表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やわらかな光のなかで  作者: 冬木真人
静かな渇き ―境界線の向こうにあるもの―
2/7

出会い

仕事というものに、それなりの時間を費やしてきた頃だった。

積み重ねた年数が、いつの間にか「中堅」という言葉を背負わせていた。


部署異動の内示が出たのは、まだ年が明けて間もない頃――2023年1月。

冷え込む朝、会議室で伝えられたその知らせに、正直、気は進まなかった。


「真壁さん、来月からあの新設部署に異動なんですって?」

昼休み、社内カフェスペースで同僚にそう言われ、「ああ、らしいね」と曖昧に返したのを覚えている。

会社の方針だとか、キャリアパスだとか、もっともらしい理由はあったが、

本音は「若手を前面に出すためのバランス取り」だと勘ぐっていた。


そして、4月の初日。

俺はノートPCと私物の入ったバッグを持って、新しいフロアの自動ドアをくぐった。


「本日からこちらに配属になりました、真壁昌宏と申します。よろしくお願いします」


無難に挨拶を終え、フリーアドレスの一角に案内される。

新しいプロジェクトのSlackチャンネルが次々に招待され、慌ただしく一日が始まった。

そこには、慣れない空気と、初対面の人たち。そして彼女がいた。


「篠原優衣です。オンラインの方が多いですけど、分からないことがあればいつでも声かけてくださいね」


そう言って微笑んだ彼女の第一印象は、「真面目そうでしっかりとした女性だな」だった。

小柄で、肩につかないくらいの髪。目元が少し眠たげな印象。

声の調子も落ち着いていて、あまり自分を強く押し出すタイプではない。

ただ、切れ長の瞳からは、どこか控えめな柔らかさの中に、強い意志を感じさせていた。

その日から、自分は篠原のすぐ隣の席で仕事をすることになった。


最初はそれだけだった。

ただの同僚。チャット上や打ち合わせの合間に必要な会話を交わす程度の関係。

別にそれ以上でもそれ以下でもなかった。


けれど、不思議と彼女の言葉は、耳に残った。


「真壁さんって、なんか静かだけど…優しそうですよね」


ある日、篠原はオンライン会議が終わって疲れた様子で椅子に体を預けて、ふっと肩の力を抜いたように見えた。

その瞬間、ふいに目が合った。

不意打ちのような視線に、こちらも言葉を失ったが ―― 彼女の方が、静かに口を開いた。

俺は戸惑いながらも、「あ〜よく言われるよ」と曖昧に笑ってごまかした。

他愛もない会話だった。けれどそれが、少しだけ俺の中の空気を変えた。


彼女はときどき、必要以上に人に気を遣っているように見えた。

グループチャットでの丁寧すぎるレスポンス、誰かに頼まれたタスクを断りきれず抱え込んでいる様子。

そういうところが、どこか自分に似ている気がしていた。


あるとき、自分と篠原がちょうど出社している際に、社内のカフェテリアに2人だけになった。


「異動、大変じゃないですか? 前のチームのほうが良かったですか?」


「いや……まあ、慣れないだけだよ」


本音を言えば、戻りたい気持ちもあった。でも、そう口にするのは違う気がした。


「私も、前の部署から異動になったとき、最初は慣れなくて…。毎朝オンライン立ち上げる前にため息ついてました」


彼女は冗談めかして笑った。でもそこにはほんの少しだけ、疲れた色が混じっていた。


その日からだった。

俺は彼女の姿を、無意識のうちに目で追うようになった。


「ただの同僚」――そう思っていたはずなのに。

彼女の仕草や表情、ふとした瞬間の声が、俺のなかで意味を持ちはじめていた。


春の終わり。

季節は、少しずつ夏へと向かっていた。


次回は「ふとした瞬間に」

オフィスでの交流を通じ、互いに異性として意識し始めた真壁と篠原。

そのことに真壁が戸惑い始める。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ