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俺は戦場から逃げたいだけなのに、評価が積みあがる ~無能扱いだった後方担当が、なぜか英雄になる件  作者: 三浦レン


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第4話 生還した部隊

 夜が明ける頃、後方拠点は異様な空気に包まれていた。


 静かだった。

 あれほどの混乱があったにもかかわらず、今は嵐の後のように、重たい沈黙が漂っている。


 簡易治療所の前には、怪我人が並んでいた。

 包帯を巻かれ、肩を借りながら歩く者。

 地面に座り込み、ただ呆然と前を見つめる者。


 生き残った兵士たちだ。


 アレンは、少し離れた場所からその光景を見ていた。

 自分が準備した予備ルートを通って戻ってきた者たち。

 数は決して多くないが、それでも――。


(……戻ってきた)


 その事実に、胸の奥がじんわりと熱くなる。


「おい……聞いたか」

「何をだ?」

「生き残った部隊の話だよ」


 兵士たちの間で、ひそひそと声が交わされ始めていた。


「退路が完全に潰れたはずなのに、戻ってきたらしい」

「しかも、被害が少ない」

「どうやって?」


 アレンは、会話に加わることなく、その場を離れようとした。

 だが、その前に。


「……あの人だ」


 誰かの視線が、はっきりと自分に向けられているのを感じた。


 振り返ると、数人の兵士がこちらを見ていた。

 その中には、血のついた鎧をまだ脱いでいない者もいる。


「フォルツさん……ですよね」

「え? あ、はい」


 突然声をかけられ、アレンは少し戸惑った。


「あなたが……退路を準備してくれていたと」

「……補給担当なので」


 それ以上でも、それ以下でもない。

 そう答えたつもりだった。


 だが、兵士の表情は、どこか違っていた。


「もし、あれがなかったら」

「俺たちは、今ここにいなかった」


 別の兵士が、静かに言う。

 その声には、冗談も、誇張もなかった。


「……偶然ですよ」

「違う」


 はっきりと否定された。


「俺たちは、分かってる」

「前線じゃ、誰も撤退の準備なんてしてなかった」

「でも、あんたのルートだけは、使えた」


 アレンは、何と返していいか分からず、言葉を探した。


(……そんな大したことじゃない)


 そう言いたかった。

 ただ、怖かっただけだ。

 最悪を考えて、逃げ道を作っただけだ。


 だが、その言葉は、喉の奥で止まった。


 彼らの目が、あまりにも真剣だったから。


「……よく、無事で」

「はい」


 それだけ言って、アレンはその場を離れた。


 背中に、何かが刺さるような感覚が残る。

 それは称賛でも、羨望でもない。

 もっと重たい――期待のようなものだった。


 しばらくして、マルティナがアレンの元を訪れた。


「話を聞いたよ」

「……怒られますか」


 そう言うと、彼女は苦笑した。


「いいや。むしろ、問題になってる」

「問題……?」


「生還した部隊がね、口を揃えて言ってるんだ」

「“最初から考えられていた”って」


 アレンは、思わず眉をひそめた。


「そんな……」

「分かってる。あんたは、そういうつもりじゃない」


 マルティナは、少しだけ声を落とす。


「でもね、現場の人間にとっては」

「結果が、すべてなんだ」


 その言葉は、静かだが重かった。


 午後になると、噂はさらに広がった。


「後方に、妙に慎重な参謀がいるらしい」

「最悪の事態を想定してたとか」

「偶然じゃないんじゃないか?」


 アレンは、倉庫の中で一人、書類整理をしながら、それを聞いていた。


(……やめてくれ)


 評価されたいわけじゃない。

 注目されたくもない。


 ただ、生き延びたかっただけだ。


 夕方。

 正式な報告書がまとめられ、上層部へ送られた。


 そこには、こう書かれていた。


 ――補給担当フォルツの事前準備により、一部部隊が退路を確保。


 それを見たアレンは、頭を抱えた。


「……書かなくていいのに」


 だが、誰もその言葉を聞いていなかった。


 この日を境に。

 少しずつ、確実に。


 彼の名前は、記録に残り始めた。


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