EP 3
アル中女神のダウジング
鬱蒼とした森の中を、不機嫌極まりない足音が二つ進んでいく。
一つは、周囲を鋭く警戒し、手には血塗られた一升瓶を握りしめる医学生・中村優太の靴音。
もう一つは、ズルズルと健康サンダルを引きずって歩く、芋ジャージ姿の創造主の足音だ。
「あー……酒ぇ。お酒飲みたい。あとタバコ吸いたいよぉ。私のピアニッシモ・メンソールどこぉ……」
ルチアナはゾンビのようにフラフラと歩きながら、この世の終わりのような声で愚痴をこぼし続けていた。
「うるさいぞ駄女神。さっきからそればっかりじゃないか」
「だってぇ! ラスティアちゃんと居酒屋で焼き鳥食べる予定だったのに! 突然こんな森の奥に飛ばされて、ニコチンもアルコールも切れてきたし……肌荒れしちゃう!」
「誰のせいだと思ってんだ。お前が変なガラポンなんか引かせるからだろ」
優太は呆れ果ててため息をついた。
サバイバルの基本は、まず安全な拠点と水、そして情報の確保だ。こんな得体の知れない魔物が出る森に長居するのは、戦術的に下策すぎる。
「いいから、人がいる場所を探せ。お前、この世界を作った女神なんだろ? マップ機能とか、人類探知スキルみたいなのがあるはずだろ」
優太が当然の要求を突きつけると、ルチアナはピタリと足を止め、くるりと振り返った。
そして、最高に人を小馬鹿にしたようなドヤ顔を浮かべた。
「ふっふっふ。そんな便利な能力、私にあるわけないもんねぇ〜! 私は三すくみのシステムを維持するだけの仕事だから、個別のGPS機能なんて付いてませーん! 残念でちたー!」
「……このあま」
優太の額に青筋が浮かぶ。
手にした一升瓶の底で、このムカつく女神の頭をカチ割ってやろうかと本気で殺意が湧いた、その瞬間だった。
「……ハッ!!」
ルチアナが突如、雷に撃たれたように目を見開いた。
そして、犬のようにクンクンと鼻をヒクつかせ、風下に向かって全神経を集中させ始めたのだ。
「……おい、どうした?」
「酒だ……!」
「は?」
「酒の匂いがするッ!! しかも、このツンとくるアルコールの匂い……間違いない、庶民の味方『芋酒』の熱燗の匂いよ!!」
ルチアナの瞳に、ゴブリンに遭遇した時とは全く違う、ギラギラとした野獣のような光が宿った。
「何!? お前、そんな遠くの匂いが分かるのか!?」
「アルコールとメンソールの匂いだけは、半径10キロ圏内なら嗅ぎ分けられるわ! あっちよ! 飲み屋があっちで私を呼んでる!!」
ドバァァァンッ!!
さっきまで「歩けないぃ」と泣き言を言っていた芋ジャージの女が、オリンピック選手もかくやという猛ダッシュで森の中を駆け出した。健康サンダルが土を蹴り飛ばし、凄まじい土煙が上がる。
「おい待て! 罠かもしれないだろ! クリアリングもせずに突っ込むなバカ女神!!」
優太は慌ててリュックを抱え直し、一升瓶を片手にその後を全力で追った。
***
「はぁ、はぁ、はぁ……っ!」
ルチアナの異常な嗅覚(アル中ダウジング)に導かれ、森を抜けた優太の視界がパッと開けた。
そこにあったのは、見渡す限りの広大な畑。青々とした『陽薬草』や、丸々と太った『月見大根』が植えられ、その奥には素朴ながらも活気のある家屋が立ち並んでいた。
煙突からは、出汁の効いた煮込みおでんの香りと、ルチアナが言っていた「芋酒」の芳醇な香りが漂ってくる。
ルナミス帝国、ワイズ皇国、レオンハート王国。
三国が睨み合う緩衝地帯に位置する奇跡の村――『ポポロ村』に、優太たちは到着したのだった。




