表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺は戦場から逃げたいだけなのに、評価が積みあがる ~無能扱いだった後方担当が、なぜか英雄になる件  作者: 三浦レン


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/15

第6話 あなたは、怖くないんですか

 リーシャ・ヴァルディアは、自分の判断を誇りに思ってきた。


 前線に立つ騎士として、迷わず前に出ること。

 危険を恐れず、仲間を導くこと。

 それが正しいと信じてきたし、疑ったこともなかった。


 ――少なくとも、あの日までは。


 簡易拠点の外れ。

 夜明け前の冷たい空気の中で、リーシャは一人、剣の手入れをしていた。


 刃についた細かな欠け。

 乾ききらない血の跡。


 それらを拭いながら、彼女の脳裏に何度も蘇る光景があった。


(……退路がなかった)


 あの時、もし。

 もし、後方にあの道がなかったら。


 考えかけて、リーシャは首を振る。


「考える意味はない」


 そう言い聞かせながら、剣を鞘に納める。

 だが、胸の奥に残った違和感は、消えなかった。


 その違和感の正体は、分かっている。


 ――アレン・フォルツ。


 後方支援の男。

 戦場に立たず、声を荒げることもなく、ただ淡々と準備をしていた人物。


 リーシャは、彼を探して拠点内を歩いた。


 倉庫。

 帳簿の山。

 忙しなく動く補給兵たち。


 そして、いた。


 箱の陰に腰を下ろし、書類に目を通している男が。


「……フォルツさん」


 声をかけると、彼は驚いたように顔を上げた。


「あ、えっと……副団長、でしたよね」

「はい」


 少し間の抜けた返事。

 戦場で多くの兵を率いた人物とは思えないほど、拍子抜けする態度だった。


(……この人が)


 あの退路を用意していた人間なのか。


「何か、ご用でしょうか」

「少し……話を」


 リーシャはそう言って、彼の隣に立った。


 しばらく、沈黙が流れる。

 周囲では補給兵が行き交い、物資の音が響いている。


「……お礼を、言っていませんでした」


 リーシャは、はっきりと言った。


「あなたのおかげで、部下たちは生きて帰れました」

「……いえ」


 アレンは視線を落とす。


「僕は、補給担当として、やるべきことをしただけです」

「それでも、です」


 リーシャは一歩踏み出した。


「あなたは、最初から“退く”ことを考えていた」

「……はい」


 即答だった。


「怖くなかったんですか」


 その問いは、責めるものではない。

 純粋な疑問だった。


 前線に立つ者なら、必ず恐怖を飲み込んで前に出る。

 そうしなければ、仲間を導けない。


 だからこそ。


「怖かったです」


 アレンは、あっさりとそう言った。


「正直に言うと……ずっと」


 リーシャは、思わず目を見開いた。


「戦場は、怖いです」

「命が簡単に失われる場所なので」


 淡々とした口調。

 だが、逃げるような響きはなかった。


「だから、最悪を考えます」

「生き残るために、です」


 リーシャは、その言葉を反芻した。


(……生き残るために)


 それは、卑怯でも、臆病でもない。

 ただ――現実的だった。


「あなたは……」

「はい?」


「前線に立つつもりは、ないんですね」

「ありません」


 即答だった。


「怖いので」

「……そう、ですか」


 リーシャは、ゆっくりと息を吐いた。


 自分は、恐怖を押し殺して剣を振るってきた。

 それが強さだと信じてきた。


 だが、この男は違う。


 恐怖を否定せず、認め、その上で備える。


(……この人は)


 強いのではない。

 正しいのでもない。


 ただ――生き方が違う。


「……フォルツさん」


 リーシャは、意を決したように言った。


「もし、また作戦に関わることがあれば」

「はい」


「その時は……あなたの判断を、信じます」

「……え?」


 アレンは、明らかに戸惑った。


「いえ、その……」

「私は、前に出ることしか考えていませんでした」


 リーシャは、まっすぐに彼を見た。


「でも、それだけでは、守れない命があると知りました」


 アレンは、困ったように視線を逸らす。


「信じられるほどの人間じゃ、ないですよ」

「それでも、です」


 リーシャは、小さく笑った。


「怖いと言える人の方が、私は信用できます」


 その言葉に、アレンは何も返せなかった。


 この日を境に。


 リーシャ・ヴァルディアは、無自覚な後方支援担当を、

 **“判断を預けられる人間”**として見るようになる。


 そしてアレンはまだ。


 それが、どれほど重い意味を持つかを、理解していなかった。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、

ブックマーク や 評価 をお願いします。


応援が励みになります!


これからもどうぞよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ