EP 7
朝倉月人ライブ開演! 響き渡る魔王の絶叫と確定ファンサ
日本武道館を包み込んでいたBGMが、ふっと途切れた。
同時に、会場内の照明が完全に落ち、数万人の熱気だけが暗闇に取り残される。
数秒の静寂。
そして――鼓膜を震わせる重低音と共に、ステージ中央に強烈なスポットライトが突き刺さった。
「Are you ready, TOKYO――!!」
ポップアップ(跳ね上げ装置)でステージに勢いよく飛び出してきたのは、スパンコールが輝く純白の衣装に身を包んだ、国宝級の美青年。
トップアイドル、朝倉月人(20)その人であった。
「「「キャァァァァァァァァァァァァァッ!!!」」」
武道館が揺れた。物理的に揺れた。
数万人のファンの絶叫が、音の暴力となってアリーナ席に降り注ぐ。
だが、その中でも一際異彩を放ち、周囲の空気を歪ませるほどの咆哮を上げた者が最前列にいた。
「月人くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅんッ!! アァァァァァァッ!! 尊い! 尊いぞぉぉぉぉぉッ!!」
魔王ラスティアである。
彼女の両手に握られた計十数本のペンライト(バルログ持ち)が、凄まじいスピードで宙を舞っていた。それはかつて勇者を圧倒した魔王の『双剣の絶技』を彷彿とさせる、残像が残るほどの完璧なオタ芸だった。
「生きておる! わらわの数メートル先で、月人くんが呼吸をしておる! 汗を流しておる! 嗚呼、世界よありがとう! 創造主よ、これだけは感謝してやるぞぉぉっ!!」
「うるせぇ! 鼓膜が破れる! 少しは自重しろ魔王!!」
メロンアイスの匂いを漂わせる優太が、耳を塞ぎながら怒鳴る。しかし、限界オタモードに入った魔王の耳に、医学生のツッコミなど届くはずもない。
ステージ上では、月人がバックダンサーを従え、キレのあるダンスと共にヒット曲を熱唱していた。
ターンを決めるたびに、衣装の裾がふわりと舞い上がり、チラリと引き締まった腹筋が覗く。
「ひぇっ……!? ふ、腹筋! 抱き枕カバーと同じ、本物の生腹筋じゃ……!!」
ラスティアは鼻血を吹き出しそうになりながら、アリーナ最前列の柵に前のめりで身を乗り出した。
そして、運命の瞬間が訪れる。
曲の間奏、月人がステージの端――まさにラスティアたちがいるアリーナ最前列の目の前まで走ってきたのだ。
月人は、最前列で異様なオーラを放つ「立派な角を生やした、ものすごく顔の綺麗な、痛バッグとペンライトのフル装備の女性」に気づいた。
(すごい気合いの入ったコスプレのファンだな……)とプロのアイドルとして感心した月人は、ニッと完璧な笑顔を作り、ラスティアの目を真っ直ぐに見て、バチン! とウインクを決めた。
さらに、指でピストルを作って、彼女のハートを撃ち抜く仕草(バーン!)を放ったのである。
俗に言う『確定ファンサ(自分だけに向けられたファンサービス)』である。
「…………ッ!!??」
その瞬間、ラスティアの動きがピタッと止まった。
目を見開き、口をパクパクとさせている。
「おい、どうした? 息してないぞ」
優太が訝しげに見上げた次の瞬間。
「ゴホォッ!!」
ラスティアが、あまりの尊さに耐えきれず、目を見開いたまま後ろへパタリと倒れ込んだ。
それだけではない。彼女の身体から、漆黒と真紅が混ざり合った『絶望の魔力』が、制御を失って間欠泉のように噴き出し始めたのだ。
「月人くんの……わらわへの、確定、ファンサ……。ああっ、我が生涯に、一片の悔いなし……!!(昇天)」
「バカヤロウ! ここで魔力暴走させる気か! 日本沈没するぞ!!」
優太は慌ててラスティアに馬乗りになり、元SEALs教官直伝の関節技で彼女の動き(と魔力の放出)を物理的に封じ込めようと必死に格闘を始めた。
「んんぅ……優太ぁ……お祭り、始まったのぉ……?」
「うるさいわねぇ……冷徹公爵様は、今お仕事中よぉ……」
「むにゃむにゃ……牛串、もう一本……」
さらに厄介なことに、凄まじい歓声と魔王の絶叫で、酔っ払っていたキャルル、ルナ、リーザの三人が、ふらふらと目を覚まし始めてしまった。
(くそっ……! 魔王の制圧と、酔っ払いの介護! どっちの手も足りねぇ!)
優太が武道館の最前列で一人地獄を見ている、まさにその時だった。
『プツンッ』
ステージ上の照明が、突如として不自然に明滅した。
そして、月人のマイクを通した歌声と、大音量で流れていたバックトラックの音楽が、完全に途絶えたのである。
「「「……えっ?」」」
数万人のファンが息を呑む。
ステージ上の月人も、イヤモニ(インイヤーモニター)を押さえ、機材スタッフの方を向いて困惑の表情を浮かべていた。
PAシステム(音響機材)の完全なブラックアウト。
数万人の熱狂が渦巻くライブ会場において、音が消えるということは、暴動にも繋がりかねない致命的なトラブルだった。
ざわ……ざわ……と、武道館の空気が不安と混乱に包まれ始める。
「……あら?」
その異様な静寂の中。
千鳥足で立ち上がった魚人族のアイドル・リーザが、ステージ上で困り果てている美しい青年(月人)と、静まり返った数万人の観客席を見渡して、ニヤリと笑った。
「こんなにたくさんの『お客さん』の前で、誰も歌ってないなんて……もったいないわね」
野生のエンターテイナーの血が、アルコールによって完全にリミッターを解除された瞬間であった。
最高のライブの熱狂から一転、絶体絶命の機材トラブル!
そして、空腹と小銭のためにプライドを捨てた『最強のサバイバルアイドル』リーザの目が完全に座りました。




