第二章 ポンポコ狸と年金100kg
専属医の優雅な朝と、消えゆく善行ポイント
オークの襲撃から数日が経過した。
ポポロ村の朝は早い。窓から差し込む陽光と、トライバード(三徳鳥)の元気な鳴き声で、中村優太は心地よい目覚めを迎えていた。
「ふぁ……よく寝た。やっぱり、村長宅のふかふかベッドは最高だな」
村の専属医、兼・自警団戦術顧問という確固たる地位を手に入れた優太は、現在キャルルの家で極めて優雅な居候ライフを満喫していた。
家賃はタダ。三食の食材も村からの現物支給で無料。
その代わり、村人たちの健康管理や自警団へのCQB(近接戦闘)指導を行っているが、オーク戦での活躍とリョウを救った実績から、村人からの信頼は絶対的なものになっていた。
優太はパーカーを羽織り、厨房へと向かう。
今日の朝食は、シープピッグ(綿豚)の厚切りベーコンと、トライバードの卵で作った完璧な半熟目玉焼き。それに、村特産のサンライス(米麦草)をふっくらと炊き上げた極上の朝定食だ。
ジュワァァァッ、とベーコンの脂が焼ける暴力的なまでに良い匂いがリビングに漂う。
「ふふふ……お腹が、お腹が背中とくっつきそうだわ……」
リビングの隅を見ると、魚人の美少女・リーザが、自分の膝を抱えながら干からびたパンの耳をかじっていた。相変わらずの極貧サバイバルアイドルである。
「おいリーザ。そんなモン食ってないで、こっち来い。余り物で悪いが、ベーコンエッグ定食だ」
「ゆ、優太様ぁぁぁ!! 一生ついていきますぅぅぅ!!」
リーザはパンの耳を放り捨て、スライディングでダイニングテーブルに着席すると、猛烈な勢いでベーコンエッグをサンライスごと胃袋に流し込み始めた。
『ピロリン♪』
優太の脳内に、軽快なシステム音が響き渡る。
【善行判定:極限の飢餓状態にある生命を救済しました】
【ボーナス獲得:+500 GP】
「よしよし。今日も朝からチョロいな」
優太はコーヒーを啜りながら、口元に邪悪な笑みを浮かべた。
オーク戦での大手術で獲得した【50,000 GP】という莫大なポイント。それに加えて、毎朝リーザを餌付けして稼ぐ【500 GP】。優太のポイ活(善行)は、まさに永久機関として完璧に機能していた。
「さてと。そろそろポイントも55,000 GPくらい貯まってるはずだ。地球ショッピングで、最新の医学専門書と、ポータブルのエコー(超音波画像診断装置)でも買っておくか。……オープン」
優太は誰にも見えないホログラムパネルを展開し、自身のステータス画面を開いた。
――【現在の残高: 120 GP】
「…………ん?」
優太は目をこすった。
寝ぼけているのだろうか。5万の桁が、丸ごと消滅しているように見える。
もう一度、手で目をゴシゴシと擦り、パネルをリロードする。
――【現在の残高: 120 GP】
「……は?」
バグか? いや、システムは正常に稼働している。
購入履歴のタブを開くと、そこにはズラリと身に覚えのない履歴が並んでいた。
・高級ブランド化粧品セット:5,000 GP
・地球のアイドルグッズ(初回限定盤DVD・ポスター付き):8,000 GP
・百均のライター(業務用100個入り):1,000 GP
・ピアニッシモ・メンソール(カートン×10):4,500 GP
・純米大吟醸『久保田』ほか高級酒多数:30,000 GP……
「…………あいつか」
優太の額に、ピキッ、と太い青筋が浮かび上がった。
この『地球ショッピング』のシステムに管理者権限でアクセスでき、かつこんなフザけたラインナップを購入するアホは、この世界に一人しかいない。
ギリッ、と奥歯を噛み締め、優太はリビングの奥にある客間――ルチアナが占拠している和室(優太がポイントでコタツを出してやった部屋)のふすまを、勢いよく蹴り開けた。
「バンッ!!」
「あははははっ! 最高! この百均のライター、ドワーフのオヤジどもに『魔導着火具』として売りつければ、軽く10倍の値段でふっかけられるわねぇ〜!」
コタツ部屋の中は、目を疑うような惨状だった。
ヨレヨレの芋ジャージを着た女神ルチアナが、口に『ピアニッシモ・メンソール』を咥えながら、大量の段ボール箱に百均のライターやアイドルグッズ、化粧品をウキウキ顔で梱包していたのである。
「あ、優太。おはよ。朝ごはんできた?」
ルチアナは悪びれる様子もなく、タバコの煙をプハァと吐き出して笑った。
優太は無言でワスプ薙刀の柄を握りしめ、静かに、しかし地獄の底から響くような声で告げた。
「……てめぇ、俺の命より重い5万ポイント、全部『転売の仕入れ』に使い込みやがったな?」
「え? あー……バレた? いやいや、ちょっとした投資よ! 私の独自のルートでこれをゴルド商会や魔族の国に流せば、莫大な利益(日本円)になって返ってくるんだから!」
ルチアナが冷や汗をかきながら言い訳を並べ立てる。
「うるせぇ!! 俺のエコー診断機と医学書を返せぇぇぇ!! このクソ転売ヤー女神がァァァ!!」
「ひぃぃぃっ!! ご、ごめんなさいぃぃ! 暴力反対ィィ!!」
平和なポポロ村の朝の空に、創造主たる女神の情けない悲鳴と、医学生の怒号がこだました。
優太の最強ポイ活ライフは、たった数日で「身内による横領」という最も理不尽な形で崩壊したのである。




