EP 3
村長の乙女心と、おねだり大作戦
ポポロ村広場に建設された異世界ファミレス『ルナミスキング(ルナキン)』のグランドオープンまで、あと三日に迫ったある日のこと。
村長宅のキャルルの自室では、深刻な顔をしたウサギ耳の少女が、クローゼットの中身をベッドの上にすべてぶちまけて頭を抱えていた。
「だ、だめだわ……! どれもこれも、血と汗と泥の匂いが染み付いた武闘着ばっかりじゃないの……っ!」
キャルルの目の前にあるのは、動きやすさ全振りの地味なジャージ、麻の胴着、そしてオークの返り血でうっすら茶色くなった革の胸当てなど、およそ「乙女のデート服」とは対極にある修羅の装備一式だった。
『ルナキンのグランドオープン日、村長であるキャルルと、専属医の優太が並んでテープカット(魔法の蔦切り)を行う』
それが、エリアマネージャーと交わした約束だった。
(冷徹公爵様(優太)と並んで、二人きりでファミレスのボックス席に座って……無限に出てくる甘い果実水を飲みながら、見つめ合う……。そんなの、完全に『貴婦人の恋心』の第4章、「王都の夜会デート」と同じシチュエーションじゃないっ!!)
極厚の【少女漫画フィルター】が暴走し、キャルルのウサギ耳は興奮で限界までピンッとそそり立っている。顔は茹でダコのように真っ赤だ。
(でも、こんな戦闘狂みたいな格好じゃ、優太に幻滅されちゃう! 村長として……ううん、一人の女の子として、地球の最先端の『最高に可愛いお洋服』を着て、優太をドキッとさせたい……!!)
キャルルは両手で頬をペチッと叩いて気合を入れると、意を決して部屋を飛び出した。
***
その頃、リビングでは優太が真剣な顔で、愛用の『ワスプ薙刀』の刃を砥石で丁寧に手入れしていた。
「シュッ……シュッ……。よし、いい刃こぼれの直り具合だ。これでオークの首の骨もバターみたいに切れるな」
「優太様ぁ、また物騒な独り言つぶやいてるわね。それより早く私に『からあげ』を揚げなさいよぉ」
「黙れリーザ。お前はさっき干し肉を5キロ食ったばっかりだろ」
そんな平和(?)なやり取りをしていると、リビングのドアがモジモジと開き、キャルルが内股で入ってきた。
「ゆ、優太……。今、ちょっとだけ……いいかしら?」
「ん? どうした村長。ルナキンの書類仕事で分からないところでもあったか?」
優太が顔を上げると、そこには普段の「凛々しい武闘派村長」の面影は微塵もなく、両手の人差し指をツンツンと突き合わせながら、上目遣いでこちらを見つめるキャルルの姿があった。ウサギ耳が照れ隠しのようにパタパタと揺れている。
「そ、そうじゃなくて……。あさって、ルナキンのオープン日じゃない? 私と優太、一緒に歩くじゃない……?」
「ああ。村の代表としてな。それがどうした?」
「だ、だからねっ! その……私、おめかししたいの! でも、この村には可愛い服を売ってるお店なんてないから……優太の『地球の魔法』で、私に……その……」
キャルルは真っ赤な顔でギュッと目を瞑り、一気に叫んだ。
「私に! 地球の『一番素敵で、可愛い女の子の服』を選んで、プレゼントしてほしいのっ!! 優太の、好みのやつでいいからぁぁっ!!」
「「「…………!!」」」
リビングの空気が凍りついた。
コタツから顔を出したルチアナが「ひゅーっ、青春ねぇ!」と口笛を吹き、リーザとルナが「キャルル、ついに勝負に出たわね!」とニヤニヤしながら優太の反応を窺う。
一方、突然の「おねだり」を受けた優太は、ピタッと砥石を動かす手を止め、真顔でキャルルを見つめ返した。
(……なるほど)
医学生であり、戦術とサバイバルのプロフェッショナルである中村優太の脳内で、超高速の論理的思考(※重大なバグあり)が回転し始めた。
(キャルルはポポロ村の村長だ。つまり、ルナキンのオープニングという『不特定多数の人間(ドワーフやエルフ、他国の商人など)が集まる巨大イベント』に、村のトップとして出席することになる)
優太の目が、軍師のように鋭く細められた。
(これは、地球で言えば『大統領のパレード』に等しい。もし、そこにオークの残党や、ワイズ皇国のテロリストが紛れ込んでいて、村長を狙ってきたらどうする……? そうだ、いつもの薄い武闘着では、防御力が圧倒的に足りない!!)
完全にベクトルを間違えた優太の戦術的思考が、導き出した絶対の『解』。
それは、「キャルルの命を守るための、最強の装備(お洋服)」をプレゼントすることだった。
「……分かった。お前の言いたいこと(村長としての危機管理意識)、痛いほど伝わったぞ」
優太は深く頷き、力強く言い放った。
「地球の最先端の技術が詰まった、お前に一番似合う『最高の服』を俺が選んでやる。絶対に、お前の期待(生存確率)を裏切らないものを用意するから、楽しみにしててくれ」
「ほ、ほんとっ!? うれしい……! さすが優太、冷徹だけど、本当はとっても優しくて頼りになるのね……っ!!」
キャルルは「地球のひらひらした可愛いワンピース」を想像し、感極まってウサギ耳をピンと立てながら、スキップで自室へと戻っていった。
「ふふふ、優太も隅に置けないわね。あんな可愛いおねだりされたら、男として最高のドレスを選んであげないとねぇ」
ルナが微笑ましくお茶を啜る。
「ああ。任せておけ。俺の全ポイント(GP)を注ぎ込んででも、あいつに相応しい『最強の一着』を取り寄せてやる」
優太は生体認証でホログラムパネルを開き、迷うことなく【ミリタリー・サバイバルギア】のカテゴリをタップした。
二人の間にある「巨大な認識のズレ」が、いよいよ大爆発を起こす準備が整った瞬間であった。




