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やわらかな光のなかで  作者: 冬木真人
それでもお互いを信じて
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再び近づく時間と葛藤

乾いた風が街角をすり抜けるようになった、10月の終わり。

日中の陽ざしはまだ暑く感じるが、朝晩の空気にはひんやりとした冷たさが混じり始めている。

人々は薄手の上着を羽織り、どこか急ぎ足で歩く姿が目立ちはじめていた。


下期に入り、新たに立ち上がった業務プロジェクトの一員として、

なんと、俺と優衣は再び仕事で関わることになった。


彼女は異動先の部署に拠点を置いたまま、リモートで参加している。

直接顔を合わせることはない。

それでも、オンライン会議の画面越しに映る彼女の姿が、胸の奥を静かにざわつかせた。


「篠原さん、ここの進捗、いかがですか?」


「はい、今のところ大きな遅れは出ていません。資料は明日までにまとめます」


その言葉に、俺はただ頷くだけだった。

以前よりも落ち着いた彼女の声と表情。

それが彼女の強さなのか、あるいは何かを呑み込んだ結果なのか、すぐにはわからなかった。


ふたりのやり取りは、ほとんどがチャットかオンライン会議。

感情を挟む余地のない、業務上のやり取りばかり。

けれど、彼女の言葉遣いや句読点の打ち方、言い回しに、かつての優衣の気配を感じることがあった。



「以前と変わらな…」


ある日、そう打ちかけて、指を止めた。

そして、そのまま入力欄を閉じた。


送らなかった言葉の残像が、胸に残る。

言ってはいけない。そう思う自分がいた。

彼女の気持ちを、揺らしてはいけないと。


彼女もまた、必要以上の言葉を使うことはなかった。

けれど、業務の最後に添えられる「ありがとうございます」のひとこと――

その語尾が、ほんのわずかにやわらかく感じられる瞬間があった。


距離が、再び近づきはじめている。

けれど、それは偶然に過ぎない。

たまたま同じプロジェクトに配属されただけ。

再会ではなく、配置の一致。それだけのはずだった。


……それでも。


画面越しの彼女の声に、言葉の間に、そしてタイピングの癖に、

俺の感情は静かに揺れていた。


「真壁さん、以前の会議資料、もしあれば共有いただけますか?」


「了解。すぐ送るよ」


そんな当たり前のやり取りが、妙に心に残る。


きっと、今のほうがよほど難しい。

かつてより近いのに、踏み込めない。

けれど、確かに彼女はそこにいる。

離れた場所、画面の向こうで、何かを抱えながら。


画面越しに目が合うたびに、

彼女もまた、同じことを考えているのだろうか。

それとも――もう、別の時間を歩きはじめているのかもしれない。



──昌宏と画面越しにふと目が合うたび、息をするのが少しだけ苦しくなる。

見つめ返すことはできなくても、その視線の奥に揺れているものに、心がかすかにふるえる。


答えは、まだ出せない。

過去に戻ることも、今を捨てることもできないまま、

ただ、揺れながら立ち止まっている。


けれど、それでも願ってしまう。

あなたの中から、私の記憶だけは消えないでほしい。

ふとした瞬間に思い出してくれるなら、それだけでいい──

そう思う自分を、優衣はどこかで責めながらも、否定できずにいた。


画面の向こう。

変わらず優しい表情も、声の温度も、何も変わっていないように見える。

だからこそ、余計に、胸が静かに痛んだ。



わからないまま、でもまた、日々は静かに積み重なっていく。

互いの言葉を選びながら。

まだ何も終わっていないと、心のどこかで信じたまま。


次回は「かすかな再接近への序章」

接点ができたが、仕事上のやり取りしかしていなかった昌宏と優衣。

2人に、ちょっとした変化が。


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