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やわらかな光のなかで  作者: 冬木真人
それでもお互いを信じて
24/30

優衣の心の葛藤

12月に入ったばかりだというのに、朝晩の冷え込みはすでに本格的な冬のようだった。

吐く息は白く、ビルの谷間を吹き抜ける風が頬を刺す。

街路樹の葉はほとんどが散り、枝先に冬の空が透けて見える。

駅前ではイルミネーションの準備が進み、年末の気配が少しずつ街に色を差しはじめていた。


天井の白は、どうしてこんなに冷たいのだろう。

病室の空気は薄く、音もにおいも色も、すべてが淡くぼやけていた。


「ストレスと過労です。しばらくゆっくり休んでください」

医師の言葉は、まるで何度も再生された古い録音テープのように、頭の中で繰り返されていた。


息子の顔が浮かぶ。

倒れた朝、起きることができずに、息子の弁当を作れなかった。


「お弁当、大丈夫。今日ぐらいは売店でなんか買うよ」


彼がそう言ってくれた朝、どこかで私は限界を超えていたのかもしれない。


無理をしていた。それはずっとわかっていた。

仕事、家のこと、母親としての責任——全部を「普通に」こなそうとし続けて、身体のサインを見て見ぬふりをしてきた。

いや、それ以上に、自分の感情に蓋をしていたことのほうが、大きかったのかもしれない。


静かな病室の中、窓の向こうに広がる灰色の空を、優衣はぼんやりと見つめていた。

裸になりかけた街路樹の枝先が、冷たい風にかすかに揺れている。

舞い落ちる枯葉が、ひとひら、またひとひらと地面へと吸い込まれていくのを、

まるで時間のように見送っている自分がいた。


こんな日にも、昌宏さんは変わらず忙しく働いているのだろうか──

ふと浮かんだその名前に、胸の奥がかすかに痛んだ。


あの夜のぬくもり。

あの時の彼の手の温かさと、目の奥に宿っていた痛みのような優しさ。

すべてを忘れようとしても、私の中に染み込んでいて、抜けてくれない。


昌宏からのメッセージは、既読のまま返せなかった。

いや、返せなかったんじゃない。

返す資格なんて、ないと思ったのだ。


彼は、今も隣に誰かがいる人。

私は、何も持っていないようで、でも守らなければならない存在がある人。


「どうして、踏み込んでしまったんだろう」

つぶやいた声は、誰にも届かない。


でも、心の中では、また会いたいと思っている。

だけど、会ってしまったらきっと、またあの場所に戻ってしまう。

私はそれを望んでいるのか、怖れているのか、自分でもわからなかった。


「会いたい…」


思わず声にならない声で呟く。呼吸が浅くなる。

込み上げてくるのを抑えきれなくなって、枕に顔をうずめた。


こんなにも弱い自分を、彼に見せなくてよかった。

そう思いたいのに、どこかで「見てほしかった」という気持ちが、静かに疼いていた。


次回は「メッセージする自信がない」

無事退院した優衣。

少しずつ元の生活を取り戻そうとしていた。

ただ、昌宏へ退院報告を何度も送ろうとする…でも躊躇して送信できない優衣。


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