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俺は戦場から逃げたいだけなのに、評価が積みあがる ~無能扱いだった後方担当が、なぜか英雄になる件  作者: 三浦レン


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第11話 何も起こらない数日間

 王都から戻った翌日、戦況は驚くほど静かだった。


 敵の動きはない。

 前線からの緊急報告もない。

 補給要請も、想定内の範囲に収まっている。


 ――何も、起こらない。


 アレン・フォルツは、その事実に心底安堵していた。


(……平和だ)


 倉庫の中で帳簿を整理しながら、彼は小さく息を吐く。

 物資の数は揃っている。

 消費も計画通り。

 急な補充も必要ない。


 こういう日が、一番いい。


「フォルツさん」


 補給兵の一人が声をかけてきた。


「今日の予定、確認してもらえますか」

「はい」


 それだけのやり取り。

 視線を集めることもない。

 名前が囁かれることもない。


 ――普通だ。


 その“普通”が、ありがたかった。


 王都での出来事は、まるで夢だったかのように感じられる。

 第三王女。

 国家判断。

 期待。


(……全部、忘れてくれないかな)


 そんな都合のいい願いが、頭をよぎる。


 だが、完全に元通りというわけでもなかった。


 昼前。

 補給部門の簡易会議が開かれた。


「次の作戦についてだが」


 上官が地図を広げる。


「大きな動きはない」

「だからこそ、慎重に進める」


 その言葉と同時に、ちらりと視線がアレンに向けられた。


 一瞬。

 本当に一瞬だけ。


 アレンは、気づかないふりをして資料に目を落とす。


(……見ないでくれ)


 発言を求められたわけではない。

 だが、「意見があれば聞く」という空気がある。


 それが、重い。


「今回は、様子見だな」

「そうだな」


 結局、会議はそれだけで終わった。


 拍子抜けするほど、何も決まらない。

 そして何も、進まない。


 午後。

 前線から戻ってきた兵士たちが、補給を受け取りに来る。


「助かります」

「いつも通りで」


 感謝の言葉は、ある。

 だが、過剰な敬意はない。


 それでいい。

 それがいい。


 リーシャの姿は見えなかった。

 前線の再編で忙しいのだろう。


(……静かだな)


 そう思った瞬間、ふと気づく。


 この静けさは、偶然ではない。


 誰もが、様子を見ている。


 自分の判断を。

 自分の沈黙を。


(……やめてくれ)


 アレンは、無意識にペンを強く握っていた。


 夕方。

 マルティナが倉庫を訪れた。


「調子はどうだい」

「問題ありません」


「……そう」


 彼女は、少し間を置いてから言った。


「最近、静かだね」

「はい」


「嫌かい?」

「いえ」


 アレンは、即答した。


「このままが、一番です」

「……そう言うと思ったよ」


 マルティナは、小さく笑う。


「でもね」

「この“何も起こらない”時間は、長くは続かない」


 アレンは、何も言えなかった。


 それを、一番分かっているのは、自分自身だからだ。


 夜。

 倉庫の外に出ると、空気がひんやりとしていた。


 遠くで、兵士たちの話し声が聞こえる。


「フォルツは、どう考えてるんだろうな」

「さあな」

「何も言わないのが、逆に怖い」


 その言葉に、胸がちくりと痛む。


(……考えてないよ)


 ただ、生き残りたいだけだ。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 空を見上げる。

 星は、変わらずそこにある。


 世界は、何も変わっていない。

 変わったのは――自分の立場だけだ。


「……早く、終わってくれ」


 誰に聞かせるでもなく、アレンは呟いた。


 何も起こらない数日間。


 それは、彼にとっての安息であり、

 同時に――嵐の前触れでもあった。


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