51 葛藤の理由
(ゴトフリーと一緒に住むこと自体は、ぜんぜん嫌じゃない……嫌じゃないけど、なんだか複雑なんだよね……)
あのままなし崩しにゴトフリーの住む家へ行くことになったアリスは、彼の作った美味しい料理を食べながらぼんやりと考えていた。
母一人子一人で育ったゴトフリーは、仕事で大変な母を少しでも手伝おうと、料理洗濯掃除など誰かを雇わずとも自分で出来てしまうのだ。何事も優秀な成績を収め研究熱心な彼らしく、どの料理も一工夫されていて、とても美味しい。
アリスだって、そんな親孝行なところのあるゴトフリーのことは好きだし、いつかは彼と一緒に住みたいとは思って居る。
しかし、アリスがもし結婚を前提に彼と住む場合……今の住所をどこかに移す場合、当然のことだが、アリスの両親に報告する必要があった。
アリスの両親は、どちらも教師だ。
彼らは自分たちの娘が王城の文官として採用されたことを、心から自慢に思っている。幼い頃から学習能力が著しく高い娘を、国内でも一番の学校に入れて文官にすることを目標としていたようだ。
そんな両親の期待に応え続けていたアリスは、勉強を続けて良い成績を修めていれば、それだけで良いんだと思ってしまう女の子になっていた。
勉強以外を重要とせずに育ったアリスは、学校へと進学し、それでも周囲に合わせて普通の女の子のように振る舞うことは出来た。
けれど、もしかしたら恋愛関係になるかもしれないと思う男性の前では、普通の女の子と同様に緊張してしまい彼女たちが感じる何倍もの葛藤が生まれ、素直に自分の気持ちを伝えることが出来なかった。
そんなアリスを気遣い面倒だと思わずに、時間を掛けて理解しようと歩み寄ってくれたのはこれまでゴトフリーだけだ。
(そうなんだよね……多分、私ゴトフリーと出会わなかったら、結婚なんて、夢のまた夢だったかもしれないんだよー!!)
そこまで考え至り、アリスは背筋がゾッとしてしまった。アリスにはゴトフリーしか居ないかもしれないが、ゴトフリーは皆憧れの竜騎士で、誰とでも結婚出来るのだ。
……それこそ、彼が望めば誰とでも。
「……アリス?」
ゴトフリーは首を傾げていて、アリスは慌てて口を開いた。
「え! そうだよね。うん。私、ゴトフリーと結婚したいと思ってるよ! だって、誰にも取られたくないもん!」
水を飲みかけていたゴトフリーはゲホゲホと咳き込み、アリスはついつい頭で考えていたことを口にしてしまい顔を赤くした。
(はっ……恥ずかしい~! 自分の考えに夢中になってて、話を聞いてなかった……)
突拍子もない返答をしたアリスに、ゴトフリーは苦笑した。
「あ……うん。そうだね。俺たち二人は、もうすぐ結婚する予定だから、それは問題ないと思う」
「ごめんなさい。なんだか、色々考えてて、話を聞けてなくて、なんだか、変なこと言っちゃった」
アリスは正直に謝り、ゴトフリーは不思議そうな表情になった。
「何を考えていたの?」
「……だって、私は多分ゴトフリーとしか結婚出来ないけど、ゴトフリーは誰とでも結婚出来るでしょ? なんだか、色々考えていると焦っちゃった」
ゴトフリーは目を見開いて驚いているようだったが、アリスは真面目な表情を崩さなかった。
「俺のアリスは本当に何を考えるかわからなくて、可愛いよね……色々と見解の相違はあるみたいだけど、俺はアリス以外と結婚する気はないから、何の心配もないし大丈夫だよ」
ゴトフリーは、そう言って肩を竦めた。
(そろそろ……言わなきゃだよね)
アリスは覚悟を決めてゴトフリーの顔を見た。
「あのね。私……その、一緒に住もうかなって言ったでしょ?」
「あ。そうだね。さっき、俺はその話をしてたんだよ。ここだとアレックも竜舎が近いし、なんなら庭にあいつが来ることも出来るんだ。この辺り一帯に住んでいるのは竜騎士ばかりだし、アリスが会いたいと思ったら、アレックに会うことが出来るよ」
アリスが悶々と考え込んでいた間、ゴトフリーは自分と一緒に住んだ際の利点について語っていたらしい。
(え……何それ。最高なんだけど)
アリスはゴトフリーのことは大好きだが、彼の竜でのんびりとした性格のアレックのことだって、とても気に入っていた。
これまではゴトフリーと遠出する時くらいしか、彼に会うことは出来なかったが、ここに住めばいつでも会えるのだと言う。
「それに……ここに住めば、王都で一番に安全なんだ。怪しい人物はそもそも入れないし、アリスが誰かに襲われたとしても、悲鳴でもあげたら、すぐに近所の竜騎士が助けてくれるからさ。すぐ傍には、無数の竜が棲む竜舎。結婚前に一緒に住んでも……良いんじゃない? 俺も安心だしさ」
ゴトフリーは紺色の目を細めて、こんなに好条件な取引を断るなんてと言わんばかりだ。
「そっ……それは、絶対良いと思う。あのね。そうなの。ゴトフリーの家に引っ越すなら、私の両親に挨拶しないといけないでしょ?」
「あ……そうだね。うん」
ゴトフリーは深刻そうな表情のアリスを見て、何が言いたいかわからないらしい。
(そうなんだよね。私本人だって、この感じを、どう伝えて良いかわからないんだよね)
両親は嫌いではない。嫌いではないが、自分に極端な教育方法を施した両親に対し、苦手意識が強くなってしまった。
「私の両親って、どちらも教師なんだけど……」
「へー! そうなんだ。凄いね」
「うん……成人してわかったことなんだけど、私の両親って、普通じゃないかもしれないの!」
そこで、ゴトフリーは呆気に取られた様子で、目を見開き動きを止めてしまった。
アリスだって出来れば、こんな事は言いたくはない。言いたくはないが、言わなければ彼との関係は先には進めない。
「あのね。今思うと、私……幼い頃から、ずーっと! 勉強ばかりして来たの。だから、あの高等学院に入学出来たんだよ。それ自体は感謝しているけど、近所に友だちを作ることだって許されなくて、同年代の子とまともに話したのって、高等学院に入ってからだよ!」
「……あ。そうなんだ。だから、アリスは異性と話すことに、慣れてなかった……そういうこと?」
ゴトフリーはこれまでアリスが人付き合いが下手だった理由を、これで察したようだった。
アリスは黙ったままで、彼の疑問にこくんと頷いた。
けれど、働くまでのアリスは狭い世界しか知らず、それをおかしいことだと思わなかった。両親はアリスの成績が良ければ上機嫌だし、悪くなれば熱心に対策を教えてくれた。
最難関の就職先である文官にさえなれれば、娘の幸せは保証されてるとでも言わんばかりに。
「そうなの。就職して家を出て思ったんだけど、うちの両親って、私に自分たちの夢だった高等学院に入学させて、城の文官にしたかっただけだったって……だから、私……まともに、家に帰っていないんだよね。けど、同居したり結婚したりってなれば、両親に言わないわけにもいかないし……」
これまで、ゴトフリーに両親の話を振られたこともあった。けれど、自分の気持ちをどう説明して良いかわからずに、何度もはぐらかしていた。
(複雑……なんだよね。私はあの人たちのせいで、誰かから見て普通とは言えなかったもの。会えば、恨み言のひとつでも言ってしまいそうで。だって、私は自分の意志で、勉強が好きだったわけでもないし……)
「俺はご両親に会って、ぜひ感謝したいな」
ゴトフリーはそう言ってにっこりと笑顔になり、アリスは戸惑った。
「だって、アリスが良い子で可愛いのも、ご両親がそうやって育ててくれたからだ。高給取りの文官になれば、お金にも困らない。一人で生きていけるほどに立派に育ててくれたんだから、俺はお礼が言いたいな」
「ゴトフリー……」
立ち上がって向かいの席に居たアリスに近付き、頭を撫でたゴトフリーを見上げた。
「なんだ。そんな理由で、俺とご両親を会わせたくなかったの? 俺はもっと良くわからない変な理由なのかと、邪推をしてたけど……」
「そんなわけ……ないよ! 私が竜騎士と結婚するって言ったら、かなり驚くかもだけど」
アリス自身は複雑な気持ちだったが、なんでもないように振る舞うゴトフリーを見てほっと安心した。
(良かった。ゴトフリーだったら、きっと、そう言ってくれると思っていたけど……)
「うんうん……ところで、アリス。明日って休み?」
「そうだけど」
唐突に明日の予定を聞かれたアリスは、ここで何を言うのだろうと思いつつ、反射的に答えた。
「そうなんだ。なんだか、奇遇だね。俺もなんだ……そろそろ、お腹もいっぱいになったよね?」
ゴトフリーは意味ありげに微笑んだので、彼の言葉が何を意味するのか察したアリスは黙ったままで頷いた。




