第一話 最強は、退屈だった。
最強だった。
故に、退屈だった。
誰も届かない。
誰も並べない。
そんな怪物が、初めて“憧れ”を知る。
――これは、最強ですら届かなかった頂を目指す物語。
空が裂けていた。
漆黒の亀裂から現れた巨獣は、山脈ほどの巨体を持ち、咆哮だけで都市の結界を砕いている。大地は揺れ、逃げ惑う人々の悲鳴が夜を埋め尽くしていた。
王国最強の騎士団は既に壊滅。
英雄と呼ばれた魔術師たちも、巨獣の放つ黒炎に焼かれ、地に伏している。
「……化け物だ」
「終わりだ……」
誰もが絶望していた。
その時だった。
崩れた街路を、一人の青年が静かに歩いてくる。
蒼銀の髪。
白いロングコート。
氷のような蒼眼。
まるで散歩でもしているかのような足取りで、青年――ノアは巨獣を見上げた。
巨獣が咆哮する。
空気を裂く衝撃波が街を呑み込んだ。
だが。
ノアの数メートル手前で、全て停止する。
まるで見えない壁に阻まれたように。
「な……」
騎士の一人が息を呑む。
ノアは無表情のまま、淡く呟いた。
「届かない」
次の瞬間。
巨獣の首が落ちた。
何が起きたのか、誰も理解できない。
遅れて、山のような巨体が崩れ落ちる。
大地が揺れた。
静寂。
そして歓声。
「勝った……!」
「ノア様だ!」
「最強の境界使い……!」
人々は歓喜し、崇めるようにノアを見る。
だが当の本人は、巨獣の亡骸を一瞥しただけだった。
「……またか」
興味もない。
達成感もない。
強すぎるが故に、全てが退屈だった。
ノアは静かに空を見上げる。
誰も届かない。
誰も並べない。
誰も自分を超えられない。
そんな世界に、もう飽きていた。
その時。
世界が止まった。
歓声も、風も、音すら消える。
空間そのものが静止したかのような異様な感覚。
ノアだけが、ゆっくりと目を細めた。
「……お前か」
目の前に、一人の人物が立っていた。
白銀の長髪。
神秘的な白衣。
感情を感じさせない金色の瞳。
男とも女ともつかない中性的な存在だった。
「久しいね、ノア」
「誰だ」
「神話世界と現界を繋ぐ仲介者。《境界神メタトロン》――そう呼ばれている」
神。
普通の人間なら、存在するだけで膝をつく。
だがノアは興味なさそうに視線を向けるだけだった。
「で?」
「単刀直入に言おう」
メタトロンは静かに告げる。
「君は現界最強だ」
「知ってる」
「だが、神話では違う」
その瞬間。
ノアの瞳が僅かに揺れた。
メタトロンが手をかざす。
空間に巨大な光景が映し出された。
崩壊した世界。
燃え続ける空。
神々と怪物の戦争。
星を呑み込む竜。
都市を踏み潰す巨人。
現界とは次元の違う災厄。
だが。
ノアの視線が止まったのは、その中心だった。
赤。
ただそれだけで世界が燃えていた。
神話存在の軍勢が、たった一人の男から逃げ惑っている。
黒紅の外套。
赤髪。
黄金の魔眼。
男が笑った瞬間、紅蓮が世界を呑み込み、神話存在がまとめて蒸発した。
メタトロンが低く呟く。
「《紅焔魔王》アグニス=ヴェルゼリオン」
続いて映像が変わる。
黄金の帝国。
無数の神々が空を埋めている。
だが次の瞬間。
世界そのものが跪いた。
玉座に腰掛ける、一人の王。
銀灰の乱髪。
退廃的な黄金の瞳。
男が視線を上げただけで、神々が圧縮され消滅する。
「《人の王》ノクス=レガリア」
メタトロンの声には、僅かな緊張が混じっていた。
「この二柱だけは、神ですら制御できない」
静寂。
ノアは黙ったまま映像を見つめる。
そして。
初めてだった。
彼が、心の底から笑ったのは。
「……最高だ」
氷のようだった瞳に、熱が灯る。
「ようやく」
ノアは口角を吊り上げた。
「届かない奴がいるのか」
その瞬間。
退屈だった世界が、初めて色を持った。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
『最強の憧れ』第一話でした。
最強すぎて退屈していたノアが、初めて“届かない存在”を知る――そんな物語を書きたくて始めました。
これから神話世界を舞台に、
・《紅焔魔王》アグニス=ヴェルゼリオン
・《人の王》ノクス=レガリア
といった怪物たちや、ステラ達との物語を書いていけたらと思っています。
少しでも「続きが気になる」「面白そう」と思っていただけたら、
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次回からいよいよ神話世界編です。




