10.人形のような男
俺が着替え終わって公爵の元に辿り着いたのは彼と目が合ってから三十分後のことだった。
遅いとは思わない。俺もエストも頑張って時短に努めてこのタイムを叩き出したのだ。
貴族女性が中庭とはいえ外に出るなら準備に時間がかかるのは当たり前なのだ、多分。
それはそれとしてもう居なくなってるかなとも思ったが偽の夫は変わらず黄薔薇の咲き乱れる庭で寛いでいた。
テーブルの上からオレンジジュースの入っていたグラスは消えている。
皿の上のクッキーも綺麗に盛られたままなので恐らく手は付けていない。
もしかして俺が来るのを何もせず待っていたのだろうか。
エストに日傘を差されつつそれを確認し少しだけ申し訳なさを感じた。
「お待たせして申し訳ございません、旦那様」
そう淑女風のお辞儀をしながら詫びを入れる。
彼の隣の色男があれこれしなければ俺がここに来ることも無かったけどな。
「別に待っていない」
最早見慣れた無表情でそう言われる。
待ってないから気にしないでいいよってことにしておこう。
俺は適当に礼を言った。
「有難う御座います」
「礼を言う必要は無い」
そう平坦な声で返され俺は内心舌打ちをする。
社交辞令の心のこもってない謝辞なんて軽く流しとけよという気分だ。
否定された後のこちらの立場を考えて欲しい。
「まあ、うふふ」
返答を考えるのも面倒だったので適当に笑って済ませる。
セシリアは多分こんなことしないなとやった後で気づいた。
あいつなら多分「面倒くさい男だなお前は」ぐらい言う。
偽者と見破られたらどうしようとヒヤリとしたがアリオス・アンブローズは何も言わなかった。
ただ俺を見ている。彼の背後で黄色い薔薇がやたら鮮やかだった。
ブルーシルバーの髪と整い過ぎた無表情のせいかアリオスはどこか生気が薄い。
それが人形公爵という渾名に結び付いたのだろう。
白いガーデンチェアに座る彼は華やかに咲き誇る薔薇に霞みそうな儚さがあった。
絶世の美男子ではあるのだ。
この国では珍しい銀色の髪は光によって薄水色にも見える。
同系色の瞳は真冬の湖のようだった。
彼の瞳と瓜二つの色をした宝石があったらきっと値段も付けられない程の価値だろう。
そんな寒々しくも神秘的な色合いに顔立ちが負けていない。
なのに目の前に居る彼は随分と気配が薄い。
そのせいで椅子に置かれたまま忘れられた人形のようだと俺は思った。
公爵はその色合いのせいか暖かな日差しの中でも冬を思わせる。
太陽みたいに強烈なセシリアの傍にいたなら、跡形もなく溶け消えてしまいそうだ。
俺がそんな不吉なことを考えていると、彼の従者が満面の笑みでオレンジジュースを二つ運んできた。




