EP 3
スポンサーの資金凍結と、飢えるアイドルのみかん箱
その日、ポポロ村の広場は異様な熱気に包まれていた。
「えっさ、ほいさっ! そこ、もう少し右! 傾いてるわよ!」
「へいへい。人使いの荒いお嬢ちゃんだぜ」
広場の中央で、村の若者たち(主にオーク戦で優太に助けられた自警団の面々)が、リーザの指示で大量の『みかん箱』に似た木箱を積み上げ、即席のステージを組み上げていた。
手伝っている若者たちは、魚人族特有の透き通るような美貌と、無駄にキラキラした瞳で「お願い♡」と頼み込まれ、デレデレと鼻の下を伸ばしている。
「よしっ! 完璧なセンターステージね!」
組み上がったみかん箱ステージの上に立ち、リーザは腰に手を当てて満足げに頷いた。
その服装は、親善大使としてシーラン国を出発した時の豪奢なドレスなどではない。ルナミス帝国での過酷なホームレス生活(ポイ活)を生き抜くために最適化された、動きやすさ重視のラフなチュニックと短パンだ。
「リーザ、あんた何やってんのよ」
騒ぎを聞きつけて広場にやってきた村長キャルルが、呆れ顔で声をかけた。その後ろには、呆れを通り越して頭痛を堪えている優太の姿もある。
「何って、見ればわかるでしょ! ライブよ、ゲリラライブ! 私の熱きソウルとエンターテインメントで、この村の経済(主に私の胃袋)を回すのよ!」
「……お前、ルナミス帝国で完全にアイドルブームが去って、炊き出しに並んでたって話じゃなかったか?」
優太が冷たくツッコミを入れる。
「うるさいわね優太様! アンタがカレーの配給を止めるからいけないのよ! 私は飢えを凌ぐためなら、ルナミスマートの試食コーナーの爪楊枝を極めたこの腕で、なんだってやってみせるわ!」
リーザはビシッと優太を指差し、血の涙を流さんばかりの勢いで叫んだ。
その悲壮感漂う決意に、キャルルはウサギ耳をペタンと下げて同情の眼差しを向けた。
「可哀想に……。お腹が空きすぎて、昔の栄光(親善大使)にしがみつくしかなくなっちゃったのね。いいわ、私も村長として、少しだけお布施(差し入れ)を準備してあげる」
「キャルルぅぅ! さすがは元シェアハウス仲間! 愛してるわ!」
キャルルの同情を「ファンからの熱い声援」と脳内変換し、リーザはみかん箱の上でガッツポーズを決めた。
しかし、現実は厳しい。
ポポロ村の住人は素朴な農民や牧畜民がほとんどだ。「アイドル」という概念すら定着していないこの村で、いきなり歌って踊ったところで、ルナミス帝国のように投げ銭が飛んでくるわけがない。
「おいリーザ。まさかお前、あの『五円!五円!』って連呼する金に汚い歌(絶対無敵スパチャアイドル伝説)を歌う気じゃないだろうな? 村の衆はドン引きするぞ」
優太がワスプ薙刀の柄で肩を叩きながら忠告する。
「ふふん。甘いわね優太様。私がそんなマーケティングリサーチもせずにステージに立つとでも?」
リーザは不敵な笑みを浮かべ、ステージの上から広場の隅を指差した。
そこには、村の鍛冶場に武器の買い付けに来ていた、数人の『ドワーフの行商人』たちが酒盛りをしている姿があった。
「あのドワーフのおじ様たち……彼らは村一番の金ヅル(太客)よ。彼らの心と財布の紐をこじ開けるには、小綺麗なアイドルの歌なんて無意味。必要なのは、魂を揺さぶる『圧倒的な宴会芸』なのよ!」
「宴会芸……?」
優太の嫌な予感が加速する。
「ええ。私がルナミス帝国の場末の居酒屋で、おっちゃん達から焼き鳥を恵んでもらうために極めた、究極の捨て身のパフォーマンス……今こそ、封印を解く時が来たわ!」
リーザはゴソゴソとポケットを探り、ルナミス帝国で拾い集めた『5円玉(日本円)』を二枚、取り出した。
「まさかお前……アイドルのプライドを……」
優太が止める間も無く。
リーザは、その美しく整った顔の『両の鼻の穴』に、躊躇いなく5円玉をブスリと押し込んだ。
「ふんごっ! ……よし、セット完了!」
鼻の穴が5円玉で完全に拡張され、アイドルとして終わった顔面(変顔)が完成する。
さらに彼女は、両手で自身のお腹をパーン! と勢いよく叩いた。
「さあ! ポポロ村の愛すべき村人たち、そして金払いの良さそうなドワーフの旦那衆! 世紀のエンターテイナー・リーザが贈る、腹の底からのソウル・ミュージック! 聴いてちょうだい!」
みかん箱の上の、鼻に5円玉を詰めた美少女。
ポポロ村の広場が、かつてない異様な熱狂(とドン引き)の渦に包まれる、伝説のライブの幕が上がった。




