第1話 後方の臆病者
※この物語には、
派手な無双も、分かりやすい英雄譚もありません。
あるのは、
「戦わずに済むなら、それが一番だ」と思っていた男が、
なぜか戦争の中心に置かれていく話です。
主人公は強くなりません。
覚悟も、あまり決まりません。
それでも、世界の方が勝手に意味を与えてきます。
逃げたいだけなのに、
逃げ道そのものになってしまった男の物語を、
よろしければお付き合いください。
アレン・フォルツは、自分が臆病者だという自覚があった。
だから戦場が嫌いだし、前線に出るつもりもない。
血の匂いも、剣がぶつかる音も、叫び声も――全部、できれば一生関わらずに生きていきたい。
そのために彼が選んだのが、王国軍の後方支援部隊だった。
「また補給路の再確認か?」
倉庫の入口で、同僚の兵士が呆れた声を出す。
「三日前に点検したばかりだろ」
「……うん。でも、念のため」
アレンは地図から目を離さず、淡々と答えた。
赤線で引かれた補給路、その脇に細く描かれた予備ルート。さらにその外側に、ほとんど使われることのない獣道。
それらすべてに、彼は目を通している。
「どうせ前線は押し切る作戦だ。撤退なんて考えてないぞ」
「知ってるよ」
だからこそ、だ。
前線指揮官たちは勇敢で、熱意があって、そして――撤退を嫌う。
退くことは恥で、負けで、士気を下げる行為だと信じている。
アレンには、それが怖かった。
「最悪の場合、ここが塞がれたら……この道しか残らない」
独り言のように呟きながら、彼は補給書類に印を付ける。
最悪の場合。
それは、誰も考えたがらない言葉だった。
その日の午後、簡易的な作戦会議が開かれた。
「敵は押している。今度こそ決着をつける」
指揮官の声は力強く、周囲の士気も高い。
アレンは隅の席で、静かに話を聞いていた。
「……一点、進言してもよろしいでしょうか」
一瞬、空気が止まる。
後方担当の発言など、歓迎されない。
「何だ、フォルツ」
「補給線が伸びきっています。万一、敵が側面に回り込んだ場合――」
「万一、万一と……」
指揮官は苛立ったように手を振った。
「今回は攻勢だ。退く前提の話は要らん」
「……承知しました」
アレンは、それ以上何も言わなかった。
代わりに、彼はその夜も倉庫に残り、静かに準備を進めた。
使われないかもしれない物資。
通られないかもしれない道。
「……無駄になれば、それが一番なんだけどな」
誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
臆病者だからこそ、生き残りたい。
それだけの理由で。
翌朝、前線は進軍を開始した。
空は晴れていて、兵士たちの表情は明るい。
勝利を疑う者はいなかった。
その背中を、アレンは後方から見送る。
「……どうか、何も起きませんように」
その祈りが、届かないことを。
彼はまだ、知らなかった。
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