第7話 何も言わないという判断
作戦準備は、静かに進んでいた。
前線の再編。
補給線の引き直し。
各部隊の配置見直し。
前回の失敗を受け、指揮官たちは以前よりも慎重になっている。
だが、その慎重さは――不安の裏返しでもあった。
「次は、どう動くべきか」
簡易軍議の場で、その問いが投げかけられた。
誰も即答しない。
前に出て意見を言う者はいなくなっていた。
アレンは、端の席で資料を整理していた。
本来、彼が口を出す場面ではない。
だから、何も言わないつもりだった。
(……特に、言うこともない)
敵の動きはまだ不明確だ。
情報が足りない。
下手に話せば、また無理な前進を招く。
――つまり、待つしかない。
「フォルツ」
その名前が呼ばれた瞬間、アレンの肩が小さく跳ねた。
「……はい」
「君は、どう見る」
集まる視線。
リーシャの視線も、その中にあった。
(……困るんだけどな)
正直な気持ちだった。
「今は……」
「今は?」
促され、アレンは言葉を選ぶ。
「判断材料が、足りません」
「動くには、まだ早いと思います」
それだけ言って、口を閉じた。
沈黙。
数秒。
だが、妙に長く感じられる。
「……つまり」
誰かが、ぽつりと呟いた。
「敵の出方を待つ、ということか」
「慎重だな」
「いや……前回を踏まえれば、当然か」
アレンは、内心で首を傾げた。
(……そういう意味で言ったわけじゃないんだけど)
彼はただ、分からないことを分からないと言っただけだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
「フォルツは、どう思う」
「沈黙には、意味があるのか」
別の将校が、半ば冗談のように言った。
「……え?」
アレンは、言葉に詰まった。
「いえ、その……」
「今は、何も言わない方がいい、という判断か?」
その瞬間、アレンは理解した。
(……あ、これ)
また、だ。
「違います」
「そうではなくて……」
だが、彼の否定は、空気に吸い込まれる。
「いや、分かる」
「下手に動けば、敵に察知される」
「沈黙そのものが圧力になる、ということか」
誰かが、納得したように頷いた。
リーシャは、アレンを見つめていた。
その目には、疑念ではなく――信頼があった。
(……違うんだけどなぁ)
アレンは、心の中で呟く。
彼は戦略を張っているわけではない。
ただ、失敗したくないだけだ。
「では」
上官が、ゆっくりと口を開いた。
「フォルツの判断に従おう」
「今は、動かない」
その言葉で、軍議はまとまった。
アレンは、何も言えなかった。
軍議の後。
彼は倉庫に戻り、帳簿を確認していた。
「……変なこと、言ったかな」
独り言が、自然と漏れる。
そこへ、リーシャが現れた。
「フォルツさん」
「はい」
「さっきの判断……」
「すみません、余計なことを言いましたよね」
先に謝ったのは、アレンだった。
「場を混乱させるつもりは……」
「いいえ」
リーシャは、はっきりと首を振った。
「私は、安心しました」
「……え?」
「あなたが“分からない”と言ったことが」
アレンは、言葉を失う。
「前線の人間は、つい“分かったふり”をしてしまいます」
「でも、それが一番危険だと、今回知りました」
リーシャは、静かに続ける。
「あなたは、無理に答えを出さなかった」
「それは……判断だと思います」
アレンは、曖昧に笑った。
「ただ、臆病なだけですよ」
「それでも、です」
リーシャは、視線を逸らさず言った。
「“何も言わない”という選択をできる人は、少ない」
その言葉は、静かだったが、重かった。
この日以降。
アレン・フォルツの沈黙は、
**「考え中」ではなく、「意図的な判断」**として扱われるようになる。
そして彼自身は、まだ知らない。
沈黙が、最も誤解されやすい行為だということを。




