EP 10
平和(?)な村と、忍び寄る魔王の推し活(聖地巡礼)
「あぁぁぁぁっ……! 胃袋に、スパイシーな幸せが染み渡るぅぅぅ……っ!!」
ポポロ村の村長宅。
数日ぶりに厨房から漂ってきた『特製バターチキンカレー』の暴力的な香りに、魚人族のアイドル・リーザが感動の涙を流しながら深皿を舐め回していた。
『ピロリン♪ 飢餓状態の生命を救済しました。+500 GP』
「よし。これで今日のポイント稼ぎ(ポイ活)も完了、と」
優太はホログラムパネルの数字が増えるのを確認し、満足げにコーヒーを啜った。
魔王ラスティアの権力による強引な市場介入から数日。
ポポロ村は完全に本来の物価を取り戻し、平和なスローライフが帰ってきていた。優太の地球ショッピングも生体認証ロックのおかげでルチアナに横領される危険はなくなり、安全なポイント運用が可能になっている。
「優太ぁ……私のビジネスが、私の不労所得がぁ……」
コタツ部屋から這い出してきた芋ジャージの駄女神・ルチアナが、恨めしそうに優太のパーカーの裾を引っ張る。
「自業自得だ。お前は一生、大人しくこのコタツでカップラーメンでも啜ってろ。……ん? どうしたキャルル、そんなところで」
優太がふと視線を向けると、リビングの入り口の壁から、ピンと立ったウサギ耳と、真っ赤に染まったキャルルの顔が半分だけ覗いていた。
「ひゃうっ!? み、見てないわよ! 冷徹公爵様(優太)が、コーヒーを飲む横顔の顎のラインが素敵だなんて、これっぽっちも思ってないんだからっ!」
キャルルは胸に『貴婦人の恋心』の文庫本を強く抱きしめ、バタバタと足音を立てて再び自分の執務室へと逃げていってしまった。
「……あいつ、まだあの本に毒されてるのか? 医者として、ちょっと本気で脳の検査をした方がいいかもしれないな」
優太が真剣に首を傾げていると、庭からネギオ(長ネギの樹人)が呆れたように声をかけてきた。
「やれやれ、この村の女どもはどいつもこいつも世話が焼けるな。だが優太、貴様のあの魔王を手玉に取った交渉術……見事だったぞ。これで当分、この村は安泰だ」
ネギオの言う通りだった。
ルナミス帝国、ワイズ皇国、レオンハート王国の三国が睨み合う緩衝地帯でありながら、今のポポロ村には豊富な食料があり、最強の自警団(ネギオと優太)がおり、さらには『魔王軍が経済を保護している』という絶対的な後ろ盾までできてしまったのだ。
「ああ。これでようやく、静かに医者の勉強ができそう――」
優太が息をついた、その時だった。
背筋を、ゾクリと冷たい悪寒が駆け抜けた。
「……? なんだ、今の悪寒は……」
***
その頃。
アナステシア世界の最北端、ワイズ皇国を脅かす絶対悪の拠点――『魔王城』の最深部にて。
「あああっ……! 月人くん……っ! なんて儚く、そして妖艶な腹筋なのじゃ……っ!!」
玉座の間。
本来なら四天王が平伏し、血の池が煮えたぎるような恐ろしい場所であるはずのその空間は、今や完全に**『朝倉月人(20)のファンシーな推し活部屋』**へと変貌を遂げていた。
魔王ラスティアは、優太から巻き上げた『等身大抱き枕カバー』に頬ずりをし、直筆サイン入り写真集を白い手袋(防汚対策)をはめた手で一枚一枚、震えながらめくっていた。
「尊い……。この尊さを前にすれば、人間どもを滅ぼすなどという矮小な野望、どうでもよくなってくるわ……」
ラスティアはうっとりとため息をつき、そしてハッと顔を上げた。
「待てよ……。あの黒い服の男(優太)は、これを『独自のルート』で手に入れたと言っておったな? つまり、あのポポロ村という辺境の地には、わらわの知らない月人くんの『未知のグッズ(新規絵アクリルスタンドやファンクラブ会報など)』が、まだ眠っている可能性があるということではないか……!?」
魔王の瞳に、ギラリと狂気(オタク特有の探求心)の光が宿る。
「四天王を呼べ!!」
ラスティアの号令に、恐ろしき四人の魔将が玉座の間に平伏した。
「ハッ! いよいよ人間界への総攻撃でございますね、ラスティア様!」
「我ら四天王、血の海を築く準備はできております!」
魔将たちが殺気を放つ中、魔王ラスティアはバッとマントを翻し、威風堂々と宣言した。
「違う! これよりわらわは、ポポロ村へ『聖地巡礼(推し活グッズの買い付け)』に向かう!! 貴様らは留守番じゃ!! カバンの用意をせよ! あと、痛バッグ(グッズを大量に付けた鞄)を作るための安全ピンを大量に買ってこい!!」
「「「…………は?」」」
かくして。
平和を取り戻したはずのポポロ村に向けて、月人くんの新規グッズを求めて血走った目をした『絶対魔王』が、凄まじい勢いで迫りつつあった。
中村優太の胃穴が物理的に開く日は、そう遠くない。
――【第2章:ポポロ村経済危機&アイドル激闘編】 完 ――




