20.後悔と最適解
「そういえば公爵の従者の名前ってお前は知ってるか? あの金髪でやたら感情表現豊かな……」
「オリバーですか? 執事長の息子で好きな食べ物はハンバーグ、嫌いな食べ物はナツメグらしいです」
ちなみに執事長の名前はギャリソンでオリバーを二十歳老けさせた感じです。
エストは俺の質問にすらすらと答える。
彼が淹れてくれたミルクミントティーを飲みながら、俺は頭の中で聞いた名前を繰り返した。
「執事長の名前も知れたのはいいけど、好きな食べ物とかの情報は何なんだよ?」
「向うが勝手に話したから覚えただけです。他に好きな花や好きな動物も申告してきました」
知りたいなら話しますけど。黒髪の従者の言葉に俺は首を振ることで答える。
「お前って彼と昔からの付き合いなの?」
「まさか、話したのは今日が初めてですよ。向うが話し好きなんでしょう」
公爵に関する情報も引き出しやすそうですね。
珍しく可愛らしい笑顔を浮かべるエストの背後に黒い羽根の幻を見る。
しかし彼はすぐ表情を真面目なものに切り替えた。
「ですがお喋りなのは公爵相手にも同じかもしれません。彼にも迂闊なことは仰らないでください」
「わかってる」
「セレスト様はフレンドリーな相手への警戒心が薄いから心配ですよ」
先程から全く信用されてない気がする。
俺だって貴族の子息として十八年間生きてきたのだから、腹に一物ある付き合いぐらい慣れっこだというのに。
まあ家は別に政略闘争に関わっていないし貴族の三男で家庭内の権力もほぼ無いし目立つのは双子の妹の担当だしで、駆け引きなんてほぼしたことは無いけれど。
主役になった事なんて無いから笑顔で受け流していれば大抵それで済んだんだよな。
でも今は俺が妹の代わりをしなければいけないわけで。
「やばい、今更緊張してきた……」
「遅くないですか?」
「公爵から愛するつもりはないとか言われた時に怒ったふりして実家に帰ればよかった気がする……」
「本当に今更過ぎませんか?」
心底呆れたようにエストに言われる。
言い返す言葉も無く項垂れる俺に、彼は溜息の後小皿に乗せたクッキーを差し出して来た。
「でもその行動は取らなくて正解だった気がしますよ」
「どうしてだ?」
「簡単に実家に帰すつもりなら最初から結婚していないと思うので」
従者の言葉を俺は頭の中で繰り返す。
その上で気になったことがあり口を開いた。
「王家の命令で自分からは断れないからセシリアを怒らせて離婚しようとしたとかは無いか?」
「離婚理由が王家に知られて怒られるのは公爵もでしょう」
大体それなら婚約期間にやればいいだけの話です。エストの回答に俺は納得した。
「つまり本当の夫婦になるつもりはないが、表向きの夫婦関係は維持したいということか……?」
「恐らくそうかと。もし怒って実家に帰ろうとしたら監禁されていたかもしれません」
セシリア様なら兎も角セレスト様だと脱出するのは難しそうですね。
恐ろしいことを涼しい顔で言い出す従者に俺は身を震わせる。
「なので公爵から心の距離を取りつつ、相手の意見に同意はしている今の状態がベターだと思いますよ」
あくまで現状はですけれど。
エストはそう言って部屋から出て行った。




