27.哀れみは優しさなのか
「セレスト様の異常な慈悲深さは、昔から存じ上げていますけれどね。今回は流石にちょろすぎませんか」
自室に戻って早々黒髪の従者は俺にそう言い放った。
簡単な事情は話したというのに、彼の呆れ顔は戻らない。
「異常って、人を変人のように言うな」
「初夜で無礼を働かれたと憤ってから数日も経ってないのに、その相手を膝枕しているのは十分変わり者でしょう」
「膝枕なんてしてない!」
どこに目をつけているんだと俺はエストに小声で叫んだ。我ながら器用だと思う。
「隣に寄り添う必要なんて無いでしょう。公爵が倒れているのを見たらすぐ使用人を呼びに行けばいいのです」
多分その場で公爵が倒れていると叫んだだけであの大男は全速力でやってきますよ。
冷たい目で言われ俺は公爵の従者オリバーを思い出す。
確かに彼ならどこにいても直ぐに駆けつけてくるかもしれない。
「公爵が怪我をして倒れていたから哀れになって優しくしてしまったんですか」
「いや別にそこまで優しくしてないけど」
「あの巨大な馬鹿犬から公爵を庇って立ち塞がったばかりでその言葉を私に言いますか」
巨大な馬鹿犬って誰だと一瞬考えてオリバーのことだと気づく。
どうやらエストの中であの金髪の従者の株がかなり下がっているらしい。
理由は予想できる。俺を怖がらせたからだ。
いや俺がこちらに走ってくるオリバーの勢いに勝手に怯えただけなのだけれど。
エストは言葉こそ厳しいが、俺に対して過保護な部分がある。
今叱っているのも俺が公爵に絆されて後々傷ついたりしないか心配しているのだ。
俺がアリオスを気にかけるようになったのは怪我だけが原因では無いけれど、それはエストに告げられない。
少なくとも今の段階では駄目だ。
エストを信用できないとかではなく、公爵の健康状態については開示する相手を選ばなければいけない。
話す必要のある人間にしか伝えてはいけないのだ。
「いや庇うのは、だって公爵は怪我しているし動けないわけだから……」
「そうやって誰にでもお優しいのは結構ですけれどね」
溜息をつきながらエストが濡らした布で俺の顔を拭く。
オリバーの発生させた土埃で汚れていたらしい。
服も着替える必要があるがまず顔や手足を清める必要があった。
セシリア付きの侍女の姿は無い。使用人部屋で待機させているという報告をエストから受けた。
今のマレーナは到底侍女として働ける状態では無いそうだ。
「セシリア様に心酔し過ぎなことを案じていましたが、まさかあれ程精神が脆いとは思いませんでした」
「そこまでなのか……」
「完全に依存しきっていますね、公爵邸に置くのはリスクしかありません」
「……なんか、可哀想だな」
思わずぽつりと漏らした言葉にエストの眼差しが険しくなる。
いや、この程度の同情ならそこまで異常じゃない筈だ。
それに俺はマレーナに少しだけ共感できる部分があった。
「俺だって置いて行かれた側なんだから、うろたえる気持ちはわかるんだよ」
「でも貴方は立派に役目を果たそうとしているじゃないですか、所々穴だらけですけれど」
「うっさい」
俺はマレーナと違いセシリアにもアイリーンにも強く依存していない。
二人が一度にいなくなったのも、その理由もショックだったけれど、何もできなくなる程ではなかった。
でも、後悔ならある。
「……こんな結末になるならあの時婚約解消を受け入れていた方が良かったのかもな」
「セレスト様」
「俺はアイリーンに余計なことしかしてこなかったのかもしれない」
弱い彼女を守れるのは自分だけだなんて馬鹿みたいな勘違いをして生きてきた。
あの日アイリーンが居なくなったことを知るまで。
俺の言葉にエストは怒ったような顔をしてけれど何も言わなかった。




