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俺は戦場から逃げたいだけなのに、評価が積みあがる ~無能扱いだった後方担当が、なぜか英雄になる件  作者: 三浦レン


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第13話 信じきれない距離

 リーシャ・ヴァルディアは、眠れずにいた。


 天幕の中。

 灯りを落としても、目を閉じても、頭の中が静かにならない。


(……慎重すぎる)


 昼間に耳にした言葉が、何度も繰り返される。


 アレン・フォルツの判断は、結果として正しかった。

 伏兵は存在し、攻めていれば被害が出ていた可能性は高い。


 それでも。


 前線の空気は、重かった。


 勝てたかもしれない。

 流れを引き寄せられたかもしれない。

 その「かもしれない」を、失った。


(……私は)


 リーシャは、剣の柄を握りしめる。


 彼女は、前に出ることで部隊を守ってきた。

 恐怖を押し殺し、決断し、責任を引き受ける。

 それが指揮官だと信じてきた。


 だが、アレンは違う。


 彼は、前に出ない。

 決断を急がない。

 責任を、引き受けようともしない。


 それなのに。


 結果だけを見れば、正しい。


(……分からない)


 夜が明ける前、リーシャは天幕を出た。


 補給所の方角へ、自然と足が向く。

 理由は、はっきりしていた。


 話をしなければならない。


 倉庫の前。

 そこには、思った通りの姿があった。


 帳簿を片手に、静かに作業をしている男。

 戦場の緊張感とは、どこか別の世界にいるような背中。


「フォルツさん」


 声をかけると、彼は少し驚いたように振り返った。


「副団長……何か、問題でも?」

「いいえ」


 リーシャは、首を振る。


「少し、話がしたくて」

「……はい」


 二人は、倉庫の脇に並んで腰を下ろした。


 しばらく、言葉が出てこない。

 先に口を開いたのは、アレンだった。


「……昨日の件、すみません」

「謝ることじゃありません」


 リーシャは、即座に否定する。


「結果として、あなたは正しかった」

「……たまたまです」


 その言葉に、リーシャは眉をひそめた。


「本当に、そう思っていますか」

「はい」


 即答だった。


「分からなかったから、止めただけです」

「もし、伏兵がいなかったら?」


 アレンは、少し考えてから答えた。


「……それなら、それで」

「誰も死ななかった事実は、変わりません」


 リーシャは、思わず息を呑んだ。


「戦果は、得られませんでした」

「そうですね」


「兵士たちは、不満を持っています」

「……知っています」


 アレンは、視線を落とした。


「それでも、ですか」

「それでも、です」


 その静かな肯定に、リーシャは言葉を失う。


「あなたは……」

「はい」


「勝つことより、生き残ることを優先する」

「はい」


「それが、正しいと?」

「……正しいかどうかは、分かりません」


 アレンは、正直に言った。


「ただ、僕は」

「誰かが死ぬ可能性がある選択を」

「“やるべきだ”とは、言えないだけです」


 リーシャは、その言葉を噛みしめる。


(……この人は)


 英雄ではない。

 導く者でもない。


 だが、無責任でもない。


 ただ――選べないのだ。


「フォルツさん」


 リーシャは、少し声を落とした。


「あなたは、前線に立つ人間ではありません」

「はい」


「でも、今は」

「あなたの一言が、多くの人の行動を止めている」


 アレンの肩が、わずかに強張る。


「それが、怖くはありませんか」

「……怖いです」


 その答えは、予想通りだった。


「だから、何も言わないこともあります」

「……そうですか」


 リーシャは、ゆっくりと立ち上がる。


「私は、あなたを信じています」

「ですが」


 一拍置いて、続ける。


「まだ、完全には、理解できていません」


 それは、拒絶ではなかった。

 むしろ、誠実な距離の取り方だった。


「……それで、いいと思います」


 アレンは、少しだけ微笑んだ。


「理解されなくていいんです」

「信じられなくても、構いません」


 リーシャは、その言葉に、胸が少し軽くなるのを感じた。


 信じるか、疑うか。

 白か、黒か。


 そのどちらでもない場所が、ここにある。


 この日。


 二人の距離は、縮まらなかった。

 だが――測られるようになった。


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