55 関係
(そうなんだよね。ゴトフリーが深夜勤務だと、こうして合間に会えたりするんだ。すごい……大浴場以外にも楽しみが増えた。嬉しいな……)
いつもの平日のアリスであれば今頃はベッドの中でぐっすりと眠っており、こんな場所に居るはずもない。けれど、今は城の中をゴトフリーと歩いている。
年度末でしか味わえない空気に、アリスは胸をときめかせていた。
「なんだか、深夜の城の中って、深夜の学校みたいだよな……いつもは人が多いはずなのに、がらんとしてて変な感じがする」
「……? そうなの? 私は深夜の学校なんて、入ったことないけど?」
隣を歩いていたアリスに不思議そうに聞かれて、ゴトフリーは信じられないと言わんばかりの驚いた表情を浮かべていた。
「え!? なんで。深夜の学校で、肝試しとかやらない? 俺たちはやったよ。昼間に置いた屋上の紙を一人一枚ずつ持って帰って来るやつ」
ゴトフリーの当然のような口振りに、アリスは驚いて首を横に振った。
「そんなの、やらないよ! 高等学院って校則厳しくて、見つかったら停学とか悪くて退学になっちゃう」
いかにもヤンチャな学生時代を送っていそうなゴトフリーの話を聞いて、アリスは呆れたように口を尖らせた。
アリスの通った高等学院では校則が非常に厳しく、深夜に学校で肝試しなんかして見つかろうものなら大変なことになってしまう。
(そうだよ。そんな……将来を左右するような危険な遊びなんて、誰もやらないよ)
城の中枢部を担う文官を目指し真面目な学生が多かった高等学院では、そんなことをしたらとんでもないことになるし誰もするわけがない。アリスが少し睨めば、彼は肩を竦めた。
「うん。俺らもそうだよ。だから、肝試し……そういう意味でも」
にやっと悪く笑ったゴトフリーに予想もつかない反応をされて、アリスはドキッとしてしまった。
(もうっ……それも、わかんない。また、ゴトフリーの新しい顔を見た)
ゴトフリーはもう既に何年も竜騎士として働いていて、そういうヤンチャをするような機会もないだろう。
けれど、学生時代の彼はこうだったのだろうなと思わせるゴトフリーの悪戯な表情を見てアリスは嬉しくなった。
「わ、悪い……不良。けど、すっごく楽しそう。あのね。ゴトフリーって、どういう学生時代を過ごしていたの?」
ゴトフリーは騎士学校時代からの同期の面々と非常に仲が良く、彼らと過ごした学生時代が気になった。
これまでアリスはゴトフリーとはいろんな話をしたけれど、そういえばそういう学生時代の話をあまり聞いていなかったことに気が付いた。
「ん。聞きたい?」
アリスがこれから使用する執務棟奥にある仮眠室はすぐそこで、この話を道中に終わらせるには近すぎる。そう思ったらしいゴトフリーは、座って話そうという意を込めて、廊下の奥にある椅子を指さした。
「……なんだか、悪いことしているみたいだね」
二人が落ち着くことにしたしんとした廊下には、昼間には常に女官や文官へ兵士、城で働く人たちが行き交い騒がしい。
同じ場所なのにまるで違う場所のように思えて、アリスは隣に座ったゴトフリーにはにかんだ。
「そうだね。ここで悪いことをしても良いけど……止めとこう。アリスは仕事で疲れているし、職場であまり良くないことは、俺も理解している」
怪しげな手付きで腰に回された手をアリスは胡乱げに見たので、ゴトフリーは背中をポンポンと叩いた。
「ねえ。学生時代のこと、教えてよ。竜騎士たちの通う騎士学校で、どういうことをしていたの?」
「ああ……うん。そうそう。まあ、アリスも知っての通り、竜騎士になるって、段階段階で振り落とされるからさ。皆、必死だった。けど、俺たちも若くて体力有り余ってるから時間があれば、遊びに行ったり寮抜け出したり……楽しかったよ。さっきも学校での肝試しの話をしたけど、夏は夜に抜け出して城の近くにある湖に泳ぎに行ったり……うん。楽しかったな」
「……そうなんだ。なんだか、楽しそう。けど、寮を抜け出して、バレたりしなかったの?」
竜騎士を育成するための騎士学校の厳しさは有名だ。だからこそ、竜騎士たちはヴェリエフェンディ国内でも尊敬を集めている。その上に、守護竜の眷属竜と契約することにより、圧倒的な戦闘力を保持することになるのだ。
「うーん……してないけど、してたと思う」
「どういうこと?」
謎かけのようなゴトフリーの言葉に、アリスは首を傾げた。
「うん。それはもちろん俺たちも、細心の注意を払って抜け出すけど……多分、見て見ぬ振りをしてくれていたんだと思う。俺たちは騎士学校に居る間、ほとんどの時間を鍛錬と勉強に使っていた。それは、もう本当に……うん。色々と大変だったから」
「わ……そうなんだ。そうだよね」
アリスはゴトフリーの言葉を聞いて、何度も頷いた。
(それだけ、大変な学生時代だった……だから、それをわかっている人は、抜け出しても見て見ぬ振りをしてたっということよね)
彼の言葉の裏側にある真意をそう読み取り、アリスは自分とはまったく違う学生時代を思った。
「あ。一回だけ、抜け出したことは、バレたことはあったな……あれは、流石に叱られなかったけど」
「え……? そうなの?」
ゴトフリーはその時のことを思い出したのか、苦笑いして頷いた。
「夜遊びした帰りにエディの家に寄ることにしたんだけど、近所で火事が起こっていたんだ。風の強い日で、火が回るのが早かった。だから……俺たちは消火や救出なんかの手伝いをしたら、朝になっていたんだ。その時に居た王立騎士団から伝達があったのか、寮抜け出したことは誤魔化しが利かなかったけど、教官たちからは厳重注意のみで叱られたり罰を与えられることはなかった」
「そっ……そうなんだ! すごい。エディのお家は、大丈夫だったの……?」
「あ。うん。運良く被害はなかったみたい……エディのお父さんはエディそっくりだから、アリスも見たら、誰がお父さんなのか、すぐにわかると思うよ。お母さんの要素ゼロ」
付き合い長く仲の良い同期エディの父親の顔を思い出したのか、ゴトフリーはなんだか楽しそうにしていた。
「わ。会ってみたいな……エディのお父さん、すっごく優しそうだよね。そういえば、ゴトフリーもお父さん似だよね?」
アリスは付き合い始めた頃に、一度だけ遠方に住んでいるゴトフリーの母にあった事があるが、優しそうな丸い顔をしていた彼女は、あまり彼には似ていなかった。
だから、エディのようにゴトフリーも父に似ているのではないかと、自然にそう思ったのだ。
「うん……母さんは俺が別れた父さんに似過ぎているから、あまり俺のことを好きじゃないんだ。俺はそのことをわかっているから、成人してからは、あまり近づかないようにしてる」
「え……」
思いもしなかった話を聞いて、アリスは驚いた。そして、思い直した。
これまで、そういう深い話はゴトフリーはしなかった。いや、深刻な話はしないようにしていたのだ。
だから、自分たち二人の関係がまたこの時一歩前へと進んだのだと、アリスはこの時にそう思った。




