7.ダンスは上手く踊れない
俺はトップスとパンツの部屋着に着替えた。ガウンも羽織る。
男物に見えるが双子の妹セシリアの私物である。彼女はドレスよりもこういう格好を好んだ。
馬に乗りやすく剣を振るいやすい物を、それがあの女騎士の判断基準だった。
セシリアは今どうしているのだろうか。
そんなことを考えていると侍女服を着た従者がワゴンで朝食を運んできた。
焼きたてのクロワッサンと新鮮な野菜を使ったサラダ。
そしてフリルのように何枚も重ねられた薄いハムとゆで卵。
室内にあるテーブルと椅子を使い俺は新婚初日の朝食を残さず平らげる。
苦手なオレンジジュースはエストに押し付け俺は彼が淹れた紅茶を飲んだ。
そして喉を潤わせながら従者と小声で会話する。
「公爵が朝は必ず夫婦一緒にとか面倒な事を言い出さなくて良かった」
「愛のない関係で良かったですね」
皮肉なのか本音なのかわからない台詞をエストは返す。
俺は適当にそうだなと相槌を打った。
「セシリアが王家から受け取った金って今は銀行に預けてあるんだったけ?」
「はい、エーデルワイス銀行に」
「エーデルワイス銀行か、国内に支店が幾つもある大手だな」
生きていくには金が必要だ。だがセシリアが実家の金に手を付けたという話は聞いていない。
そもそも彼女は騎士時代の給料もそして王女を庇って大けがをした際の治療費も持っている。
贅沢せず生きていけるだけの個人資産は既に十分な程有しているのだ。
「失踪日から今までに引き落としがあったかを銀行に確認させろ、引き落としがあった場合どの支店からかもだ」
「畏まりました」
「そして、以後引き落としがあった場合はリード伯爵家に報せるよう手配を……やっぱいいや俺が手紙を書く」
忘れていたがここは実家ではなくアンブローズ公爵家だった。
リード伯爵家の人間は俺以外にはエストしか居ないのだ。
彼を実家に帰してあれこれ仕事をさせればその間俺は孤軍奮闘しなければいけなくなる。
セレスト・リード伯爵令息としてならまだしも、セシリア・アンブローズ公爵夫人として。
だけど事情が事情だけに伯爵家とのやり取りは必要不可欠だ。俺は溜息を吐いた。
「せめてもう一人、伯爵家の者が欲しいな」
「それなら本日の午後にマレーナが参ります」
エストの言葉に俺は目を丸くする。しかし直ぐに納得した。
マレーナというのはセシリア付きの侍女の名だ。
灰色の髪を肩まで切り揃えた無表情な少女の顔を俺は思い浮かべた。
「それは助かる」
「本当なら花嫁に付き添って公爵邸に行くのは彼女の役目でしたからね」
トラブルのせいでそれどころでは無くなりましたけれど。
俺はセシリアたちへの皮肉を口にするエストに苦笑いを返した。
事情がどうあれ巻き込まれる使用人は堪ったものでは無いだろう。
特にマレーナはセシリアの侍女だけに根掘り葉掘り聞かれた筈だ。
「彼女が来たらまず謝った方が良いな」
俺がそう呟くと何故かエストは眼差しを険しくした。
「何故セレスト様が? その必要はありません」
「迷惑をかけているのが俺の身内だからだよ」
そう答えると俺はジェスチャーで食事の終わりをエストに告げる。
「取り合えず今日の予定は手紙を書くこととマレーナを迎えることは確定だな」
「かしこまりました、昼食と夕食は如何いたしますか?」
「それは公爵次第だな、可能なら自室で済ませたいけど」
「ならばそのように努力致します」
「助かるよ、それと食器の片づけが終わったら髪を結ってくれるか?」
俺は外してドレッサーにしまってある付け毛を指さしながらエストに言う。
今日は部屋から出るつもりはないが、公爵家の使用人がやってこないとは限らない。
服装が多少男勝りでも髪さえ上品に結い上げて置けば女性には見えるだろう。
それにセシリアが変わり者だという事実は貴族間では有名の筈だ。
「そうそう、サイズ直しをしたドレスや諸々もマレーナと一緒に到着するようです」
「そんなに長居するつもりはないんだがな」
「届いたら念の為全部試着してくださいね、特に舞踏会用」
「……げ」
俺はメイド服の従者の言葉に顔を青くする。
やたら豪奢なドレスを着るのが面倒なのだけが理由じゃない。
そのドレスを着て優雅に踊る自信が皆無だったからだ。
セシリアはダンスも得意だった。男性パートも女性パートもだ。
そしてそれも有名な話だった。
妹よ、離婚には全力で協力するから早く帰ってきてくれ。
俺は同じ空の下にいるだろう双子の片割れに念を送った。




