26.かわいそうとかわいいは似ているので
オリバーは別に隠れていたりしなかった。
エストよりもずっと遠くにいたが、その距離を無かったことにするレベルの速度で走ってきただけだ。怖い。
芝生なのに土煙を上げて走ってくる彼を俺はやたらでかい野犬か牛だと見間違い心底恐怖した。
オリバーは俺たちの数歩前で立ち止まったのでその時にやっと人間だとわかった。
安全な相手だと判断した俺が背に庇ったアリオスから離れようとした直後悲鳴が上がる。
「あいたっ」
それは金髪の大男の口から洩れたものだった。
言葉と同時に僅かに肩を動かしたオリバーの手には次の瞬間黒い革靴が握られていた。
彼のものでもないし俺やアリオスのものでもない。
「お見事!」
振り向きながら彼が称えた相手は俺の従者だった。確かに靴が片方無い。
そうか、エストがオリバーの後頭部に革靴を投げたのか。そして当てたのか。何で。
「失礼、暴れ牛と見間違いました」
「ハハッ、子供の頃からの渾名ですそれ!!」
嬉しそうに語る金髪の従者にエストが苦虫を頬張って噛み潰した顔を一瞬だけした。
俺はそんな彼を主人として叱らなきゃいけないのだが、少し迷う。
正体がオリバーだと判明するまで俺も本気で怖かったからな。
土煙のせいで、でかくてはやい何かが急接近してきたことしかわからなかったし。
そりゃエストも必死で止めようとするだろう。
悔しそうな顔をしたの相手の正体に気づけなかったことか、それとも革靴のはダメージが全く無さそうだからだろうか。
でも矢張りエストの代わりに謝罪はした方が良いか。そう考えている俺の服の裾が横から弱い力で引っ張られる。
それは千切れたハンカチを巻いたアリオスの指先だった。
「オリバーに悪気はないんだ。だが、すまない」
不自由そうに首を動かし謝罪する年上の男の頭を一瞬撫でそうになる。
だが黒髪の従者から冷ややかな視線を感じた事でギリギリで思い止まった。
俺は今、何をしようと?
いやそれよりも俺は彼に対して何を考えた?
少し前まではどちらかといえば嫌いよりだった相手の頭をどうして撫でようとしたんだ?
内心パニックになっている俺に黒髪の従者は音もなく近づく。
オリバーから受け取った革靴を履きなおした彼の視線は氷のようだった。
これは怒っていて、呆れている。
身内しかいなければ容赦なく言い放っているだろう。ちょろいと。
部屋に戻ったら間違いなく言われる台詞の予想をしながら俺は公爵へと微笑んだ。
「いえ寧ろ私の侍女こそ、私を守ろうとした為と言えはしたない真似をしてすみません」
「エスト嬢は素晴らしい強肩、卓越した制球力でした!」
被害者の筈のオリバーが何故か満面の笑みで俺の従者を褒めている。
いや怒られるよりはマシだろうけれど。俺は彼に声をかけた。
「あの、オリバー様。旦那様が転んで腰を……痛めてしまったようなのです」
血を見て腰を抜かしたとは口にしない方がいいだろうと説明を若干修正する。
「それと薔薇の棘で怪我をされてしまい、すぐに手当てをして頂きたいのですが」
「お任せください、奥様!!」
力強すぎる言葉と同時に俺の横から公爵の体が消える。オリバーが持ち上げたのだ。
アリオスは確かに細身だが長身の男だ。
それを子兎のようにオリバーは軽々と抱えた。確かにアリオスには彼のようにフィジカルが強い従者が必要かもしれない。
「では失礼致します!!」
来た道を爆走するオリバーの機動に公爵の腰を改めてて心配しつつ、俺はひんやりとした空気を纏うエストから視線を逸らす。
「……ほだされ、ましたね?」
「……」
「迷子の子供の面倒を見ていたら懐かれたけれど、母親を見つけて走って行かれた時みたいな顔をされていましたけれど」
無言で拒否を示したつもりだったが俺の従者には伝わらないようだった。
そして何でお前が居なかった時のその出来事を知っているんだ。あの時はセシリアと二人きりだったんだぞ。




