EP 9
武道館ジャック!伝説の『LOVE&Money』熱唱と熱狂の渦
音が消えた日本武道館。
数万人の困惑と静寂の中、マイクを捨てた魚人族の少女・リーザは、美しく通る声で高らかに宣言した。
「さあ! 音楽が止まったなら、私が歌うわ! アタシと一緒に愛を叫んで!」
伴奏はない。PAのスピーカーも死んでいる。
しかし、リーザがステップを踏み、手拍子を煽ると、そのリズムは不思議な魔力(魚人族特有の共鳴効果)を帯びて、すり鉢状の武道館全体へと波及していった。
パンッ! パンッ! パパンッ!
最初は戸惑っていた数万人の観客たちが、リーザの堂々たるパフォーマンスに引っ張られ、無意識に手拍子を合わせ始める。
会場の空気が一つになった瞬間、リーザは極上の笑顔を弾けさせ、武道館の天井を突き破るような声量で歌い出した。
「♪愛! アイ! 愛! アイ! ラ〜ブラブ!」
圧倒的なソプラノボイス。マイクを通していないとは思えないほどの音圧が、観客の鼓膜を心地よく震わせる。
「さあ、そこの男の子も女の子も! 大きな声で!」
リーザが客席を指差して煽ると、アイドルのライブで鍛え抜かれたファンたちが、反射的に合いの手を返した。
「(Fu Fu!)」
「♪マネー! マネ! ローン! ダーリン! グ!」
「(Yeah!!)」
武道館が揺れた。謎の乱入者の歌う、あまりにも現金すぎる歌詞に、会場のボルテージが一気に爆発したのだ。
「♪朝に目覚ましがなったわ(ジリリリ!)
♪私はまだ眠いわ(おはよー!)
♪朝シャンしなきゃ(Fu!) 朝メニュー食べなきゃ(パクパク!)
♪鏡の前で メイクをしなきゃ(魔法をかけて〜!)」
ステージ上を所狭しと駆け回りながら、完璧なステップで歌い踊るリーザ。
その横で立ち尽くしていた朝倉月人も、プロのアイドルとして彼女の底知れぬ才能に戦慄していた。
(なんだこの子……!? 伴奏もマイクもないのに、たった一人で数万人の空気を完全に支配している……! これが、本物の『天才』……!)
「♪さぁショーの始まりよ(It’s Show Time!)
♪のんびりな私は 1LDKに置いて行くわ(バイバイ!)
♪扉を開ければ 私が主人公」
リーザがアリーナ席に向かってバチン! とウインクを飛ばすと、最前列付近のファンたちが狂ったように叫んだ。
「オ・レ・の! アイドルー!!」
「あいつ……完全にトーキョーのオタクどもを手懐けやがった……!」
最前列の柵にしがみつきながら、顔面からメロンアイスの匂いを漂わせる優太は、ただただ呆然とステージを見上げていた。
その横では、気絶から復活した魔王ラスティアが「おおおっ……! 月人くんのステージを救う聖女が現れたぞ!」と、バルログ持ちのペンライトをリーザに向けて振り回し始めている。
「♪今日も私の為に世界が動く(まわって! まわって!)
♪全て上手くいくわ(絶対!)
♪愛も富も一つの物(どっちもちょーだい!)
♪ダイヤが欲しい♪ 土地も欲しい♪(Want You! Want You!)」
サバイバルで培われた圧倒的な強欲さが、逆に「清々しいほどのアイドル性」として観客の心を鷲掴みにする。
『貴方の愛で生きていける』と歌い上げるリーザの姿は、まさしく女神だった。
「♪だから私は 銀河の果てまで歌って行けるわ
♪だから、何処までもついて来てね♡
(一生ついていくよー!!)
♪ダーリン!(チュッ♡)」
武道館に数万人の野太い歓声が轟く。
「リーザちゃん最高ー!!」
「口座番号教えてー!!」
もはや誰も、PAトラブルのことなど気にしていない。
リーザがCメロで「綺麗なドレスも ガラスの靴も 維持費がかかるのよ」と少しだけ切なげに(ルナミス帝国での極貧生活を思い出しながら)歌うと、会場からは「そうだー!!」という地鳴りのような同情と共感のコールが湧き上がった。
「だから……もっともっと、愛して(課金して)ね? 覚悟はいい?」
リーザが挑発的に微笑むと、武道館のボルテージは最高潮に達した。
「♪世界中が私の為に愛を叫ぶ(まわって! まわって!)
♪全部抱きしめるわ(最強!)
♪愛も富も同じ輝き(どっちも本物ー!)
♪ダイヤも株も♪ 土地も愛も♪(All Need! All Need!)
♪貴方の全て(人生)を背負って生きていける(Fuuu〜!)」
ラストフレーズ。
リーザはステージの中央で、天高く右手を突き上げた。
「♪だから私は 銀河の果てまで歌って行けるわ
♪だから、何処までもついて来てね♡
(一生ついていくよー!!)
♪ダーリン!(チュッ♡)」
チャリーン♪
リーザの投げキッスと共に、誰もいないはずのステージに、幻聴のように美しい小銭の音が響き渡った(気がした)。
「「「ウオォォォォォォォォォォォォォッッ!!!」」」
日本武道館の屋根を吹き飛ばさんばかりの、割れんばかりの大歓声。
マイクを持たない一人の少女が、数万人の観客の心と、そして日本のエンターテインメントの歴史を、その手で完全に『ジャック』した瞬間であった。
「……はぁ。アイドルのプライドを捨てたとか言ってたが……結局お前は、どこにいてもアイドルなんだな」
歓声の渦の中。優太はメロンまみれの顔を少しだけ拭いながら、ステージ上で誇らしげに微笑む同居人を見て、ほんの少しだけ口角を上げた。




