11.上がって下がる好感度
なんでこの家はやたら柑橘類押しなんだ。
目の前の公爵なんてオレンジジュース二杯目だぞ。
三十代近いとは思えないツルツルの肌の秘訣がこれなのか?
なら何杯飲んでも構わないが俺にまで押し付けないでくれ。
俺は顔に出さず内心で悪態をついた。
俺は柑橘類が苦手だ。食べると微妙に喉が痒くなるからだ。
だが今この場所で嫌がるわけにはいかない。
何故なら本来目の前の男性の妻になる筈だった妹のセシリアは柑橘類が好物だからだ。
金髪碧眼の従者がそのことを知ってオレンジジュースを持ってきたかはわからない。
だがセシリアの好物だと知っていた場合、俺が飲むのを嫌がれば不審がられるだろう。
「やっぱり朝はオレンジジュースよね」
俺はジュースが並々と入ったグラスを受け取って微笑んだ。
美味しそうに飲む演技なら出来ないこともない。
セシリアが好きなものは双子の俺も好きだと考える人間は案外多い。
家の中でならある程度の好き嫌いは通るが、他所の家に招かれて出された物にケチをつける訳には行かなかった。
俺は微笑みを浮かべ、なるべく女性らしい仕草でオレンジジュースを口にしようとする。
しかしそれを止めたのは人形のような公爵だった。
「止めて置いた方がいい」
その声は大きくは無かったが俺はピタリと手を止めた。
発言者であるアリオスを見る。整ったその顔に相変わらず感情は浮かんでいなかった。
止めておけとはどういうことだ。もしかして毒でも入っているのか。
そんなことを考え公爵付き従者の顔を見上げる。
彼は慌てたように首を何度も振った。
意思疎通はしやすそうだが侯爵付きの人間がこんなにわかりやすくて良いのだろうか。
毒なんて入れてませんと騒がないだけマシか。
俺と自分の従者の無言のやり取りを無視するようにアリオスは口を開いた。
「君は風邪をひいているだろう。喉が痛い時にオレンジジュースは良くないと聞いたことがある」
俺はぽかんと口を開ける。そして次の瞬間その口を慌てて閉じた。
そういや風邪だって昨日の夜彼に申告していた。成程風邪にオレンジジュースは良くないのか。
伯爵家では寧ろ病気の時こそ果物を食べさせられていた気がする。体に良いからという理由で。
取り合えず実家と彼どちらが正しいかは知らないが、今回は公爵に従おう。
俺はグラスをテーブルに置くとにっこり笑ってお礼を言った。
「そうだったのですね、止めてくださって有難うございます」
「別に……」
微笑み返せとは言わないがもう少しまともな会話をさせて欲しい。
彼と少しの間見つめあっていると金髪の従者が申し訳なさそうにオレンジジュースを盆に戻した。
勿体ないから俺の斜め後ろに立っているエストに上げてくれと言おうとしたが黙っておく。
「申し訳ございません奥様、代わりの飲み物をすぐに御用意致します!」
「いいえ、私が何も言わなかったのだから気にしないで」
「有難うございます! では何をお持ちすれば宜しいでしょうか?」
そう尋ねられ俺は少し考えて言った。
「では、紅茶を」
「駄目だ」
横から口を挟まれ、俺は公爵に再び視線を向ける。
彼は彫刻のような顔で俺に告げた。
「私は紅茶が嫌いだ。だから目の前で紅茶は飲むな」
「……かしこまりました。以後気を付けます」
俺は内心呆れつつ従う。いや別にどうしても紅茶が飲みたい訳ではないけれど。
ただ自分が紅茶を嫌いなのは勝手だが、だから妻であるお前も飲むなは正直大人げがないと思う。五歳児か。
先程少しだけ上がった公爵への好感度が下がっていくのを俺は感じた。




