第21話 前提として扱われる人間
戦況は、安定していた。
それは、前線の兵士たちが最も嫌う言葉でもある。
勝っているわけではない。
終わってもいない。
ただ、壊れていない。
アレン・フォルツは、その「安定」という言葉を、補給報告書の文面で何度も目にしていた。
(……嫌な言葉だな)
壊れていない、というだけで。
次に壊れる準備が整っているようにも見える。
倉庫の奥。
いつも通り、彼は帳簿と向き合っていた。
「フォルツ」
低く、よく通る声がした。
顔を上げると、そこにいたのは見知らぬ男だった。
年齢は五十を越えているだろう。
無駄のない立ち姿。
軍服ではないが、場の空気を支配している。
「……はい」
「初めまして」
「私は、バルド・レインハルト」
一瞬で理解した。
王国宰相。
セレナ王女の後見人。
(……ついに来たか)
「時間をもらえるかな」
「……どうぞ」
応接用の椅子に座ると、バルドは前置きなく話し始めた。
「君のやり方は、面白い」
「……恐縮です」
「褒めてはいない」
即座に切り捨てられる。
「君は、戦争を終わらせない」
「だが、壊しもしない」
アレンは、黙って聞いていた。
「国家にとって、それは非常に都合がいい」
「……そうでしょうか」
「そうだ」
バルドは、淡々と言う。
「英雄は、制御できない」
「だが、君は制御しようとしない」
「制御しない人間は」
「結果として、最も制御しやすい」
その言葉に、背筋が冷えた。
(……なるほど)
理解してしまった自分が、少し怖い。
「最近の作戦書を、見たことはあるか」
「……部分的には」
「なら、十分だ」
バルドは、机に書類を置いた。
「そこには、君の名前は書かれていない」
「だが、君の思想は書かれている」
紙面には、簡潔な一文。
――最悪の場合、後方判断を優先。
「これは、もう個人の判断ではない」
「制度だ」
アレンは、思わず息を吐いた。
「僕は、そんなものを作った覚えはありません」
「知っている」
バルドは、少しだけ口角を上げた。
「だから、優秀だ」
褒め言葉ではない。
評価でもない。
ただの、事実認識。
「君が何を考えていようと」
「国は、君を前提に動く」
「それが、戦争というものだ」
アレンは、しばらく沈黙した後、静かに言った。
「……僕が、壊れたら?」
「問題ない」
即答だった。
「思想は残る」
「思想が残れば、人は代替できる」
その一言で、すべてが理解できた。
自分は、守られていない。
使われている。
それも、最大効率で。
「安心してほしい」
バルドは、立ち上がりながら言った。
「君を前線に出すつもりはない」
「壊れるのは、もう少し先でいい」
冗談ではなかった。
去り際、彼は振り返る。
「アレン・フォルツ」
「君は、もう“人材”ではない」
「前提だ」
扉が閉まる。
しばらく、アレンは動けなかった。
(……前提、か)
逃げるために作ってきた道が、
いつの間にか、他人の行軍路になっている。
倉庫の外では、兵士たちが忙しなく動いている。
今日も、戦争は続く。
壊れていない限り。
アレン・フォルツは、
初めてはっきりと理解した。
自分はもう、
「評価される側」ではない。
**使われる側**なのだと。
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