第12話「最後の選択」
扉E−01の前に、簡素な寝具と毛布が並べられていく。
床は冷たいコンクリートだ。
配管がむき出しの天井には、かつて非常灯を固定していたらしい金具の跡だけが残っている。照明はほとんど切れていて、かろうじて廊下の端に沈んだ赤い光があるだけだった。
鷹野が倉庫から引っぱり出してきた薄っぺらなマットを、黒瀬と朔也が無言で運ぶ。千景は、使える毛布を選り分けながら、埃を叩き落としていく。
「……こんなもんか」
黒瀬が、マットを最後の一枚まで敷き終えてつぶやいた。
E−01の扉を背にするように、マットが横一列に並んでいる。その上に薄い毛布。枕代わりの丸めたジャケット。即席の“ベッド”だ。
どれも、これまで誰かが眠っていた痕跡を宿している。
ほつれた縫い目。ところどころに残る体温の記憶。
それらが今、ひとつの場所に集められた。
ここが、終わりの場所になる。
「ほんとに、ここでいいの?」
コハルが、不安そうに凛を見上げた。
凛は、小さく頷いた。
「うん。扉からいちばん近いところで、“誰も行かない”って決めたほうがいい気がするから」
E−01の扉には、見慣れた緑色のランプが灯っている。
それはこれまでずっと、ただのインテリアのように、そこにあるだけの光だった。
今は違う。
「出口候補」として、システムが正式に認識している唯一の扉。
その目の前で背中を合わせて眠るという行為は、システムに対する、ささやかな抵抗の宣言でもあった。
「……じゃあ、そろそろ」
千景が、皆の顔を見渡しながら言った。
「体力、もう残ってないでしょ。横になったほうがいい」
それぞれが、自分の寝る場所を選び始める。
コハルは当然のように凛の隣に潜り込んだ。
朔也は、少し離れたところにマットを敷こうとしたが、泉に肩を掴まれる。
「こっちおいで。間に入って」
「え?」
「凛とコハルの隣。どうせ最後なら、子どもの夜勤シフトみたいに寄り添ったっていいじゃない」
泉の冗談めいた言い方に、朔也は苦笑いを浮かべて、言われるがまま真ん中にマットを敷いた。
配置は、自然と決まっていく。
扉を背に、凛とコハル。
その反対側に朔也。
泉、千景。少し距離を空けて黒瀬と鷹野。
全員が横になった。
背中に当たるコンクリートの冷たさと、マットの心許なさが、逆に現実感を鋭くする。
「……じゃあ、言うね」
凛は、胸の前でコハルの細い腕を抱きしめたまま、吐くように言葉を出した。
「最後の約束。“誰も地上に行かない”。“誰も一人にしない”。それを……ここで、もう一回ちゃんと口にしよう」
「そんなの、さっきも言っただろ」
黒瀬が小さく笑う。
「何度も言わないと不安になるのは、お前の悪い癖だ」
「悪い癖でいいよ」
凛は、天井を見上げた。
「この一年、何回も約束して、何回も破って、そのたびに“ログ”が増えていったんでしょ。だったら最後くらい、“破られたくない約束”を少し多めに言っときたい」
沈黙。
やがて、泉が静かに口を開いた。
「じゃあ、私から」
暗闇の中で、泉の声だけがくっきり響く。
「私は、“誰も一人にしない”って約束する。たとえ痛み方や終わり方が違っても、誰かが一人だけ“特別な終わり方”をするのは嫌。全員、“同じ場所で終わる仲間”でいたい」
「医者としては?」
千景が尋ねる。
「医者としては……本当は、“全員を生かす”って約束をしたかったな。でも、それができないって分かった以上、せめて“誰かだけを特別扱いしない”って約束くらいは守りたい」
千景は、小さく笑った。
「じゃあ、私も医者として宣言しとく」
かすれた声で言葉を紡ぐ。
「もう誰にも、“生きるために誰かを削れ”って処方箋は出さない。“誰も行かない”って決めた以上、その選択を途中で書き換えたりしない」
「……俺も」
朔也が、少し震えながら続けた。
「俺は、今までずっと逃げてきたから。あの抽選のときも、自分が選ばれるはずだったって知ってからも、何もしなかった。だから最後くらい、逃げないって約束したい。“ここから一人で出ていかない”って」
「いいね、かっこいい」
泉が、小さく肩で笑う。
「凛は?」
コハルの声が、胸のあたりから聞こえた。
凛は、腕の中の小さな頭をそっと撫でた。
「私は……」
言葉が喉につかえる。
「……私は、“ここにいる誰とも離れない”って約束する。誰かが先に眠っても、最後までちゃんとそばにいる。もし私が先に眠ったら……そのときは、“先に寝ててごめん”って、どこかで謝る」
「ずるい」
コハルが、くすっと笑った。
「じゃあ、わたしは、“凛さんの腕の中で寝る”って約束する。ひとりで寝るのは怖いから。最後まで、ぎゅってしててね」
「うん。分かった」
凛は、ぎゅっと抱きしめる力を少し強めた。
黒瀬は、しばらく何も言わなかった。
やがて、低い声が暗闇に落ちる。
「……俺は、“出口に賭け続けたい”って約束を、ここで降ろす」
凛は、思わず目を見開いた。
「え?」
「誤解するな。俺はまだ“外を見たい”って気持ちを捨てきれてない」
黒瀬は、天井を睨むように見つめている。
「でも、今ここで“みんなで終わる”って決めた以上、俺だけ最後の瞬間に“やっぱやめた”って言うのは筋が違う。“出口に賭け続ける男”で終わりたかったけど……そうも言ってられねえ状況ってのを、今日ようやく飲み込んだ」
「……黒瀬さん」
「だからここにいる。ここで寝る。この扉の前で終わる。それが、俺の“最後の選択”だ」
鷹野は、ずっと黙ったままだった。
「鷹野さんは?」
泉が、そっと尋ねる。
「……俺は」
しばらくの沈黙のあと、かすれた声がこぼれた。
「俺は、最後の最後まで“出口を使わせたい側”だった。誰か一人でもいい、外に送り出せればって。それが、この一年間俺が“リーダーごっこ”してきた理由だ」
凛は、胸が締めつけられるのを感じた。
蓮司が、「お前たちが守ってるのは、自分の選択を正当化する物語だけだ」と言ったときのことを思い出す。
「でも、さっき外村のログの話を聞いて、正直分からなくなった。出口が本物か、処理か。そのどっちなのか分からないまま、誰かを“栄養源”にする提案をしかけた自分が、一番分からなくなった」
鷹野の声が、わずかに震える。
「そんな俺が、“誰か一人を選ぶ”なんて、おこがましいにもほどがある。だから……」
短い息。
「俺も、ここで寝る。扉の前で、“最後の逃げ場”を捨てる。それを、“自分なりのケジメ”ってことにしてくれ」
その言葉を聞いて、凛は目を閉じた。
全員が、自分なりの「最後の選択」を口にした。
「じゃあ……」
凛は、声を震わせながら言った。
「最後の約束。“誰も地上に行かない”。“誰も一人にしない”。この扉の前で、みんなで眠る。……それで、いい?」
「うん」「ああ」「分かった」と、小さな返事がいくつも重なった。
約束は、いつだって簡単に交わされる。
そのたびに、天井のどこかでマイクが赤く点滅し、中央端末の奥で「PROMISE_」から始まるファイル名が増えていくのだろう。
それでも、今この瞬間だけは、ログに残るかどうかなんてどうでもよかった。
凛は、コハルの額にそっと唇を寄せた。
「おやすみ、コハル」
「……おやすみ」
かすかな返事。
やがて、凛の腕の中から、小さな体がゆっくりと緩んでいく。
誰かのすすり泣く声が、暗闇の中に溶けた。
◆
照明が完全に落ちた。
本当の意味での暗闇が、シェルターを満たす。
凛は、眼を閉じても開いても同じ真っ暗さの中で、自分の呼吸の音だけを数えていた。
一回。
二回。
三回。
吸うたびに胸が痛い。
吐くたびに、肺の奥が焼けるように熱い。
隣で眠るコハルの息は、最初こそ浅く早かったが、次第に落ち着いていく。
泉の静かな祈りの声が、どこか遠くで聞こえた気がした。
そのときだ。
シュー……と、微かな音がした。
細い、細い、空気の流れ。
凛は、反射的に目を開けた。
暗闇の中で天井を見上げると、通気口の一つに、ごくかすかなランプの光が点いている。
そこから、何かが噴き出していた。
匂いは、ない。
音も、ほとんどない。
ただ、ひやりとした気配だけが、じわじわと降りてくる。
「……千景さん?」
凛は震える声で呼んだ。
「今、何か……」
言い終わる前に、頭が重くなった。
全身に、鉛が流し込まれたみたいな倦怠感が走る。
指先から力が抜けていき、視界の端がじわりと暗く染まっていく。
意識が、滑っていく感覚。
「これ……」
千景の声が、どこかで聞こえた。
「ガス……?」
誰かが「起きろ」と叫んだ気がした。
誰かが咳き込み、誰かが毛布をはいだ音もした。
凛は、必死にコハルの手を握りしめた。
握ったつもりだった。
でも、もう自分の指がどれくらい力を込めているのか、よく分からなかった。
呼吸に意識を集中しようとする。
けれど、吸えば吸うほど、頭がぼうっとしていく。
ああ。
これが「終息プロトコル」なんだ、と凛は思った。
人が自分から出口を拒否したとき。
“誰も一人にしない”と約束したとき。
システムは、それを“条件からの逸脱”と見なす。
だから、別の方法で「一人」を作る。
理屈は簡単だ。
「……ああ、私は」
唇だけを動かして、凛は心の中で呟いた。
「“最後の約束”さえも、守れないのかもしれない」
誰も一人にしない。
誰も地上に行かない。
そう言ったのに。
自分たちの意志とは関係ないところで、“一人だけ”が残されるように仕組まれている。
どこかで、朔也が「起きろ!」と叫んだ。
泉の祈りの声が、途中で途切れる。
黒瀬が舌打ちし、鷹野が何かを殴る音もした気がする。
全部、遠い。
コハルの手の感触が、指の隙間からこぼれ落ちていくようだ。
眠気とも違う、どうしようもない暗さが、意識を包み込んだ。
最後に聞こえたのは、自分の心臓の鼓動でも、誰かの叫びでもなく――
中央端末の、無機質な作動音だった。
◆
……目を覚ましたとき、凛は自分がうつ伏せになって倒れていることに気づいた。
頬に触れるのは、ざらざらしたコンクリートと、湿った布の感触。
喉が焼けるように乾いていて、最初の息を吸った瞬間、ひどい咳が込み上げた。
「……っ、は……っ」
肺が、痛い。
喉を通る空気は冷たく、それでいてわずかに金属のような味がする。
しばらく咳き込み続けて、ようやく呼吸を整えた。
目を開ける。
視界が、ぼやけている。
壁、扉、床。
E−01のランプは、まだ緑色に光っていた。
凛は、ゆっくりと体を起こした。
マットが乱雑にずれている。
そこかしこに、毛布が落ちていた。
さっきまで隣にいたはずのコハルの姿が、どこにもない。
「……コハル?」
呼びかける声が震える。
返事はない。
泉も、千景も、朔也も、黒瀬も、鷹野も――誰の姿も見えない。
でも、凛は知っていた。
「いない」のではなく、「動かない」のだと。
彼らが横たわっているはずの場所には、毛布が残っている。
乱れたシーツの中には、まだわずかな温もりが残っていた。
けれど、その上に“人の形”はなかった。
まるで、抜け殻だけが脱ぎ捨てられたみたいに。
「なに……これ……」
膝が笑う。
凛は、壁に手をつきながら立ち上がった。
そのとき、中央端末が低い電子音を鳴らした。
「被験体数:1」
ホール全体に響く、冷たい合成音声。
「出口プロトコルを起動します」
凛は、息を呑んだ。
その言葉の意味を、嫌というほど知っている。
蓮司の見たログ。
「最終状態:1名が残存。出口プロトコル起動」。
「地上環境:安全閾値未達」。
その「1名」が、今この瞬間、自分になったのだ。
「……待って」
凛は、ふらつく足で端末に近づいた。
「ちょっと待ってよ。みんなは、どこ……?」
返事はない。
E−01のランプが、緑から白へと変わっていく。
内部メカのロックが外れていく低い機械音が、足元から伝わってきた。
「ふざけないで……!」
凛は、扉に向かって叫んだ。
「誰も行かないって言ったのに! みんなで一緒にいるって約束したのに! なんで勝手に“1人”にしてるの!」
扉は、機械的に開き続ける。
右側の重い金属板がわずかにスライドし、隙間から冷たい空気が流れ込んできた。
なんの匂いもしない。
はずなのに、凛にはそれがどこか人工的な匂いに思えた。
放射線測定器が、端末の端で点灯する。
液晶に表示された数値は、「0」。
安全。
その数字だけを見れば、そう解釈できる。
けれど、今の凛には、目の前の数字が何の保証にも思えなかった。
「嘘つき……」
凛は、扉の隙間から吹き込む空気を睨みつけた。
「“出口なんてない”って言った外村のほうが、よっぽど誠実じゃない……」
端末が、淡々と続ける。
「被験体#ASAGIRI_RIN。地上環境への搬送を開始します」
その言葉に、凛はようやく悟った。
ここで言う「搬送」とは、地上での“生活”を意味しない。
これまでのログの文脈からすれば、それは単に「実験結果をまとめて処理する」という意味に過ぎない。
観察を終えた被験体を、指定のシークエンスに沿って“外”へ送り出す。
それが、出口プロトコル。
「……勝手に決めないでよ」
凛は、ゆっくりと頭を振った。
「勝手に“最後の一人”にしないで。勝手に“搬送”しないで。……最後くらい、こっちに選ばせてよ」
扉は、半分以上開いている。
外から差し込む光は、意外にも強かった。
白く、均一で、太陽のような暖かさは感じない。
まるで、巨大な蛍光灯を目の前に置かれたみたいな、無機質な白。
凛は、その眩しさに目を細めながら、扉に背を向けた。
ふらつく身体を引きずって、中央端末の前に立つ。
「……海斗。蓮司」
彼女は、小さく呟いた。
「お願い。今だけでいいから、力貸して」
キーボードに、かじりつくようにして指を置く。
東雲海斗が残した管理者モードのヒント。
外村蓮司が見つけた深い階層への入り口。
ログの中に刻まれた彼らの声を思い出しながら、凛は慎重にコマンドを入力していく。
IDとパスワード。
昔聞きかじった技術用語。
半分は当てずっぽうで、半分は祈りだ。
何度かエラー音が鳴り、画面に「権限不足」の文字が踊る。
それでもあきらめずにキーを叩き続けた。
やがて、端末が違う音を鳴らす。
「管理者モード:制限付きログイン」
画面が切り替わる。
白い背景に、見慣れた文字列が並んでいた。
「PROMISE_LOG」
「MESSAGE_LOG」
「ENVIRONMENTAL_DATA」
「SYSTEM_NOTE」
凛は、迷わず最後の項目を選んだ。
SYSTEM_NOTE。
機械的な文体で、シェルター群の結果がまとめられているファイル。
蓮司が読んだ、あの冷たい文章の一部。
「被験体グループ#27。観察期間:365日+α。
“約束”の数:132。
“約束”の破棄率:83%。
観察継続。」
その下に、新しい行が追加されている。
「終息プロトコル:起動済み。
出口プロトコル:条件達成(被験体数=1)。
実験状態:終了処理へ移行中。」
「……ふざけないで」
凛は、震える指でカーソルを動かした。
キーボードの上に、十本の指を置く。
「お願い、一つだけ……」
彼女は、端末に顔を近づけるようにして呟いた。
「最後の約束を、私にさせて」
ゆっくりと、文字を打っていく。
「被験体グループ#27。観察結果:」
ここまでは、システムの文体を真似た。
ここからが、本題だ。
「約束は、破られ続けた。
裏切りも、嘘も、弱さも、たくさんあった。
でも、それでも人は、最後の瞬間まで誰かと“分かち合おう”とした。」
指が震える。
思い出が、一つ一つ浮かんでは消えていく。
缶詰の列の空白。
ガス室の事故。
抽選の紙片。
匿名投票の結果。
メッセージブースでの震える声。
約束ログの部屋で聞いた、過去の自分たちの楽観的な言葉。
全部、汚くて、情けなくて、それでも確かに自分たちのものだった。
「──人類は、終了ではなく、“継続の可能性あり”と記録する。」
そこまで打ち込んだところで、指が止まった。
喉が締めつけられる。
“人類”なんて大きな言葉を、自分が安易に使っていいのか分からない。
でも、ここで「終了」と打ち込まれるのだけは、どうしても耐えられなかった。
「……保存」
凛は、エンターキーを押した。
画面の隅で、小さなアイコンがくるくると回る。
保存処理中。
その簡潔な表示が、これほど心臓に悪いものだとは思わなかった。
「お願い。消さないで。上書きしないで。……たとえ誰も読まなくてもいいから、どこかに残して」
祈るように呟く。
やがて、アイコンが止まり、画面の端に小さく「更新完了」の文字が浮かんだ。
SYSTEM_NOTEの末尾には、凛の打ち込んだ文章が、そのままの形で残っていた。
ほんの数行。
ログの海の中では、取るに足らないノイズみたいな文だ。
それでも、凛にとってはそれが全てだった。
「あとは……勝手にすればいい」
凛は、キーボードから手を離した。
E−01の扉から、強い光が差し込んでいる。
白く、冷たく、あまりにも均質な光。
足元がふらつく。
もはや立っているだけで精一杯だ。
それでも、凛はゆっくりと扉のほうへ向き直った。
「行くよ、コハル」
思わず、そう口に出していた。
隣には誰もいない。
頬を伝う涙が、冷えた空気の中でひどく鮮明に感じられた。
「泉さんも、千景さんも、朔也も、黒瀬さんも、鷹野さんも。……もし、どこかでこのログを見る人がいたらさ」
凛は、小さく笑った。
「笑ってくれていい。“そんなの継続の可能性でもなんでもない”って、笑ってくれていい。でも、その笑い声があるうちは、きっとまだ――」
そこまで言いかけて、言葉を飲み込んだ。
これ以上、何かを約束する資格は、自分にはもうない。
約束は、ログに残る。
破られるたび、システムにカウントされる。
だからこそ、最後の一行だけは、破られないままで封じ込めたかった。
凛は、足を一歩踏み出した。
扉の向こう側へ。
光が、視界を白一色に塗りつぶしていく。
冷たい空気が、肌を撫でる。
床の感触が変わった気がした。
重い何かに体を支えられる感覚。
それらが、すべて混ざり合っていく。
目を閉じる。
閉じても、開いても、白しかない。
◆
──中央端末は、静かに最終ログを記録していた。
「被験体#ASAGIRI_RIN。搬送完了。」
実験ログ:
「被験体グループ#27
終息プロトコル:実行済み
出口プロトコル:起動済み
実験状態:終了」
その末尾には、ひとつだけ異質な行が残されている。
「──人類は、終了ではなく、“継続の可能性あり”と記録する。」
それが、観察者によって意味を与えられる日が来るのかどうかは、誰にも分からない。
ただ、廃墟都市の地下深く。
E−01の扉の前に残された空の寝具と、乱れた毛布と、誰もいないマットの列だけが――
かつてここに、“一緒に終わろうとした十三人”がいたことを、ひっそりと物語っていた。




