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俺は戦場から逃げたいだけなのに、評価が積みあがる ~無能扱いだった後方担当が、なぜか英雄になる件  作者: 三浦レン


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第12話 慎重すぎる判断

 その作戦は、小規模なものだった。


 敵の前線拠点が一つ、突出している。

 守備は薄く、補給も細い。

 うまく突けば、戦果は見込める。


 ――そう評価されていた。


 簡易軍議の場で、地図を前にした指揮官たちは、前向きな空気をまとっていた。


「ここを叩けば、敵の動きは鈍る」

「大規模戦闘になる前に、主導権を握れる」


 慎重論は少ない。

 皆、前回の失敗を経て、次こそはと考えている。


 アレンは、端の席で黙って話を聞いていた。


(……嫌な感じだ)


 理由ははっきりしない。

 だが、違和感がある。


 敵の拠点が、あまりにも分かりやすい。

 突出しすぎている。

 そして――放置されている。


「フォルツ」


 呼ばれて、心臓が一つ跳ねた。


「君は、どう見る」

「……正直に言っていいですか」


「構わん」


 全員の視線が集まる。

 逃げ場はない。


「攻めない方がいいと思います」


 場が、一瞬静まった。


「理由は?」

「敵の動きが、不自然です」


 アレンは、地図を指でなぞる。


「ここを失えば、敵は後退を余儀なくされる」

「なのに、防御が薄い」

「……誘っているように見えます」


「可能性の話だろう」

「はい」


 彼は、正直に頷いた。


「確証はありません」

「でも、確証がないまま動くのは、危険です」


 数秒の沈黙。


「慎重すぎないか?」


 誰かが、ぽつりと言った。


「今回は、小規模だ」

「失敗しても、致命傷にはならない」


 アレンは、その言葉に小さく首を振った。


「小さな失敗でも、人は死にます」

「……」


 その一言が、場の空気を重くした。


 最終的な判断は、上官が下した。


「……今回は、見送る」

「偵察を増やし、情報を集める」


 決定事項として告げられると、軍議は解散となった。


 だが、誰もが納得しているわけではなかった。


 会議室を出た後、低い声が聞こえてくる。


「チャンスだったのに」

「慎重すぎる」

「臆病者の意見に、引きずられたな」


 アレンは、聞こえないふりをして歩いた。


(……正解だったのか?)


 自問する。


 分からない。

 だからこそ、止めた。


 それだけだ。


 その夜。

 前線から、追加報告が届いた。


「敵拠点周辺に、大規模な伏兵を確認」

「奇襲を受けていた場合、被害は甚大だった可能性あり」


 報告書を読んだ上官は、深く息を吐いた。


「……フォルツの判断は、正しかった」


 だが、その評価は、静かなものだった。


 前線の兵士たちは、結果だけを見ない。

 “戦果がなかった”という事実だけが残る。


 翌日。


 補給所で、アレンは露骨に距離を取られているのを感じていた。


「……あの人の判断で、攻めなかったんだろ」

「助かったかもしれないが」

「何も得られなかった」


 声は小さい。

 だが、確実に存在する。


(……これでいい)


 アレンは、自分に言い聞かせる。


 誰も死ななかった。

 それで十分だ。


 だが。


 リーシャだけは、違った。


 彼女はアレンの元を訪れ、まっすぐに言った。


「私は、あなたの判断が正しかったと思います」

「……ありがとうございます」


「でも」


 続く言葉に、アレンは顔を上げる。


「前線の人間は、そう思っていません」

「……はい」


「彼らは、“勝ちたかった”」


 アレンは、黙り込んだ。


 その夜、彼は一人、倉庫の片隅で考えていた。


 自分の判断は、間違っていない。

 だが、正解でもない。


(……それでも)


 剣を振らない。

 命令を出さない。

 ただ、止めただけ。


 それでも、誰かの未来を、確実に変えてしまった。


 その重さを、彼は初めて実感していた。


本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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