第十二話 新たな仲間候補
第十二話 新たな仲間候補
太陽が少し傾いてきたお昼過ぎ。迷宮都市の神殿の中で、魔王とシェリカは固まっていた。二人は石になったように動かない。それを神官の少女が奇異な眼差しで見ていた。
「どうしたの? この私が仲間になってあげても良いって言っているのよ」
少女はからかうように、やたらと偉そうな態度で言った。それにたいしてシェリカは苦笑いをして応えた。
「……こいつと相談するから少し待っててね」
シェリカは魔王を引っ張り通路の端に移動した。そして魔王と額を寄せると、ひそひそと話し合いを始める。もちろん、少女に聞き取られないように細心の注意を払いながらだ。
「あの子、仲間にして大丈夫かしら? どこからどうみても腹黒いわよ」
「余にもそのように見えるが……他にいないのだから仕方ないだろう」
「うぅ、そこを言われると……妥協せざるおえないわね」
話し合いはものの十秒で終わった。そもそも残念なことだが、話し合う余地などなかったのだ。シェリカは燃え尽きたような顔をして神官少女に向き合った。
「ありがたく仲間に迎えさせてもらうことにしたわ。私はシェリカ、こっちが魔王。これからよろしくね!」
シェリカは満面の営業スマイルを浮かべて、空元気いっぱいに挨拶した。それに続いて魔王も会釈をする。すると、神官の少女もまた花が咲いたような笑顔で答えた。ただし、ニコッではなくニタッといった笑顔だったのだが。
「私はシア。よろしく。 ……ふふふ」
二人はどことなくぎこちない握手をした。その後、シアは魔王とも握手をする。三人は顔をほころばせ、柔らかく微笑んだ。
こうして三人は曲がりなりにも仲間になったのだった。
★★★★★★★★
夕刻近づく迷宮都市。その南の地区に魔王とシェリカは来ていた。さらにシアも神殿にさっさと届け出を出して二人について来ていた。シーカーの支援も仕事としている神殿は、シアのシーカーになるという届け出も修行の一貫としてすぐに受理してくれたのだ。だがそれでも手続きに丸一日はかかるはずなのだが……。不良神官シアは仕事をサボったらしい。
三人が来ていた南地区は、通りの石畳みは剥がれ地面が露出していた。さらに周囲の建物は煉瓦が欠け放題、壁に落書きはされ放題。いかにもならず者らしき人の行き来するそこは、まさにスラムというのに相応しい場所だった。
「本当にこんなところに有望なシーカーなんているの?」
シェリカが疑わしげな顔をしてシアに尋ねた。三人がこんなところに来ていたのは、シアの情報があったからだ。いわく、仲間になってくれそうな有望なシーカーがいると。
「くすくす……これだから凡人はダメ。こういうところだからこそいるのよ」
シアは眉を歪めて自信たっぷりにそう言った。シェリカも魔王もその様子にそういうものかと一応納得する。
三人がそうしてしばらく通りを歩いていると、一軒の宿が見えてきた。壁に落書きがされていて、木の看板は苔が生えている上に傾いている。その看板にはかすれた文字で『ペガサス亭』と書かれていた。
「確かここよ」
シアが外れかかった宿の扉を指差して言った。シェリカと魔王はぼろくて倒壊寸前の宿の様子に顔をしかめる。まだ、シェリカの家の方が数段ましだった。
「本当にここなの? ……というか営業自体してるのここ?」
「営業はしているようだぞ。中から声が聞こえるし、酒の臭いもする」
優れた感覚で人の気配を感じた魔王は嫌な顔をしながらもシェリカにそう告げた。シェリカは信じられないといった顔をしたあと、ため息をつく。
魔王とシェリカがうんざりとしているうちに、シアが中に入ろうとした。すると、中から怒号が響いてきた。シアは思わず扉から後ずさった。
「おいこらてめえ、なに人の服に水をかけてくれてんだおらあ!」
「それはそっちの言い掛かりだ。私は知らん」
「ああん? なめとんのかわれえ! 外に出やがれ!」
一際大きな叫びとともに、女が外に突き飛ばされてきた。継ぎ接ぎだらけの紅の着物と藍の袴を着た女だ。彼女は長い黒髪を肩に流すと、吊り目がちな目で宿の中を睨む。すると、中から大男が出てきた。男は着物の女よりも頭二つ分ほども背が高く、がっしりと筋肉のついた身体をしている。
男は下品な笑いを浮かべ、剣を手でぶらぶらとさせていた。それを女は貫くような眼差しで睨んでいる。まさに一触即発。いつ戦いが始まってもおかしくない。
「た、大変! 魔王、助けるわよ!」
「待て、あの女はできる。わざわざ我々が手を出すまでもない」
魔王はそういうと唇を少し上げて微笑んだ。シアも着物の女について何か知っているのか、ニタニタと笑っているだけだ。シェリカは二人の様子に、助けに行くことをやめて見守ることにした。
「サクラ、お前の腰にあるのが刀じゃなくてただの竹の棒だって俺は知ってんだぜ? 痛い目みたくなかったらさっさと金払いやがれ」
男が女ことサクラの腰の刀を指差して、大笑いしながら手を出した。金を手に握らせろということのようだ。しかし、サクラはその手を払い退けた。
「誰がお前などに金を払うものか」
「いいやがったな! 後悔してももう遅いぜ!」
男は大きく剣を振りかぶった。サクラも腰に手をかけ、刀を少しだけ引きだす。だが、鞘から見えたのは銀色の輝きではなく茶色の物体だった。
「マジでそれでやり合うつもりか? まあいいぜ、お前が怪我するだけだからな!」
男は気合いと共に剣を振り下ろした。人の背丈ほどもあろうかという巨大な鋼の塊が空を切り、唸る。その重量に見合う破壊力を持つであろう剣が女に向かって突き進んでいった。だが、女はそれを見据えても逃げることはなかった。
シェリカはその脳裏を過ぎった女の末路に耐え兼ね、目を閉じた。キシンと鉄がぶつかったような音が彼女の耳をつく。その直後、地面に何かが落ちたような音もした。
「そんな馬鹿な……嘘だろ……」
しばらくして男のつぶやくような弱々しい声が聞こえてきた。シェリカはその声に、何事かと固く閉じていた目を開ける。すると……
「なんで剣が真っ二つになってんのよ……」
中心を、くっつけたらまた一つに戻りそうなほど美しく分かたれた剣。それを見て地面にへたれこみ、口をぱくぱくさせている男。そしてそれを見下ろしているサクラ。シェリカの目にありえない光景が飛び込んで来たのであった。
強い新キャラ登場です。個人的にはこういうキャラ好きなんですよね。でもちょっと強くしすぎたかもです。