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07 いや

 その時、産まれて初めて間近に竜を見たアリスは、そのつぶらな黒くて可愛い目を見上げながら呟いた。


「え、おっきい」


「ぶっ……」


 すぐ背後でその言葉を耳にした途端、吹き出したゴトフリーが思い出したことがわかってしまったアリスは顔を赤くした。


「ちょ、ちょっと、何笑ってるの」


「あ、ごめんごめん。ちょっと想像してなかった反応で、今のは完全に不意打ちだったから避けきれなかった。本当にごめん」


 必死で真面目な顔を作ろうとして失敗しているゴトフリーを睨むとアリスは口を尖らせた。その場を仕切り直すようにちいさくこほんと咳払いをして、目の前でお行儀よく前足を揃えて座っているアレックに笑いかけた。


「えっと、アレック? なんだか可愛い、ね」


 主に似ているのか、いかにも穏やかで優しそうな雰囲気を持つ緑竜は首を傾げて二人を見下ろしていた。キュルっと可愛い鳴き声がして、アリスに顔を近づけた。


「アリス、顔を撫でてあげて。アレックはそうされるのが好きなんだ」


 うん、と頷いて頬を撫でると冷たいような温かいような不思議な触感だった。ゆっくりとアリスに撫でられてキュルキュルと嬉しそうに喉を鳴らすアレックのあまりの可愛さに、アリスは思わずその大きな顔に抱きついて頬擦りしてしまった。


「……アリス、ダメだよ」


 慌ててゴドフリーがアリスの手を引いた。


「え? ごめんなさい。これって竜にしちゃダメなことだったのかな?」


 今の今までもちろん触ったことなどないし、今日アレックに会うことはいきなり決まったから、竜の情報も何も調べていなかった。顔に抱きつくのは竜にとってタブーの行為だったのかとアリスは慌てた。


「……違うけど。アレックは雄だ」


「え?」


 ゴトフリーの思いもよらぬ言葉に、ぽかんとしたアリスに彼は言いにくそうに呟いた。


「俺の前で抱きつかないで。俺の前じゃなくてもダメだけど」


 その言葉が彼の嫉妬によるものだと理解するのまで時間がかかったアリスはじわっと熱を持った頬を隠すように手袋をした両手を顔に当てた。


「……えっと、その、だって竜だし、アレックはゴトフリーの相棒でしょう?」


 ゴトフリーは先程帰した馬車から降ろした荷物を手早く慣れた手つきで鞍にくくりつけると、アリスを片腕で軽々と抱き上げながらアレックに乗った。


「そうだな、でも理屈じゃないんだ。ごめん」


 鞍に乗せられて彼の前に同じ方向を向いて座ってしまっていたから、それを言ったゴトフリーの表情を見ることは出来なかった。アレックはすこし振り返って二人が腰を落ち着けたのを確認すると、大きな羽根を広げて晴れた冬の空へと飛び立った。



◇◆◇



 ゴトフリーとアレックがアリスを連れてきてくれたのは、深い森の中にある鏡のような水面の美しい湖だった。その近くの開けた草原に降り立ち、先に飛び降りたゴトフリーにアレックの背から降ろしてもらうと、アリスは普段なら絶対に見ることの出来ない光景に歓声をあげた。


「アリス、気に入った?」


「うん、湖綺麗ね。ここでお昼ご飯食べるの? すごく素敵」


 興奮しながら目を輝かせるアリスに頷きながら微笑むと、ゴトフリーは荷物から出した大きな敷布を暖かな陽が当たっている場所に広げた。アレックはその様子を見て、一度首を傾げると、方向を変えて尻尾を振りながら、森に向かってとことこと歩いて行ってしまう。


「あれ? アレックはどこにいくの?」


「あいつ、陽だまりの中で一匹で昼寝するのが好きなんだ。遠くには行かないよ」


 その言葉を聞いてアリスはパチパチと目を瞬いた。そして緑竜の可愛い嗜好に思わず笑顔になる。


「アレックってお昼寝が好きなの?」


「そうだよ。いつも居る竜舎だと、他の竜が居て落ち着かないからこういう静かな森の中で昼寝するのが好きなんだ」


「ふ、可愛いね。竜ってすごく可愛いんだね、全然知らなかった」


「んー、アレックは特別のんびり屋なんだよ。他の若い竜は割と気が強かったりするし活発なんだけど、まあ生まれ持った性格だな」


 苦笑してから、ゴトフリーは荷物の中に手を入れて、王都でも有名なお店の名前が焼印されている木製のお弁当を取り出すとそれを広げはじめた。


「えっと……あの、このお店高かったんじゃないの」


 じっとその店の名前を見ているアリスにゴトフリーは苦笑する。


「アリスが気にするような事じゃないよ。それにアリスだったら俺の貰っている俸給の額を知ってるんじゃないの」


 面白そうにゴトフリーは言った。確かにアリスの所属してる計数室では城で働いている人間全員の月一の給与の振込も行っているが、それはアリスの担当じゃない。


「しっ……知らないよ。それに私は経費の担当なの。知ってるでしょ」


「ふーん、気にならないの?」


「え? 何が?」


 目を瞬いたアリスをゴトフリーは大きな敷布の上に座りながら見上げた。


「俺、一応竜騎士だし結構貰ってるから、女の子ってそういうことって気になるのかなって。今までそう思っていたけど」


 確かに竜騎士のゴトフリーが高額な俸給を貰っていることは理屈では分かっているけれど、アリスはその額を知りたいとは思わなかった。彼は働いていて毎月貰っているお金がある。だからなんだというのだろう。


「えっと、私はあんまり気にはならないかな」


 その言葉にどう答えれば良いかわからなくて、アリスは困った顔をしながら靴を脱いで敷布に上がった。これもかなり高そうな質感の生地だし、食べる時に汚さないように気をつけなければならない。


「……そっか。じゃ、用意出来たし食べようか。評判も良いし、きっと美味しいと思うよ」


 おずおずと自分の隣に座ったアリスにゴトフリーは微笑んだ。


「アリス、俺と付き合ってよ」


(きた)


 最近ゴトフリーがその言葉を言うのをずっと待っていたアリスは、突然のチャンスに内心すごく慌てた。


「いっ……」


「い?」


 不思議そうに顔を覗き込んできたゴトフリーのその整った顔を意識してしまったアリスは、目をぎゅっと閉じてその口は言おうとしていた反対の意味の言葉を紡いでしまう。


「いや」


「……あ、そっか。なんかちょっといけそうな雰囲気だから期待しちゃった。まぁそうだよな」


「そ、そんな訳ないでしょ」


 肩を竦めてふふっと微笑んだゴトフリーを見ながらじわっと涙が浮かびそうになった。


(いいよって、いいよって言おうとしたのに……ほんと私ってバカ……)


 ゴトフリーの用意してくれたお弁当は本当に美味しくて、そこから見える景色も綺麗でロマンチックで、アリスはずっと憧れていた彼とこんな風に過ごしている自分が本当に信じられなかった。


「あのね、アレックね、すごく可愛いね。竜騎士って自分で選んだ竜に認めて貰ったら契約出来るんでしょう? ゴトフリーもやっぱりあの可愛さが良かったの?」


 照り焼きの肉が入ったサンドイッチを取り上げながらアリスは言った。あの緑竜ならば自分もきっと選んでしまうだろうなと思いながら。


「……ん、俺がアレックを選んだ理由が聞きたいの?」


 その大きな口で一口でサンドイッチを食べてから、調味料がついてしまっていた親指を舐めながらゴトフリーは言った。そのちらっと見えた舌がすごく柔らかかったことを思い出してしまったアリスは、慌てて彼が保温の魔法がかかった水筒から注いでくれた熱いお茶に口をつけた。


「う、うん。私、アレックを一目見て気に入ったから、ゴトフリーもそうかなって思ったの」


「あいつに一目惚れしたの? ……そうだな。ヴェリエフェンディの竜はさ、成竜になったその年から年に一度だけ竜騎士を選ぶんだけど、アレックが成竜になった年に一緒に成竜になった力の強い竜が二匹居てね。その二匹の竜は体も大きくて目立っていたから、アレックはその影に隠れてちょっと目立たなかったな」


 その時のアレックの様子を思い出しているのか、ゴトフリーはふっと優しい笑みを浮かべた。


「えっと……目立たないとこが良かったの?」


 彼の言いたいことが汲み取れなくて首を傾げたアリスに、ゴトフリーは首を振った。


「これは誤解しないで聞いて欲しいんだけど、別に卑屈になっている訳でもなくただの事実なんだけど……俺はさ、同期に特に優秀なリカルドやブレンダンがいるから、どうしても比較されることがあって悔しい思いをすることも多かった。だからかな、体の大きな火竜と氷竜の隣で心細そうな顔をしているアレックを見た時、自分と一緒だと、あの時そう思ったんだ。そして、気がついたら契約を願い出ていた」


 その時、初めて彼の内側に触れたような気がして、アリスは何も言えなくなってじっと真っ直ぐに自分を見る紺色の目を見た。


 竜騎士だから、特別な存在であると思っていた。抜きん出た才能と弛まぬ努力の上に鉄のような克己心。それを持っている彼に、今までどんな苦しみや葛藤があったかなんて知らなかった。知ろうともしなかった。優しく柔和に見える彼が、今まで、どれだけの悔し涙を隠してきたのだろう。


「……だからね、アリスがその、あの時さ。どんな理由だとしても俺を一番だと選んでくれて本当に嬉しかったんだ。この子は誰よりも俺が良いってそう思ってくれたんだと思うと、これからどんなことがあろうと何でも乗り越えられそうなそんな気がしたんだ……今までの人生の中で俺の事を一番だと、選んでくれたのはアレックとアリスだけだ。本当に嬉しかったし、その得難い幸運をこれからもずっと大事にしようと思っているんだ」


 彼のことをもっと知りたいと思った。たくさんの言葉を交わして、その奥にあるつよく柔らかな心に触れたい。そうしたら、きっときっと今よりもっと好きになる。そんな予感がして、心地よく高鳴る鼓動を感じた。


 暖かな日差しの中で、のんびりと流れていくこんな時間をずっと、過ごしたい。他でもないこの彼の隣に居たいと、そう思った。



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