第八話 迷宮第十階層
ついに迷宮初探索です！
第八話 迷宮第十階層
「ほう、これは見事だ」
迷宮の中に入った魔王は、その光景に感嘆したように声を上げた。黒い石が紙一枚入らないほどの精度で組み合わせられた壁に床。高い天井は神秘的に輝き、迷宮の中を暖かく照らし出す。さらに、一定の感覚で壁がへこんでいて、そこに人の背丈ほどの緑色の結晶が置かれていた。
シーカーたちはその結晶を中心に集まっていた。彼らは結晶に手を触れると次々とどこかに消えていく。どうやら結晶には転移の魔法が込められているようだ。
「すごいでしょ。ここが迷宮第零階層、転移の広間よ。みんなここのクリスタルで迷宮の他の階層へ向かうの」
シェリカは別に自分の物でもないのに少し自慢げに言った。そして、魔王をさきほどの結晶の前に連れていく。これがクリスタルのようだ。
「迷宮での階層移動は全部これを使うわ。使い方はね、手を触れて行きたい階層を言えばいいだけ。ただし、パーティーの中の誰かが行ったことのある階層か、今いる階層の一つ下にしか移動できないからね」
「ずいぶん簡単だな。転移魔法はそう易しい魔法ではないはずだが……」
シェリカの説明したにあまりにも簡単なクリスタルの使い方に、魔王は少し驚いた。そして、クリスタルを軽く叩いてみたり、撫でてみたりして調べる。
その結果、魔王にも未知の技術が使われていることだけがわかった。
「ちょっとあんた何やってるの？ クリスタルなんて調べても何もわからないわよ。学者が何年かけてもわかんないんだから。そんなことより、早く行くわよ」
魔王の不可解な行動に、シェリカは少し苛立ったように言った。その手はすでにクリスタルに置かれている。出かける気満々のようだった。
「それもそうだ。我らはこれを見に来たのではないからな。ならばシェリカ、そなたはどこまで深く潜れるのだ？」
魔王はシェリカのもっともな意見に、クリスタルから目を離すと、ついでに質問をした。シェリカは不意の質問に戸惑ったがすぐに答える。
「一応十階まで行けるわ。だけどどうして？ まさかあんた……そこから行くつもりなの！」
「ああそうだが」
「あんたね、弱い初心者が最初から……ってあんたは強かったわね」
シェリカは注意しようとしたところで魔王がレベル五百だったことを思い出した。初心者だが、レベル的にはレベル十のシェリカの五十倍は強いのだ。十階層ぐらいどうってことはないはずだった。
「わかった、十階に行きましょ。ただし、迷宮の中は危険がいっぱいなんだからね！ 気をつけなさいよ」
「もちろんだ」
「よし、じゃあ迷宮第十階層へ！」
シェリカが気合いを込めてクリスタルに告げた。すると景色が歪み、浮遊感が魔王とシェリカを襲う。魔王は初めての感覚になんとも言い難い不快感を覚えた。
「気持ちの悪いものだな。毎回こんな感覚なのか？」
十階層にはすぐについた。歪んだ景色が元に戻り、魔王の目に見慣れない景色が広がる。だが、魔王は辛そうに頭を抑えた。その様子はちょうど、二日酔いをしたようであった。
「酔ったのね。でも慣れれば感じなくなるわ。ほら、そんなことよりも周りを見てよ！」
シェリカは魔王を立たせると、周りの景色を指差した。魔王はその熱心な様子に顔を上げて辺りを見回す。
「これはなかなかの物だな」
辺りには美しい鍾乳洞が広がっていた。滑らかな乳白色の鍾乳石がごつごつとしていて、滴る水が光を虹色に反射する。空気はひんやりと清涼で、そのわずかな流れが心地好い。
魔王はその様子に感心したようにつぶやいた。その顔色はすでに回復していた。さすが魔王、回復力も尋常ではない。
「感心するのも良いけど、そろそろ行くわよ」
シェリカは感心しきりの魔王を引っ張ると、探索に出発した。曲がりくねった鍾乳洞の中を、二人はその天井に灯るわずかな明かりを頼りに進んで行く。辺りには水の滴り落ちる音と、二人の足音だけが響いた。
すると、岩の陰から黒い物体がたくさん飛び出して来た。物体は人間の上半身ほどの大きさがあり、闇色の翼と刃のように光る牙を持っていた。
「キラーバットよ！ 噛み付かれたら最後、血を吸い付くされるわ！」
シェリカはそう叫ぶやいなや腰から剣を抜き放った。鉛色の剣が鈍く輝き、閃く。シェリカはキラーバットを袈裟に切り裂いた。血の花が咲き、シェリカの鎧が紅に染まる。その一連の動きは舞っているかのように流麗だった。
しかし、キラーバットはたくさんいる。さらに、後から後から洞窟の中から無尽蔵とも言えるほど出てきた。これがこのキラーバットの恐ろしいところだ。シェリカはそれを次々と切り裂くものの、キリがない。
「うっとうしいな。余がまとめて退治してやろう」
シェリカの戦いぶりを見守っていた魔王は、そう言って彼女を下がらせた。そして杖を振り上げ、不敵に笑う。
「カッター・ストーム」
魔王の唇が呪文を紡いだ。杖の宝玉が邪悪に輝き、魔力が渦巻く。周囲の空気が引き締まり、痺れるようになった。その変化に、シェリカは身を竦める。
暴風とともに、無数の見えない刃が放たれた。刃は唸りを上げながら、キラーバットを切り刻む。キラーバットは悲鳴すら上げずに肉の塊へと変えられていく。そして、その肉の塊はすぐに小さな球へと姿を変えた。
キラーバットがあらかた居なくなったところで、魔王は満足そうに頷いた。あたりには無数の球と、魔法に巻き込まれたのか鋭利な切り口を晒す岩だけが残っていた……。
ようやく初探索。でも、まだまだ先は長いんだよなあ……。
