EP 4
涙の焼肉食べ放題と、医学生の愛した鶏肉
「す、涼しいぃぃぃ……! なにこれ、氷の精霊の結界!?」
「生き返るわぁ……ガリガリ君なくても生きていける……」
コミケ会場での「神レイヤー騒動」から逃げるように撤退した異世界御一行は、有明近くのビルに入っている『焼肉食べ放題』のチェーン店へと避難していた。
ガンガンに効いた冷房と、換気扇が吸い込む甘辛いタレと脂の焦げる匂い。
長らく異世界のサバイバル生活を強いられていた優太にとって、そこはまさに現代日本のオアシスだった。
「いいかお前ら、ここは『食べ放題』だ。制限時間内なら、この端末で頼めば、魔術のように無限に肉が出てくるぞ」
優太がルールを説明した、次の瞬間。
『ピピッ! ピピッ! ピピピピピピピッ!!!』
「タン塩! タン塩! タン塩!!」
野生のサバイバルアイドル・リーザが、凄まじい連打速度でタッチパネルの『ネギ塩牛タン』の画像を叩きまくっていた。その目は完全に血走り、獲物を狙う肉食魚のそれである。
「おいリーザ! タン塩連打はやめろ! エラー吐くだろ! ちゃんと裏の厨房で切ってんだから必ず来るから!!」
優太が慌ててパネルを取り上げる。
「だって! こんな薄くて綺麗なお肉、ルナミス帝国の貴族の宴でも見たことないわ! 早く! 早く私の胃袋にタン塩を!!」
リーザが網の上でトングをカチカチと鳴らして威嚇している横で、すでにジョッキを傾けている女がいた。
「ゴクゴクゴクッ……、プハァーーッ!!」
芋ジャージ姿のルチアナが、ジョッキに付いた水滴を拭いもせず、新橋のサラリーマンのような完璧な所作で喉を鳴らした。
「くぅ〜っ! やっぱりキンキンに冷えた地球のビールは最高ね! 世界樹の朝露とかやってられないわ! 店員さぁん! 生ビールおかわり!!」
「駄女神、お前まだ昼間だぞ……」
優太が頭を抱えていると、今度は通路側から、妙に甘ったるい、聞き慣れない猫撫で声が響いてきた。
「店員さぁん♡ 壺付けハラミ、下さぁい♡」
ビクッ!? と優太の背筋が跳ね上がる。
声の主は、月影流の武闘派ウサギこと、村長キャルルだった。
彼女は両手で顔を包み込むようなあざといポーズを取り、上目遣いで店員に微笑みかけている。完全に『貴婦人の恋心』の令嬢モード(少女漫画フィルター)が抜けきっていないのだ。
「キャルル……お前、キャラが崩壊してるぞ。お前が壺付けハラミなんて頼んだら、壺ごとオークの頭に叩き込みそうに見えるんだが」
「もぉっ、優太の意地悪っ♡ 私だって、たまにはガッツリお肉を食べて、冷徹な公爵様(優太)にエスコートされたいのよっ♡」
「ダメだこいつ、早く脳のCTスキャン撮らないと」
ドンッ、ドンッ、と次々に運ばれてくる極上の肉たち。
「おおっ! 網の上に肉を乗せると、音が鳴るぞ! 月人くんのライブの特効みたいじゃ!!」と魔王ラスティアもトング片手にはしゃぎまくっている。エルフのルナは「このサンチュという葉っぱ、マナが豊富ね」と謎の草食動物ムーブをかましていた。
カオス極まるテーブル。
だが、優太は騒ぐ彼女たちをよそに、一人、網の隅の最も火加減の安定した『特等席』を陣取っていた。
そこに彼がトングで優しく、まるで赤子を扱うようにそっと乗せたのは――『鶏モモ肉』であった。
ジューゥゥゥゥゥッ……。
「……ああっ」
皮の面からじっくりと焼き上げ、溢れ出す黄金色の脂。
異世界アナステシアでは、トライバード(三徳鳥)などのパサパサした野鳥の肉や、シープピッグ(綿豚)ばかりだった。
優太は、こんがりとキツネ色に焼き上がった鶏肉を、塩ダレに軽くバウンドさせ、熱い白飯の上にワンクッション置いてから、口へと運んだ。
プリッとした弾力。噛み締めた瞬間にジュワッと溢れ出す、圧倒的に優しく、そして力強い『鶏の旨味』。
牛肉のような暴力的な脂ではない。毎日食べても決して飽きることのない、彼が心の底から愛してやまない、地球の鶏肉の味。
「……う、うまい……」
ぽろっ。
医学生・中村優太の頬を、一筋の美しい涙が伝い落ちた。
オークの群れに囲まれても、純金で経済が崩壊しても決して泣かなかった男が、ただ一切れの鶏モモ肉を前にしてむせび泣いているのである。
「ちょっと優太、なんで鶏肉なんかで泣いてるのよ? こっちのカルビ食べなさいよ」
「うるせぇ……! お前ら異世界人には、この地球の鶏肉の……圧倒的な『安心感』と『完成度』が分からねぇんだよ……!! 鶏肉こそ、至高にして究極なんだよォォッ!!」
涙ながらに鶏肉への愛を叫び、さらに追加の『鶏セセリ』と『鶏ハラミ』をパネルで連打する優太。
かくして、真夏のトーキョーの焼肉店で、タン塩の亡者、アル中女神、恋するウサギ、限界オタク魔王、そして鶏肉に涙する医学生という、店員からすれば「絶対に触れてはいけないヤバい客のテーブル」が完成したのであった。




