EP 2
駄女神の密輸ビジネスと、凍結されたカレー配給
「ぎゃああああ! 痛い痛い! 腕が折れるぅ! 神の腕が折れちゃうぅぅ!」
村長宅のコタツ部屋。
ヨレヨレの芋ジャージを着た創造主・ルチアナは、畳の上でうつ伏せにされ、優太から完璧なフォームの『アームロック(関節技)』を極められていた。
元SEALs教官直伝のCQBは、対オーク戦だけでなく、身内の駄女神を制圧するのにも極めて有効だった。
「吐け。俺がオークの死闘と大手術で稼いだ5万ポイントで、お前は何を企んでいた」
優太がギリッと腕を絞り上げると、ルチアナは涙目で畳をバンバンと叩きながらタップした。
「ギブ! ギブ! 投資よ! これはポポロ村と私の未来を見据えた、極めて健全なビジネスモデルなのよぉ!」
「健全なビジネスモデルだと? 百均のライターと、地球のアイドルグッズが?」
優太が冷たく問い詰めると、ルチアナは痛みに顔を歪めながらも、ドヤ顔で熱弁を振るい始めた。
「いい、優太? アナステシア世界の火起こしは、火打石か魔法が基本でしょ? ドワーフのオヤジどもにこの『百均のライター』を見せてごらんなさい。『魔力ゼロで百発百中着火する、オーバーテクノロジーの魔導着火具』として、原価100円のものが1万円で売れるのよ!」
「……転売じゃねぇか」
「人聞きの悪い! 貿易と言いなさい! それにこっちの段ボール! 地球の男性アイドルグループの『初回限定盤アクリルスタンド付きDVD』! 魔族の国の魔王ラスティアちゃんは、これの熱狂的なファンなの! これを横流しすれば、あの子はワイズ皇国の国庫予算(軍事費)を横領してでも、金貨の山を積んで買い取るわ!」
ルチアナは鼻息を荒くして言い放った。
「三すくみでチマチマ戦争させるより、こっちの密輸ビジネスの方がよっぽど儲かるもん! 世界平和にも繋がるわ!」
「お前のせいで魔王国の財政が崩壊するだろうが!!」
優太は呆れ果ててルチアナを解放し、深くため息をついた。
創造主が自らシステムの穴を突き、異世界の経済バランスを『推し活グッズ』と『百均のライター』で破壊しようとしているのだ。
「……いいだろう。お前の邪悪なビジネスの全貌は分かった。だがな、一番の問題はそこじゃない」
優太はホログラムパネルを展開し、冷酷な声でシステムに命じた。
「システム。管理者権限を上書きしろ。『地球ショッピング』の購入承認を、俺の網膜と指紋の【生体認証ロック】に変更。今後、俺以外の第三者からの遠隔アクセスとポイント使用を永久に凍結する」
『ピロリン♪ 生体認証を登録しました。以降、中村優太様以外のアクセスを完全遮断します』
「あぁっ!? ちょ、待って! それやられると私のソシャゲの課金も……私のエステ代がぁぁ!」
絶望して畳を転げ回るルチアナを放置し、優太は冷酷にふすまをピシャリと閉めた。
これで駄女神の横領は防げる。だが、使われた5万ポイントは戻ってこない。
***
「……というわけで、リーザ。誠に遺憾だが、今夜から『特製バターチキンカレー』の配給は無期限でストップだ。スパイスを買うポイントがない」
ダイニングテーブルに戻った優太が非情な宣告を下すと、コーヒーのおかわりを待っていたリーザの手から、ポロリとマグカップが滑り落ちた。
「……え?」
「だから、ポイントがないんだ。村の食材を分けてもらうことはできるが、俺の料理の要である地球の調味料が出せない。カレーも、炒飯も、肉椎茸のガーリックソテーも、当分は作れない」
「アァァァァァァァァァァァッ!!?」
リーザが、この世の終わりのような悲鳴を上げて膝から崩れ落ちた。
魚人族の美しき瞳から、滝のような涙が溢れ出す。
「嘘よ……嘘だと言って優太様! 私の、パンの耳と雑草サラダしかなかったモノクロの人生に、色彩とスパイスを与えてくれたじゃない! これから私は、一体何を希望に生きていけば……!」
「大袈裟だな。村で配給されるパンと茹で卵があるだろ」
「あれはただのカロリーよ!! 私が求めているのはエンターテインメント(至高のカレー)なの!!」
床をバンバンと叩いて泣き喚くリーザ。
だが、数分間ひとしきり泣き叫んだ後。
リーザは突如としてスッと涙を拭い、顔を上げた。その瞳には、かつてルナミス帝国で炊き出しの最前線に並び、交番前で反復横跳びをしてカツ丼を勝ち取った『極貧サバイバー』としての、強烈な野生の光が宿っていた。
「……そうね。タダで美味しいものを貰い続けようとした私が甘かったわ」
「お、どうした? 急に悟りを開いて」
「優太様がスポンサーを降りるというのなら、私が自力で稼ぐしかない。……忘れていたわ。私には、すべてを魅了する『アイドルの力』があることを!」
リーザはバッと立ち上がると、猛然とダッシュして村長宅を飛び出していった。
「おい、どこ行くんだ?」
「決まってるでしょ! 営業よ! 村の広場にステージ(みかん箱)を立てて、私の歌声で村民の魂とお財布を揺さぶってくるわ!!」
「……あいつ、なんかヤバいこと企んでないか?」
優太の嫌な予感は的中することになる。
飢餓状態に追い詰められ、アイドルの矜持すら投げ捨てたリーザが、ポポロ村の広場で「伝説のライブ」を巻き起こすまで、あと数時間のことであった。




