第二十四話 クラスアップ
※残酷な描写ありです! 注意して下さい!
第二十四話 クラスアップ
迷宮第五十階層の大空間。その中に、シアを先頭にして魔王たちはどこか重たい足取りで入った。すると、その闇の奥で混沌神が岩に腰掛け泰然とした態度で待ち構えていた。この間、魔王が神殿で対面した時とは違ってはっきりとした美しい女の姿をしている。
「あなたが混沌神様でしょうか」
シアがいつになく恭しく頭を垂れた。さすがに彼女も神官なので、神に対しては礼儀正しいようだ。だが、混沌神はそんなシアに実に気安い態度で応えた。
「ええ、そうよ。いかにも私が混沌神、ヘカテ・メンリよ。で、あなたは誰だっけ?」
「……シアでございます。それで今日はどのような啓示がありますのでしょう? 混沌神様が神殿以外に降臨されたのは初めてのことですが……」
シアが不安そうな顔をした。混沌神はその名前の通り破壊と混沌を司る神だ。しかもその力は全知全能に近いとまでされている。そのような存在がいきなり降臨したのだ、不安になるのも無理はない。
しかし、混沌神はにやりと目を細めるとシアの不安を見事に裏切って見せた。
「今日はねえ、あなたたちをクラスアップしてあげに来たの。あとついでに魔王にプレゼントを届けに。それだけよ」
「ク、クラスアップですってぇ!」
混沌神の言葉にシェリカが叫んだ。その目は限界まで開かれて驚愕を表している。他のエルマとサクラも、そこまではいかなくとも驚いた顔をしていた。
「クラスアップと言えば己の力を最大限引き出せる『職業』に就ける儀式。だけどその方法は五百年ほど前から絶えていると聞いたことがあります。もしかしてそれができるのですか!?」
シェリカは早口にまくしたてた。彼女は興奮していて、目をきらきらと輝かせている。その様子に混沌神はどこか嬉しそうに頬を緩めた。
「良く知っているわね、だいたいその通りよ」
「そうですか! やったぁ!」
シェリカは嬉しさのあまりその場で跳び上がった。さらに拳も突き上げて高らかに叫ぶ。しかし、シアはその様子に若干冷めた視線を送った。そして混沌神の方を改めて見つめる。
「クラスアップしていただくことはありがたいです。しかし、なぜ今なのですか?」
「ああ、それはあなたたちが岩龍を倒したからよ。あの龍はもともとクラスアップへの試練だったからね」
「そうなのですか。ではなぜ……。」
「じゃあ早速クラスアップしましょう」
シアはなぜ岩龍がアンデッドと化していたのかを尋ねようとしたが、混沌神はその質問を遮った。その時、混沌神の目には妙なものが見てとれたが、シアやシェリカたちにはその理由を聞くことはできなかった。
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迷宮都市の北西に存在する白亜の大建築。月光に照らされ淡く輝くその奥に、ユリアスは座っていた。その目の前の格調高い木目のテーブルには、鈍く光る杯が置いてある。杯にはねっとりとした血のようなものが満たされていた。
「ふうむ……。岩龍さんはやられてしまったようですねえ」
ユリアスは杯の水面を見て、ふうとため息をついた。そして、椅子から立ち上がり部屋を出ていく。廊下のシャンデリアのまばゆい光を抜けて、彼女は一つの部屋へと足を踏み入れた。
部屋にはすでに六人の人間が集まっていた。彼らはユリアスの姿を確認すると、一斉に立ち上がり額に手を当てる。
「杯に光あれ」
「光あれ」
ユリアスの号令で六人は一斉に叫んだ。そしてそのあと一糸乱れることなく着席をする。ユリアスはそれを見届けると革張りの豪奢な椅子にゆったりと座った。
「こんばんは、みなさん。本来なら今夜は嬉しいお知らせをする予定でしたが……。少々想定外のことが起きました」
部屋の中がにわかにざわめいた。六人は顔を見合わせ、隣同士でこそこそと話を始める。その様子にユリアスは眉をひそめると、手をパンと叩いた。すると水を打たれたように六人は沈黙してユリアスに注目した。
「まったく。騒がしいのは嫌いですよ。さて……今回の岩龍を利用する案を考えたのはどこのどなたでしたか?」
鋭い視線が六人の間を走り抜けた。六人はそれぞれ背筋を凍らせて身体を固める。そして、一人の男がゆっくりと手をあげた。黒髪の小柄で控えめな顔立ちの男だ。
「キーンさんでしたか。私はおバカな人の名前はすぐに忘れてしまうのであやうく忘れるところでしたよ。ふむ……言いたいことはわかりますね?」
「はい……」
「良いお返事です。さあ、その場にお立ちなさい」
キーンは重たい腰を上げると、ゆらりと幽鬼のように立ち上がった。その顔は蒼白で唇は紫に染まっている。それに対してユリアスはいらだたしげな様子で立ち上がると、腰の剣に手をかけた。
「一撃で決めますよ」
ユリアスが剣を抜き放った。磨き抜かれた鋼の白い光がきらめき、闇を切り裂く。風が唸り、刃がキーンの身体を断とうと迫る。しかし……。
「気が変わりました」
ユリアスはわずかに飽きたような目をしていった。刃が鼻先まで迫っていたキーンはほっと息をつく。そして彼はゆらゆらと震える足で席へと戻っていった。だが彼が椅子に腰を落ち着けようとした時、ユリアスがおぞましい考えを思いついた。
「そうだ! ふふ、面白いことを思いつきましたよ」
残忍で冷酷な眼差しが再びキーンに向けられた。キーンは黒い絶望に叩き落とされて、呼吸すらできない。そうして彼が口をパクパクとさせていると、ユリアスの口からおそるおそる言葉が告げられた。
「私は昔からローストビーフが好きなのですが……今回はあなたにローストビーフになってもらいましょう。そうですね、両手両足を取って蝋燭でじっくり中まで火を通しましょうか。そうすればおいしくできるはずです。あっそうそう、作ってる最中に腐ったら困りますからね。出来上がるぎりぎりまで死なないようにしておかないと」
「いやだ! いやだああ!」
キーンは絶叫しながら逃げ出した。すかさず隣の男が暴れる彼を取り押さえ、別室へと連行していく。部屋にはユリアスと青い顔をして吐き気をこらえる四人が残された。
「アイリスさん」
「はっ、はい!」
「もうそろそろ武道大会の時期でしたね」
「そうですユリアス様!」
「ふむ、これまであなたにはうちの代表として出てもらっていました。ですので例年通りお願いしますよ。ただ、今年はあのシェリカのギルドからも誰か出場するでしょう。もしその人に負けたら……」
ユリアスはそこで言葉を打ち切った。そして、椅子から立ち上がり窓の方へと近づいていく。月明かりに照らされたその姿は凄惨な美しさであった。
硬質的な音が鳴り響いた。砕けた窓が地面に向かって落下していく。無数のかけらはやがて光の粒のようになり、悲しい光を辺りに投げかけた。
窓を砕いたユリアスはアイリスの方を向くとにやりと口を歪めた。そして優しくささやくように言った。
「こうなってもらいますよ」




