第15話 期待と責任の境界線
その会議は、いつもより人数が少なかった。
前線指揮官。
補給部門の責任者。
そして――王都から派遣された監察官。
アレン・フォルツは、場違いな気分のまま、端の席に座っていた。
(……また、か)
敵の動きが鈍化している。
戦線は安定。
被害は少ない。
本来なら、喜ばしい報告だ。
だが、その原因を探る段になると、必ず話題に上がる。
「フォルツ」
名前を呼ばれ、心臓が嫌な音を立てる。
「……はい」
「最近の敵の動きについて」
「君は、どう見ている」
アレンは、一瞬だけ視線を伏せた。
(……どうも、こうも)
自分は何もしていない。
敵の考えも、分からない。
分からないから、黙っていただけだ。
「正直に言うと」
「理由は、分かりません」
その答えに、数人が眉をひそめる。
「だが、結果として」
「敵は動いていない」
監察官が、静かに言った。
「それは、事実です」
「はい」
「そして、その直前」
「あなたは“慎重すぎる判断”を下した」
アレンは、小さく息を吐いた。
「偶然が、重なっただけです」
「……そうかもしれません」
だが、監察官は否定しなかった。
「しかし、軍という組織は」
「偶然だけを、前提にはできない」
その言葉が、重く落ちる。
「あなたが関与した戦線は安定している」
「関与しなかった戦線では、被害が出た」
誰もが、知っている事実。
だが、改めて口にされると、逃げ場がなくなる。
「そこで、提案があります」
監察官は、書類を一枚差し出した。
「今後の作戦において」
「あなたを、正式な戦略顧問として位置づけたい」
室内が、静まり返る。
アレンの頭は、一瞬で真っ白になった。
(……やめてくれ)
「前線に出る必要はありません」
「従来通り、後方からで構いません」
その“配慮”が、逆に重い。
「ただし」
「あなたの意見は、作戦立案の前提となります」
つまり。
逃げ道は、ない。
「……少し、考える時間をもらえますか」
アレンは、絞り出すように言った。
「もちろんです」
「ですが」
監察官は、淡々と続ける。
「あなたが断ったとしても」
「現場が、あなたの判断を求める状況は」
「変わらないでしょう」
それは、脅しではなかった。
ただの、現実だった。
会議が終わり、人が散っていく。
アレンは、その場に残ったまま、動けずにいた。
「フォルツさん」
声をかけてきたのは、リーシャだった。
「……聞いていました」
「はい」
「あなたは、どうするつもりですか」
アレンは、しばらく黙っていた。
選択肢は、二つあるように見える。
前に出るか。
拒むか。
だが、彼には、どちらも選べなかった。
「……どちらも、嫌です」
正直な答えだった。
「前に出れば」
「誰かを切り捨てる判断を、求められる」
「拒めば」
「それでも、結果だけで責められる」
リーシャは、何も言わずに聞いている。
「だから」
「今まで通りで、いたい」
アレンは、静かに続けた。
「判断を、急がず」
「分からないことは、分からないと言う」
「それしか、できません」
リーシャは、しばらく考え込み。
やがて、ゆっくりと頷いた。
「……それが、あなたなんですね」
「はい」
「なら」
彼女は、まっすぐに言った。
「私たちは」
「あなたが“選ばない”ことを、前提に」
「動くしかありません」
その言葉に、アレンは小さく目を見開いた。
(……それで、いいのか)
答えは、出ない。
だが、この瞬間。
はっきりとした線が引かれた。
アレン・フォルツは、
前に立つ指揮官でもなければ、
ただの後方担当でもない。
**選ばないという立場**に立つ人間になった。
そして、世界は。
その曖昧さを、都合よく利用し始める。
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