つくもがみ)――物に宿った妖であり、今はこの幽世喫茶でウェイトレスをしている。

「それがあれば、封印できるか」

「無理でしょ。封印の術式が分かるの? そもそも、封印術式とか一番苦手なおれんに出来るはずがない」

 兎渡子は、蓮華の事を『おれん』と呼ぶ。

「兎渡子は、封印術式得意だろう?」

「私の術式は、『音域術式』よ。それ以外は分かりません。それに、今は使えない」

 兎渡子は、かつて楽器を奏でて妖を退けたり、封印したり、他除霊などもしていた。今は、ある事情で楽器を捨ててしまっているため、今の彼女にかつてのような『音域術式』は使えない。

「まぁ、なんとなかなるだろう。その壺、一応持って行っとこう」

 その妙な根拠はどこから湧いて出て来るのか。兎渡子は、呆れてものが言えない――そんな顔をしていた。


 三日後の夕方――以前、オセロットを見かけた時間帯を目安に、森に入っていく蓮華と兎渡子。マイは、非戦闘要員であるため、幽世喫茶でお留守番である。蓮華は、本気仕様の時の巫女装束――霊装を身に纏い、今日は薙刀ではなく刀装備。兎渡子は、念のため水筒に幽世珈琲を淹れて、肩に背負っていた。

 意気揚々と進んでいる蓮華の背中を見つめつつ、兎渡子は色々と腑に落ちない事を調べたことを思い出していた。

 最初に、オセロットの所を尋ねた。キュウリを収穫していたオセロットに声をかけ、話を聞く。

「ははははははっ!」

 オセロットは、豪快に笑った。

「面白いから、そのままにしといてくれ。これで一つ、楽しみが出来たな」

 まったく事情を語る事もなく、彼はそれだけ言って農作業に戻ってしまった。どうやら、藪蛇だったようである。

 続いて、春野ひふみに話を聞いた。ひふみは、春野家が抱えている感応士と呼ばれる能力者であり、兎渡子と蓮華の共通の友人でもあった。彼女には直接会いに行けないので、チャットで語りかけた。

「おれんの様子がおかしいんだけど、何かあった?」

『同級生が結婚するとかで、落ち込んでたよ』

「同級生って、誰?」

『えと、確か野口さんだったかな』

「あ、あぁ……把握。そっか。色々と察したわ」

 それほど親しかったわけでもないが、その野口というクラスメートは、ちょっとふっくらとした、お世辞にも美人とは言えない女性だった。蓮華とは親しかったようで、『さすがに、のっちより先に結婚するね』と話をしていた事を思い出す。

 蓮華は、残念美人で有名である。顔立ちは綺麗で、胸はないが引き締まった彼女の体は美しい。家事もこなし、料理も上手。しかし性格があんな調子で、口よりも手が先に出る武闘派。惚れっぽい性格なのに、惚れた男が怖がって逃げていく。そんな調子で、年齢=恋人いない歴という状態になっていた。

 蓮華は、自覚してはいないのだろうが、オセロットをダシに使ってストレスを発散しようとしているのだ。そして、オセロットもまた同様である。農作業をしているとはいえ、オセロットは破壊神。有り余るエネルギーを発散する捌け口を、うまい具合に見つける事が出来た、と喜んでいるのだろう。

 つまり、兎渡子は完全なとばっちりである。だからといって、放置するわけにもいかない。いざとなったらストッパー役にならなければならないからだ。兎渡子はなんだかんだ言って、蓮華に対しての負い目を持っている。こういうことは、断れなかった。それにストレスが外へと発散されるなら、その方がいい。内に向かって、自己破壊に走る方がずっと問題だ。

「血の匂い」

 兎渡子は、その独特の匂いに気付いた。

「この間と、同じ場所だ」

 蓮華が歩を早めた。どうやらオセロットは、蓮華をおびき寄せているようだ。実にわざとらしく、霊力を放出している。そんなちょっとした違和感にも、蓮華は気づいていないようである。

 森を縫う事、二十分程度。兎渡子と蓮華は、オセロットを捕捉した。オセロットは、大きな血溜りの上で、全身血塗れの姿で立っていた。鮮烈な赤色の中、金色に光る瞳だけが一層不気味に見えた。

「オセロット!!」

 捕捉するなり、蓮華はそう叫んだ。話を聞く気は、全くないようである。オセロットも陰鬱な笑いを浮かべ、それを歓迎しているよう――いや、歓迎していた。この中で道化は、蓮華だけだ。

「とりあえず、壺でも喰らえ!」

 何を思ったのか、持ってきていた壺を蓮華は投げつけた。何も試す事もなく、早々に封印することを諦めたようである。だからといって、投石代わりに使うのはいかがなものか。そもそも、それは兎渡子の所有物。不気味なため、割れても一向に構いはしないのだが、一応は母親からの贈り物である。

 オセロットは、事もなげに壺を左手で払いのけた。重たい壺は、ゴンという鈍い音を立てて、近くの木の幹にぶつかって、地面を転がっていく。驚いた事に割れない。変なでっぱりが付いているのだが、それも欠けていないようである。姿形は不気味であるが、やはりこれも一種のアーティファクトなのだろうか。兎渡子は内心、『壊そうかと考えたこともあるけど、無駄な努力をしなくて良かった』と思っていた。

 オセロットが左手で壺を払ったのが、合図となる。蓮華は、裂帛(れっぱく)の声を上げ、馬鹿正直に真正面から突っ込んで行った。オセロットは、それを笑いながら素手で応対する。かくして、蓮華VSオセロットの戦いの火蓋が切って落とされた。しかし、この戦いは実に不毛である。何故なら、この戦いには大義がない。動機としては、自分のおもちゃを取られたくなくて、他の子供と喧嘩する子供にも劣る。

「……帰ろう」

 兎渡子は、馬鹿らしくなって嬉々として戦っている二人――一人と一柱を置いて、元来た道を戻って行った。


 翌日の昼過ぎ、幽世喫茶に蓮華の姿があった。机に突っ伏している彼女は、疲労困憊の様子。

「……私は、なんでオセロットと戦っていたんだっけ……?」

 どうやら、理由も忘却してしまったらしい。オセロットは神であるため、神の専売特許である洗脳を使える。しかし、それによる記憶の改ざんとかではなく、蓮華の場合は本当に忘れてしまったのだろう。落ち込んでも反省もせず、すぐに元通りだから、蓮華は子供の時から進歩しないんだろうな――そんなことを、兎渡子は思っていた。

 来客を伝える鐘の音色。やってきたのは、(くだん)のオセロットであった。何やらいつもは背負っていないリュックサックを背負っている。

「いらっしゃいませ。珈琲?」

 兎渡子が愛想の欠片もない様子で尋ねると、『結構だ』と断って来た。蓮華の方は、オセロットを一瞥だけして、また突っ伏した。オセロットを見ても、思い出せないようである。

「迷惑もかけた事だから、お礼を言いに来たのだ」

「迷惑?」

 蓮華の疑問符。オセロットは、兎渡子の方に説明を求めるように視線を向けて来た。兎渡子は、苦笑する。

「疲れすぎて、忘却したみたい。まったく、都合のいい記憶領域よね」

「そっか。それならそれでいい。どっちにしろ、余計に一匹殺してしまったから、消費しなければならなかったからな」

「結局、何をしていたの?」

「害獣駆除だ。普段から農家の人たちにはお世話になっているからな。そのお礼も兼ねて、田畑を荒らす連中を間引いただけの事。散々脅しておいたから、今の代が消滅するまでは、大丈夫だろう。しかし、ただ間引くだけでは勿体ない。狩りとは、殺すためにするものではない。生きるために、食料を確保するためにするもの。刈りとった命は、大切にしなければならない。ということで、牡丹鍋だ」

 そんな事だろうと思った――と、兎渡子はほっと安心していた。

「牡丹……私、食べたことがないんだけど」

「調理の仕方は習ってきた。まぁ、任せろ」

 オセロットは、笑う。そうやって笑っていると、本当に普通の少年のようにしか見えない。破壊神と呼ばれし存在。今彼は、穏やかな日々を過ごしている。


 ここは幽世喫茶。

 時には血なまぐさい話も舞い込むお店。

 おまけ

 オセロットの牡丹鍋を食べた次の日の朝、兎渡子は開店準備のため、店に出た。

「あ、マスター。おはようございます」

 先に店に出ていたマイが、どこか浮かない顔で挨拶をする。とりあえず『おはよう』と返したものの、その後『どうかした?』と尋ねる。するとマイは、少しだけ身を引いて、マイの体で隠れて見えていなかったテーブルの上に置いてあったものを指差した。

「店先に転がっていました」

「ひぃ!」

 兎渡子は、悲鳴を上げて二歩ほど後ろに下がっていた。すっかり忘れていた。蓮華が投げつけた呪いの壺の事。回収しなかったため、森の中に転がっているはずの呪いの壺が、どういうわけか戻って来ていたのだ。蓮華が回収したのか? そんなことはない。蓮華は、オセロットと戦った事も忘れていたのだから。ならば、オセロットか? しかし、オセロットが拾ってくれていたのであれば、昨日店に来た時に渡すはずである。わざわざ店先に転がしたりはしない。

「……中身は抜けているのに、壺単体でも呪いの品なのね」

 結局呪いの壺は、専門家に依頼し、地中深くに埋葬封印する事となった。



 END


スットクがあるのはここまでです。

次回更新は、来年の1月。地元の即売会、COMIC CITY福岡合わせで執筆します。

タイトル未定。内容は、幽霊の少女が自分の家族に別れを言いたいと懇願。それに対応する兎渡子のお話を予定しております。次は、悲しいお話。

更新情報は、ブログで『活動報告』として毎週土曜日に記事を書いています。


堕天王の逝く道 http://47762756.at.webry.info/

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