23.赤い髪
「止めてくれ」
血を拭う為頬に伸ばした手を掴まれる。
そこまで嫌われているのかと顔が歪みそうになったが堪えた。
「顔は見えないからどうでもいい。指の傷を隠したいんだ」
申し訳ないがそのハンカチを貸してくれないか。
真上を向いたままの公爵に言われ、俺は彼の腕の先を眺めた。
細く長い指先は申告通り傷が幾つも出来て血が滲んでいる。
視線を上に移動すると薔薇が枝ごと折れて可哀想なことになっていた。
成程、ここに倒れ込んだのか。
そりゃ傷だらけになるわと薔薇と公爵両方に同情した。
しかし両手を怪我しているのでハンカチ一枚だけでは足りない。
彼が隠したいのは怪我というよりは血の赤だろう。
ハンカチを大きな傷に巻き、髪に結んでいたリボンを解いて千切る。
そして短く分けたそれを彼の指に巻いた。
セシリアの物でなく私物のリボンで良かったと思う。
「全部隠しましたけれど、立てますか? 目眩や他に痛いところは」
「無い、迷惑をかけてすまない」
そう返事をしつつ起き上がる気配の無い公爵に俺は困惑する。
「……本当に大丈夫ですか?」
「大したことは無い、血を見て腰が抜けただけだから」
「大問題じゃないですか! 」
「医者には病気じゃない、心の問題だと言われた。だから放っておいていい」
暫くすれば立ち上がれるようになるから。
公爵に淡々と言われてはいそうですかと立ち去れる程俺はクールな人間じゃない。
そんな冷静な人間だったらそもそも偽者花嫁なんか引き受ける筈が無いのだ。
俺は溜息を吐いて隣に座り込んだ。ドレスは地べた座りが難しいことを初めて知る。
アリオスは視線を空から横の俺に移動する。相変わらず感情の見えない瞳だ。
「君は何か用があるのではないか、それをした方が良い」
「要件は散歩です、でも最重要案件ではないので遵守しなくていいです」
取り合えず公爵が立ち上がれるようになるまで見守ります。
自分でもお節介だと思う意思表明をして、俺は寝転がる彼を上から見た。
本当に綺麗な顔をしている。だから傷ついて血が流れているのが痛々しい。
「顔も忘れず治療して貰ってください。……どうして薔薇に倒れ込むような真似を?」
「薔薇の枝に触れたら血が出てびっくりしてそのまま倒れた」
「それは……」
五歳児かな? 言葉を飲み込む。
「薔薇には棘がありますよ、花束にしたり飾る時は使用人や店の人間が抜いてくれるだけで」
「知っているが、あんなに簡単に刺さるとは思わなかった。初めて触ったんだ」
「だから触っちゃ駄目なんですって、怪我するから。痛いのは嫌でしょう」
まるで子供に言い聞かせるように言ってしまう。
それを無表情で聞いて反論にもならないことを返しながらアリオスは俺を見た。
「痛いのはもうどうでもいい。赤いのだけが嫌だ」
それだけは無理なんだ。
人形のような滑らかで整った顔に痛々しい傷をつけたまま公爵が言う。
俺が何も答えられないでいると彼がリボンを巻かれた指先を伸ばしてくる。
そして先程から下ろしっぱなしになっていた俺の髪に触れた。
下の方はつけ毛なので余り弄らないで欲しい。
「君の髪は赤くない」
「茶色ですからね」
「赤くすればいい」
「は?」
「君が私と別れたくなったら髪を赤く染めればいいと言った」
そうすれば私は君に近づけなくなる。
人形公爵は傷だらけの顔でうっすらと笑う。
俺は彼の代わりに表情を無くした。




