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やわらかな光のなかで  作者: 冬木真人
それでもお互いを信じて
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すれ違いの優しさ

それからしばらくのあいだ、優衣からの連絡はなかった。


体調のこともあり、無理はできないだろう――そう思って、俺もこちらから連絡を取ることはなかった。

けれど、あの日の痩せた彼女の姿が、ふとした瞬間に頭をよぎった。

静かに笑っていた顔、コートの襟を整えて改札をくぐる後ろ姿。

そのすべてが、胸のどこかを締めつけた。


気づけば、彼女に会いたいと思う気持ちは以前よりも強くなっていた。

ただ会って、無理しないで――それだけを伝えたかった。

何かを求めているわけじゃない。ただ、そばにいたいと願っていた。


そんなある日、珍しく優衣からメッセージが届いた。


「真壁さん、お元気ですか? 先日はありがとうございました」


文面は短く、整った敬語で、どこか気遣うような温度を持っていた。

そこに「会いたい」や「話したい」といった言葉はなかった。

けれど、それはきっと彼女なりの精一杯のやさしさなのだと思った。


返事を打ちながら、ふと考える。

もしかすると、俺が“やさしさ”だと思っているものは、

彼女にとっては、心に距離を置くための壁なのかもしれない。


優衣が言葉を選んでしまうのは、俺の立場を思いやってのこと。

でもそれは同時に、自分の気持ちにふたをすることでもあるのだろう。


俺はスマホにゆっくりと指を滑らせ、こう送った。


「無理して返信しなくていいから。

でも……ときどきは、声を聞かせてくれると嬉しい」


そう送ってから、スマホを伏せて机の上に置いた。

既読はすぐについた。でも、そのまま何の返信もなかった。


何も起きていないのに、何かを失ったような感覚が胸の奥に沈んだ。

あの夜のぬくもりも、カフェでの笑顔も、まるで夢の中の出来事みたいに遠く感じられた。


――翌日、彼女から一言だけ返ってきた。


「わかりました。ありがとうございます」


その短い言葉のなかに、彼女のやさしさと、どこか小さな決意のようなものを感じた。

俺の気持ちに応えるでも、拒むでもなく、ただ静かに受け止めるような声。


優衣はきっと、今もどこかでひとり闘っているのだ。

母として、女性として――そして、俺とは交わらない現実のなかで。


やさしさは、ときに刃になる。

誰かを守ろうとして使えば、その刃で自分の心を傷つけることもある。

けれど、すれ違う優しさの奥に、確かな想いがあることを、俺は信じたかった。


ほんの少しずつでいい。

また笑い合える日が来るのなら、俺はそれを待ちたいと思った。


次回は「再び近づく時間と葛藤」

縁とは不思議なもので…昌宏と優衣が再び仕事で関わることとなった。


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