第18話 沈黙の重さ
夜明けは、静かに訪れた。
昨夜の騒動が嘘のように、前線は落ち着いている。
負傷者の手当ても終わり、部隊は再配置された。
被害は、最小限。
それが、公式な評価だった。
アレン・フォルツは、その言葉を報告書で確認しながら、胸の奥に残る違和感を拭えずにいた。
(……最小限、か)
誰も死ななかった。
それは、事実だ。
だが、判断が遅れた。
その事実も、消えない。
簡易会議室。
昨夜の対応についての報告が行われていた。
「夜襲は、小規模な牽制だった可能性が高い」
「こちらの反応を探る意図があったのだろう」
冷静な分析が続く。
「撤退判断は、現場判断に委ねられた」
「結果として、適切だったと言える」
誰も、アレンを責めない。
そのことが、逆に重かった。
会議が終わり、人が散っていく。
アレンは、立ち上がるタイミングを失っていた。
「フォルツさん」
声をかけたのは、リーシャだった。
「……少し、いいですか」
「はい」
二人は、会議室の外に出た。
朝の空気が、ひんやりと肺に入る。
「誰も、あなたを責めていません」
リーシャは、静かに言った。
「それが、分かりますか」
「……はい」
アレンは、小さく頷く。
「それは、あなたが“何もしなかった”からではありません」
「……」
「あなたが、準備していたからです」
その言葉に、アレンは視線を落とした。
「準備していたから」
「誰も、あなたを責められない」
リーシャは、続ける。
「でも、それは」
「あなたの沈黙が、許されたわけではありません」
アレンの指先が、わずかに震えた。
「沈黙は」
「“判断をしない”という選択です」
「そして今」
「その選択には、重さがあります」
しばらく、二人の間に沈黙が落ちる。
アレンは、ようやく口を開いた。
「……逃げていたんです」
「はい」
「選ばなければ」
「責任を負わずに済むと思っていました」
リーシャは、否定しない。
「でも」
「選ばないことで、現場が迷う」
「それも、事実です」
アレンは、ゆっくりと息を吐いた。
(……分かっている)
ずっと、分かっていた。
ただ、認めていなかっただけだ。
「それでも」
アレンは、言葉を選ぶ。
「即断すれば、誰かを切り捨てる可能性がある」
「……はい」
「僕には」
「それを“正しい”とは、言えません」
リーシャは、少し考えてから答えた。
「それは、弱さかもしれません」
「……」
「でも」
「誰かを切り捨てる決断だけが、責任ではない」
その言葉に、アレンは顔を上げた。
「あなたは」
「決断を遅らせることで」
「別の責任を引き受けています」
決断を、遅らせる責任。
その言葉が、胸に落ちる。
(……そうか)
逃げていたわけではない。
少なくとも、今は。
夜襲の夜。
自分は、判断しなかった。
だが、準備はしていた。
退路を。
灯りを。
混乱を最小限にする仕組みを。
「……沈黙は」
アレンは、静かに呟く。
「軽くは、ないんですね」
「はい」
リーシャは、はっきりと答えた。
「重いです」
「だからこそ、皆」
「あなたを見ています」
遠くで、兵士たちの声が聞こえる。
今日も、戦場は続く。
アレンは、空を見上げた。
逃げたい気持ちは、変わらない。
前に出るつもりも、ない。
だが。
(……選ばない、という立場も)
(……責任なんだな)
それを、ようやく理解した。
この理解は、覚悟ではない。
誓いでもない。
ただの、事実の受け入れだ。
沈黙の重さ。
それは、今のアレン・フォルツが、
確かに背負っているものだった。
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