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迷宮の魔王さま  作者: 井戸端 康成
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第十五話 予言

第十五話 予言


 陽射しに照らされた迷宮都市の大通りを、魔王はあてもなくぶらついていた。雑踏の中を速くなったり遅くなったりしながら、気のむくままに歩いている。


「うぬ?」


 しばらくすると、不意に妙な魔力を感じた魔王は足を止めた。そして通りの脇にある小さな店の中に入っていく。店の入口の扉が軋み、微かに埃が舞った。


 店の中には濃密な魔力が漂っていた。足元さえおぼつかないほど暗い店の中を、魔力特有のぬめるような気配が満たしている。


 魔王はどこから魔力が発生しているのかと、注意深く店の中を観察した。端に置かれた揺らめく蝋燭に、店の中心に鎮座している水晶球。いちいち怪しいこれらを魔王は一つ一つ見てまわった。


「おや、いらっしゃい。変わった気配のお方が来たもんだねえ」


 魔王が店の中を見ていると、奥の扉から老婆が出てきた。その腰は曲がり、手足は枯れ木のよう。顔には渓谷のごときしわが刻み込まれていて、百年は生きていそうであった。


「そなたがこの店の店主か?」


「ほほ、そうですよ。わしが店主のアガリアじゃ」


 老婆はしがわれかすれた声で名乗ると、水晶球の前の椅子に座り込んだ。そして、魔王に向かってにんまりと微笑む。


「何か占って欲しいことがあるだろう? そうだね、その顔だと人を探しているね?」


 老婆はからかうような調子でそういった。その言葉に魔王は愉快そうに唇を歪める。言葉は見事的中していたのだ。


「確かに人を探している。だがすまないな、今は手持ちがないゆえ占ってもらうことはできぬ」


 魔王は少し残念そうに言うと、店から出て行こうとした。だが、それを老婆が止める。その口調は穏やかだったが強かった。


「待っておくれ、お代ならいらないよ。あんたは面白そうだからね、特別にタダだよ」


「それはありがたい。頼むとしよう」


 魔王は申し出を受け入れ、老婆の向かい側の椅子に座った。すると、老婆が水晶を貫かんばかりに睨みつける。


「この水晶をじっと見ておくれ。それだけで良いからの」


「こうか?」


 魔王は水晶を正面に見据えた。すると、吸い込まれるような感覚が魔王を襲う。それはちょうど眠りに落ちるような感じで、不思議と不快ではない。


「ふむ、見えてきたぞい。どうやらあんたは仲間を探しておるようじゃな。あっておるか?」


「ああ、そうだ」


「では続けよう。あんたの仲間となる者はどうやら女の子のようじゃの。なかなかの別嬪さんが見えるぞ。それで肝心の今おる場所は……なんじゃ、すぐ近くではないか。この通りを西に数分歩いたところにおるようだ」


 老婆はそれだけのことを魔王に告げると、目を水晶から放して占いを終えようとした。魔王も不思議な感覚から解放され、立ち上がろうとする。


 だがここで、老婆の顔つきが変わった。眼光は鋭くなり、口はまっすぐ。その額からは一筋の汗が垂れた。魔王もそのただならぬ様子に浮かせていた腰を席に戻す。


「もやもやとした黒い何かが見える。これは……混沌かい。ううむ……」


 老婆は水晶から伝わるイメージに背筋を凍らせた。得体の知れない恐怖にかられたのだ。だが、彼女は占いを辞めはしなかった。


「混沌の中心にいるのは未来のあんただね。何かと戦っているように見えるのう……」


「なぬ、余は何と戦っているのだ?」


 魔王が少々興奮した口調で老婆に迫った。老婆は魔王の期待に応えるべく水晶をさらに覗き込む。しかし次の瞬間、彼女は頭を抱えることとなった。


「すまんの、はっきりと見えぬ。わしの力の及ばぬ存在のようだ」


 老婆は肩をすくめると、魔王に申し訳なさそうに言った。魔王は少しがっかりしたようにため息をついた。


「そうか。ならばせめて他のことはわからぬのか?」


「ふうむ、どれ少し頑張ってみるかい」


 魔王に促された老婆は再び水晶を見つめ、神秘の世界に身を投じた。彼女の頭の中にまた新たなイメージが現れてくる。


「槍と杯が見えるね。相当古い物のようだ。ところどころに錆なんかが浮いて変色してる。……この二つがあんたの将来に深く関わるようだね……」


 魔王は老婆の予言に頭を捻った。彼は武器として槍を使うこともないし、杯で酒を飲むこともあまりない。二つとも縁がないのだ。


 だが、老婆の予言は訝しげな顔をしている魔王を無視して続けられた。まるで何かに憑かれているようであった。


「槍はあんたが後々どこかで手に入れるようだ。でもどこで手に入れるのかまではわしにはわからないよ。杯の方はもう誰かが持っているようだね。……うーん、持ち主はわからない。ただ、この二つを合わせると何かが起きるようだ」


 老婆は意味ありげな言葉を最後に言って顔を上げた。そして、険しい顔で魔王の瞳を見る。魔王もまた姿勢を正した。


「ざっとこんなところだね。これ以上はどう頑張っても無理だよ。まあせいぜい、気をつけておくれよ」


「世話をかけたな、礼を言うぞ」


 魔王は老婆にもうし訳なさそうに礼を言う。すると、老婆はこれまでの険しい顔から一転して豪快に笑った。


「良いのさ、わしが好きでやったことだから。それより早くおゆき、未来の仲間が待ってるよ」


 老婆はそういうと席を立ち、店の奥に戻って行った。魔王もまた席を立ち、老婆に言われた場所へと向かうのであった。



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