22.公爵が落ちてた
マレーナは俺の説明にかなり動揺したようだ。
もしかしたらセシリアのしたことをそこまで大事だと受け止めてなかったのかもしれない。
(仕方ないか)
実家はどうも父や俺を筆頭に緊迫感を感じさせない面々が揃っている。
場の空気を引き締めてくれる役割の長兄は隣領との揉め事に長く駆り出され不在だった。
「わかった、マレーナはとりあえず落ち着こう。俺は中庭にいるから顔を見ても大丈夫になったら呼びに来てくれ」
そうエストに頼んで俺は部屋から出た。
途端空気が軽くなったような気がして深呼吸する。
マレーナが泣いたらきっと俺は困ってしまう。女性の泣き顔は苦手だ。
男なら泣こうがどうでもいいという訳では無いが、何故か女性のそれは見たくないと強く思ってしまうのだ。
妹はセシリアは泣くぐらいなら怒るタイプだし、婚約者だったアイリーンは気弱だが泣きじゃくることなんて最近は無かった。
でも不安そうな顔は良くしていた。そんなことに今更気づく。
彼女のそういう表情は性格から来るものだと思っていた。
でもそれだけじゃなかったのだろう。
もしセシリアと一緒にいるなら今は笑顔でいるだろうか。
それとも追手を恐れて不安そうな顔でいるのだろうか。
当たり前のように妹と婚約者をうっすら恋仲と認識している自分に苦笑する。
今のところはあくまで可能性でしかないというのに。
手紙で恋愛を仄めかしているのはアイリーンだけだ。
だがセシリアが女性に異常なまでに好意を寄せられる人間であるのはマレーナの件で実感した。
第三王女からも矢印が向いていたらしい。気に入られていることは知っていたが。
父がセシリアを男に生まれていたらと惜しんでいたのは、それもあってのことだ。
流石に王女が恋愛的な意味で娘を求めているとまでは思ってないだろうが。
そもそもセシリアが男なら女子校に入学することは当然できない。
だから第三王女と懇意になる切っ掛け自体が無いのだ。
父は窮地に弱い人間だがそれを理解できない程愚かな親だとは思いたくない。
「王女殿下か……」
朝辿った道を歩きながら呟く。
確かに第三王女は結婚式に参列し、挨拶の時には潤んだ目で色々言って来た。
私たちの絆は永遠だとか、幸せを誰よりも願っているとか夢見がちなことを。
そして供の人間数人がかりでやんわりと引き剥がされて去っていった。
頬を赤くして友情なのか疑似恋愛なのか見極めの難しい台詞を言うから正直冷や汗が出た。
まあ、そんな事をきらきらした瞳で語る第三王女様は俺がセシリアじゃないことに全く気づかなかったのだが。
「駄目だ、性格が悪くなっている……」
綺麗な薔薇を見て癒されよう。心を浄化するんだ。
そして悪いがマレーナは落ち着いたら伯爵家に送り返そう。
あの様子じゃセシリアの夫予定だったアリオスを前に何を口走るか不安で仕様がない。
アイリーンの手紙もだが、初夜の件も絶対ばれてはいけない。
愛するつもりはないと閨を拒否されるなんて侮辱でしかないのだ。
直接言われたのは俺だが、彼が告げた相手は花嫁。つまりセシリアにである。
マレーナが怒りで爆発するのは想像に容易い。
「もし愛してないと言われたと知ったら、襲い掛かりそうだ……」
「愛してない? 君でもそんな風に告げられることがあるんだな」
意外だ。抑揚を余り感じない声が足元から聞こえ俺は飛び上がった。
聞き覚えのある低音は、アリオス・アンブローズ公爵のものだった。
言ったのはお前だよと突っ込まなかった俺を誰か褒めて欲しい。
驚いてそれどころではなかったというのが理由だが。
彼は何故か地面に傷だらけで寝っ転がっていた。
滑らかな白い頬に走った赤い線を見て、俺は無意識にハンカチを取り出していた。




