EP 10
本物の歌姫爆誕と、日常(ポポロ村)への帰還
「「「ウオォォォォォォォォォォォォォッッ!!!」」」
日本武道館の天井が吹き飛ぶかのような大歓声。
リーザが最後の一節を歌い終え、完璧な投げキッスを決めた直後。まるで空気を読んだかのように、死んでいたPAシステム(音響機材)が息を吹き返し、ステージの照明が眩く点灯した。
「すごい……! 君、一体何者なんだい!?」
復旧したマイクを握りしめ、朝倉月人が興奮冷めやらぬ様子でリーザに駆け寄った。
トップアイドルである彼ですら、今のリーザの圧倒的なパフォーマンスには心を奪われていた。機材トラブルという絶望的な空気を、たった一人で、しかもアカペラでひっくり返してしまったのだから。
「ふふっ。私はただの通りすがりの、愛とキャッシュを求めるサバイバルアイドルよ♡」
リーザは鼻高々に胸を張り、月人に向かってウインクを飛ばした。
その姿が会場の巨大モニターに映し出されると、観客からさらなる悲鳴のような歓声が上がる。
「よし! ミッション・コンプリート(撤収)だ! 逃げるぞお前ら!!」
最前列の柵を飛び越え、顔面からメロンの香りを漂わせた優太がステージ脇に乱入してきた。
「えっ? 優太様!? 何で引っ張るのよ! まだアンコールが……!」
「バカヤロウ! このままここにいたら、不法侵入で警察に連行されるか、地球の芸能事務所に軟禁されるかの二択だ! オペレーション・エスケープ!!」
優太はリーザの首根っこを掴み、猛ダッシュでステージ裏の暗がりへと駆け込んだ。
「ああっ! 聖女と黒服の男が! 待って、わらわの月人くんのライブがまだ……!」
「ラスティア! トラブルは解決したんだ、あとは大人しく関係者席から観てろ!」
「いやじゃ! わらわも最前列に帰るのじゃぁぁ!」
優太は暴れる限界オタク魔王を引きずり、酔っ払ってふにゃふにゃになっているキャルルとルナを両脇に抱え、さらに秋葉原で買ってきたゲームの紙袋を下げるルチアナを蹴り飛ばしながら、武道館の裏口から九段下の夜の闇へと脱出した。
***
数十分後。
誰もいないトーキョーの路地裏で、優太は壁に背中を預け、ぜぇぜぇと肩で息をしていた。
医学生の体力と、元SEALs教官直伝のCQBの技術をすべて『厄介な身内の撤収作業』に使い果たしたのだ。
「……ハァ、ハァ……。まったく、どいつもこいつも……」
優太はポケットからスマートフォンを取り出し、画面を開いた。
日本のSNS(Xなど)のタイムラインは、すでに異常なことになっていた。
トレンドの1位から5位までを、【#武道館ジャック】【#謎の美少女】【#LOVEandMoney】【#朝倉月人ライブ】【#ガチの神レイヤー乱入】というワードが完全に独占している。
「あーあ。完全に地球の歴史に爪痕残しやがって……」
「ねぇ、優太様ぁ」
路地裏の隅で、リーザが不満そうに頬を膨らませていた。
「どうした。歴史的な大ライブを成功させて、満足しただろ?」
「歌は完璧だったわ。でもね……誰も、ステージに『銀貨(100円玉)』を投げてくれなかったの!! ドワーフのおじさんたちみたいに、どうして物理的なお布施をしてくれないのよぉ!!」
リーザは頭を抱えて地団駄を踏んだ。
そう、ここは現代日本である。アイドルのライブでステージに小銭を投げつけるなどという野蛮な(あるいは粋な)文化は存在しない。ファンはチケット代やグッズでお金を落とすのだ。
「……アホか。日本のライブは投げ銭制じゃねぇんだよ。お前のあの熱唱、完全に『無給のボランティア』だぞ」
優太が冷酷な事実を告げると、リーザは「ウソォォォォォォッ!!?」と路地裏に絶叫を響かせた。
「ふふっ。でもリーザちゃん、凄くカッコよかったわよ。わらわ、もしお主が魔界でグッズを出したら、痛バッグが作れるくらい買って(課金して)やるぞ」
すっかり満たされた顔の魔王ラスティアが、大量の月人グッズを抱えながら優しく微笑んだ。
「本当!? 言質取ったわよ! 今すぐ私の等身大アクリルスタンドと、抱き枕カバーを発注しなさい!!」
現金すぎるアイドルの復活に、優太はやれやれと首を振った。
「さーて、地球も満喫したし、そろそろ帰るわよー」
ルチアナが空間に指で四角い枠を描くと、路地裏のコンクリートの壁が、見慣れた『コタツ部屋のふすま』へと変化した。
「はぁ……。二度と、お前らみたいな爆弾抱えてトーキョーなんか来るか……」
優太がふすまを開けると、そこはむせ返るようなアスファルトの匂いではなく、木々と土の匂いがする、アナステシアの世界。
ポポロ村の、村長宅のリビングだった。
「ただいまー! あー、やっぱり村の空気が一番ねぇ」
ルチアナがそのままコタツに潜り込み、買ってきた乙女ゲーのパッケージを開け始める。
「むにゃむにゃ……優太……カレー、おかわり……」
「公爵様……おやすみなさい……♡」
ルナとキャルルは、限界を迎えてそのままリビングの絨毯の上でスヤスヤと眠りに落ちてしまった。
「……よし。帰還完了。そして、俺のポイ活ライフも、明日から通常営業だ」
優太はリュックを下ろし、未だにメロンカクテルの匂いがこびりついている自分の服の匂いを嗅いで、小さく笑った。
理不尽で、ハチャメチャで、命がけで、そして――とびきり騒がしい異世界サバイバル。
中村優太とポンコツな仲間たちのポポロ村での日々は、これからも終わる事なく続いていく。
――【第3章:逆転移!トーキョー・武道館ジャック編】 完 ――




